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旅立ち

「――これが、俺がこの目で見て、聞いてきたことだ」

「そう、ですか」


 ポラリスは、ランスロットの話に耳を傾けながら、その背に捕まる手に力を込めた。


 ポラリスは確かに伝えた。いつものように星見の内容を紙に記して、ロッソに手渡して…


 と、そこであることに思い至る。


「そうなのね。ロッソ……あなたもなのね」

「ロッソ……ああ、君のお目付け役の彼か。酷かもしれんが、軍に伝聞するまでに細工をできるのは彼だけだろうね。カリストロ殿下の共犯と考えて然るべきだ」


 ズンと巨大な石がのしかかったように心が沈む。


 ロッソ、あなたのことは信頼していたのに。


 黙り込んだポラリスを励ますように、ランスロットが腰に添えられたポラリスの手を握った。


「ポラリス。俺は前々から思っていたことがある」

「なんでしょうか」

「君は、この国で生きづらくはないかい? 行き先を制限されて、監視されて、能力を利用されて。もっと自分らしく、伸び伸びと生きたいとは思わないかい?」

「それは――」


 ずっと、考えないようにしていたこと。

 本当は、死ぬまで今の生活が続くのかと、半ば諦めかけていた。


 もし、自由になれるのなら――


「わたしは、誰にも縛られずに、自由に生きたい」

「そうか。そうだな。うん、それならば、この機を利用しない手はない。君は、君の思うままに生きていい。幸い神官長殿は留守にされているようだな。恐らくは国王も知らない、カリストロ殿下の独断による暴走だ。神官長殿や国王陛下に今回の一件がバレたとしたら、咎められるのは殿下だろう」

「そう、でしょうか……」


 カリストロはエルダに星見の力があると言った。


 そんなことはあり得ないのだが、ポラリスを失った後、彼らはきっとエルダに縋るのだろう。自尊心の強いエルダのことだ。得意げな顔で星見のフリをするだろうが、彼女の嘘が露見することにそう時間はかからないはずだ。彼女には未来を垣間見る力はないのだから。


 エルダに真なる星見の力がないと判明したら、きっとジェイダンも国王陛下も血眼になってポラリスの行方を捜索するだろう。そうなる前に、彼らの手が及ばないほど遠くに逃げなくては。


 ある程度王都から離れたことを確認し、馬に水を与えるために休憩しつつ道を進んだ。


「ランスロット卿、一つお伺いしたいことがあるのですが」

「ん? なんだ、言ってみなさい」


 グイッと水筒から水を飲んでいたランスロットに、ポラリスは意を決して問いかけた。


「ユートリア王国が戦争準備を整えており、開戦間近というのは本当なのですか」

「!」

 ランスロットは、濡れた口元を手の甲で拭うと、険しい表情となった。

「まさか、殿下が?」

「ええ……わたしの星見は、戦争の準備のために利用されていたのだと……」

「なんということだ。軍事機密については、この国の上層部のごく僅かしか知らない。一線を退いた俺も知り得ないことなのだが……くそっ、国民にも、ポラリスにも、平和を謳っておきながら、まだこの国は領土拡大のために血を流そうとしているのか」


 ギリ、と奥歯を噛み締めるランスロットも、王国が戦争に向かっていることを知らなかったらしい。どうやら水面下で着々と準備を進めているようだ。


「そうか。そういうことだったのか。ポラリス、さぞや辛かっただろう」


 ランスロットは哀しげに眉を下げてポラリスの頭を撫でてくれる。


 ポラリスがいかに平和を望んでいるか、争いを厭っているかを知っているランスロットは、そんな彼女の想いを踏み躙る王家に怒りを覚えた。


 此度の件でカリストロやエルダに貶められたが、それよりもずっと前から、ポラリスは裏切られ続けていたのだ。


 ランスロットは目の前の気丈に見えつつも繊細な女性の心を案じた。傷つき、擦り切れ、絶望に染まってはいないかと不安を覚えた。


 そんなランスロットの心の内に気付いたポラリスは、努めて明るい笑顔を作った。


「大丈夫です。そんなに悲観しないでください。裏切られたことや利用されていたことは許せませんが、わたしはようやく、あの息苦しい神殿を出られたのです。ようやく自分のために生きることができる。どれだけ請われたって、二度と戻ってやりませんよ」

「ポラリス……君は強いな。だが、だからこそ俺は君が心配だよ」


 誰にも弱音を見せないポラリス。この国に来るまでのことは知らないが、彼女の立ち居振る舞いには、隠しきれない気品に溢れていた。きっと、元は高貴なお方なのだろうと、ランスロットは感じていた。恐らく、ポラリスが弱音を吐ける居場所はもうなくなってしまっているのだろう。だからこそ、ランスロットはポラリスを気にかけ、見守っていた。







 休憩を挟みつつも、朝日が昇る頃には北の隣町に到着した。

 王都と違って緑豊かな農村であり、鶏たちが日の出を知らせるようにあちらこちらで鳴いている。


「俺が送れるのはここまでだ」

「助かりました」

「ポラリス、辛いことや苦しいことがあったら、必ず我が公爵家を頼りなさい」

「……ありがとう、ございます」


 ランスロットは、ポラリスを馬から下ろすと、固い抱擁をした。


 ずっと、独りのポラリスを気にかけてくれたランスロット。妻のマチルダや娘のマリーにも本当にお世話になった。

 彼らとの思い出が、ポラリスの冷え切った心に春の暖かな風を吹き込んでくれる。


 身体を離すと、わたしも、というように、ランスロットの愛馬がポラリスに鼻を擦り付けてくる。


「ふふ、あなたもありがとう」


 この子はポラリスのために、一日中走り続けてくれた。すり、と鼻を擦り寄せてくれる美しい馬を優しく撫でた。


「それで、この先あてはあるのか?」


 心配そうにポラリスの行先を案じるランスロットに、ポラリスはふわりと微笑んだ。


「ええ。幼い頃に訪れ、再び訪れたいと思っていた国があります。今まで見た中でも、あの時見た星空が一番美しかった……あの星空をもう一度見たいのです。ここからずっと北に位置する小さな国ですし、追手にもそう簡単には見つからないかと思います」

「北の……なるほど」


 ランスロットは多くは語らず、納得したように数度頷いた。

 そして、軽やかに馬に跨り、手綱を引いて王都への道へと踏み出した。


「最後に、君の本当の名を聞いてもいいだろうか」


 ランスロットは、躊躇いつつもポラリスに問いかけた。


 もう何年も口にしなかった本当の名前。

 ポラリスは、真っ直ぐにランスロットを見据えて、凛と通る声で名乗った。


「……ポラリス。ポラリス・・コルテ・レオルニスと申します」

「レオルニス……そうか、そうだったのか。ポラリス、君に出会えてよかった。君の行く先に、星の加護があらんことを」

「わたしもです。マチルダ様とマリーにも伝えてください。大好きですと」

「ああ、確かに伝えよう。さあ、行きなさい」


 ポラリスは最後にもう一度、深々と頭を下げて、農村へと足を踏み入れた。


 しばらくしてから、馬の蹄の音がして、徐々にその音は遠ざかっていった。


 ぐっと込み上げてくるものがあるが、ポラリスは真っ直ぐ前を見据えて足を前に進める。


「ここからは一人だわ。大丈夫。生きる術はベテルギウスに徹底的に叩き込まれたもの。このまま村を辿って北へ向かいましょう」


 柔らかな晩冬の朝日が、ポラリスの行先を暖かく照らしていた。

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