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偽りの星見

 ランスロットは懸命に馬を走らせていた。


 愛馬に無理をさせることは忍びないが、嫌な予感がする。急ぎポラリスの無事を確認しなくては――





 ポラリスが屋敷にやって来た翌日、ランスロットは約束通り、朝早くから東部の国境へと向かった。


 ユートリア王国は南北に広大な王国であり、東西の国境は、馬で五日ほどの距離である。国境警備隊が国境に向かって進軍中であるが、速足で進めば駐屯兵に合流できるだろう。


 ランスロットの読み通り、昼過ぎには休憩中の隊に追いついた。警備隊長はランスロットの部下だった男でもあるため、このまま声をかけても良かったのだが、近付こうとして、脳裏にポラリスの顔が浮かんだ。


 星の動きを読んで忌むべき方角が分かると彼女は語ってくれたが、本当はもっと、ランスロットの想像も及ばない能力を有しているのではないか。

 彼女の様子を見ていると、そう思わずにはいられない。だが、本人が詮索を嫌うため、それ以上踏み込むことはしない。ランスロットはこの国を守るために自らの力を捧げる彼女の姿勢を尊重している。


 生まれも育ちもこの国ではなく、きっと誰にも言えない重い過去を有するポラリス。そんな彼女の力となり、支えてあげたいと思うのも必然であろう。


 ランスロットは一旦離れた物陰に潜み、様子を見守ることにした。


 ちょうど森の入り口に差し掛かり、森を進む前に訓練所跡地で休憩を取っているようだ。


 訓練場跡地は、王都に大規模なものが新設されるまで使われていた場所だ。中央は柵に囲まれた模擬戦用の開けたスペースがあり、その場所をぐるりと円形に囲むように休憩用の小屋、武器保管庫、医務室などが配置されていた。武器や薬は置いていないが、小屋自体は残っている。

 泊まり込みでの訓練にも使われていた場所なので、寝床となる長屋も用意されている。その上、この辺りは長らく管理されていないようで、ところどころに大人の腰程にまで草が生い茂っている。

 つまり、敵兵が身を潜める場所はいくつもあるのだ。


 だが、星見で警戒せよと伝えられているはずの兵たちは、小屋を検めることもせず、数人の見張りを残して、あとは中央の広場に腰を下ろして談笑しているのだ。


 呆れるを通り越して絶望した。こんな奴らが我が国を守る盾なのかと。


 団長の座を退いてから、訓練場以外の騎士たちを見るのは久方ぶりだが、この数年で随分と緩み切っているらしい。


「ポラリスの星見への絶大な信頼と、その上に胡座をかいた彼らの怠慢だな」


 余程の危機はポラリスが予見してくれる。ポラリスの星見が起こらない時は、大きな奇襲や伏兵が潜んでいることもない。

 ならば、警戒すべきは星見が示した内容その一点のみで、あとは概ね問題がないという経験からの思い込みだろう。


 民の平和を想い、兵を案じるポラリスの頑張りがこのような弊害を生んでいようとは。いや、ポラリスは何も悪くはない。自らの責を果たさぬ兵たちにこそ問題がある。


 鈍く痛む頭を押さえながら、ランスロットは周囲を鋭く警戒する。すると、見張りの動きに僅かな違和感を覚えた。


 確か、ポラリスは警戒すべきは南東だと言っていた。だが、なぜか見張りは真逆の北西を警戒しているように見える。


 どういうことかと考え込んだ矢先、隊の南東の小屋の陰から、武装した兵士が飛び出した。


 ざっと見たかぎり十名構成の分隊だろうか、完全に不意を突かれた警備隊員が切り付けられそうになった。


「くっ……! 間に合わん!」


 咄嗟に飛び出して抜刀したランスロットであるが、距離を取って動向を見守っていたことが裏目に出た。到底数歩で駆けつけられる距離ではない。


 凶刃が振り下ろされそうになったまさにその時、馬の嘶きと共に何者かが飛び出して真っ向から剣を受け止めた。


「南東だ! お前たち、警戒すべきは南東だったのだ! 俺に続け!」

「カリストロ殿下⁉︎ なぜこのようなところに……いや、今は迎撃することが最優先。お前たち! 王国の威信をかけて返り討ちにするのだ!」


 おおお! と雄叫びを上げながら、あっという間に体勢を整えた警備隊の面々が、潜んでいた兵士たちを斬り捨てていく。中央の広場は砂埃を巻き上げながらの大乱戦となった。

 だが、気が緩んでいたとはいえ、さすがに王国の守備の要である国境警備隊というところか。ものの数分で兵士たちは地面に沈んだ。


「よくぞ退けた! 偽りの星見による被害を防げたこと、この国の王子として誇りに思うぞ!」

「偽りの星見……?」


 カリストロの演説じみた言葉に、警備隊には波紋のように戸惑いの色が広がっていく。


 カリストロは、勿体ぶるように隊員一人一人に視線を流して、重々しい調子で口火を切った。


「ああ。お前たちはいつものように、神殿からの神託をもって北西を警戒していたのだろう。だが、それは誤った情報だったのだ。お前たちは謀られたのだ!」

「なっ……」


 一体この王子は何を言おうとしているのか。


 咄嗟に物陰に隠れて耳をそばたてるランスロットだけでなく、この場にいる隊員全員がその真意を図れずに続く言葉を待っている。


「聞け! お前たちを窮地に陥らせたのは、何を隠そう神官ポラリスの陰謀なのだ! 奴は国境警備隊に痛手を加えるため、誤った方角を軍に伝えた!」

「そ、そんな……」

「だが、一人の女性の勇気ある行動が危機を救った。エルダ、出ておいで」


 カリストロに促され、馬の陰から怯えた様子のエルダが現れた。エルダはカリストロの胸に飛び込むと、はらはらと涙を流し始めた。


「このエルダが、ポラリスの企てに気付いて俺に知らせてくれたのだ。なんと、彼女も星の動きを読めるようになったというのだ。我が国を救いたいというエルダの想いが実を結んだのだ。エルダの星見は南東を警戒すべし、と出た。ポラリスが伝えた北西とは真逆の方向だ。これは我が国を危険に晒す、国家反逆罪とも思しき事態だ。危うく警備隊だけでなく、国民にも敵の刃が届きかねなかった。お前たちの身を守れたのも全て決死の覚悟で俺に知らせてくれたエルダのおかげだ。俺はこのまま神殿に向かって、首謀者のポラリスを裁く! お前たちは安心して進軍を続けるがよい」


 次第にカリストロの言葉に呑まれ始めた一同は、「なんと」「危うく死ぬところだった」「恐ろしい」と口々に同調し始めた。

 これまで散々ポラリスの星見に救われてきたというのに、とんだ手のひら返しで笑えてくる。


 その中心で、鼻高々にふんぞりかえるカリストロは、警備隊に盛大に見送られながら神殿へと馬を走らせた。その背には不敵な笑みを浮かべるエルダを乗せている。


 ランスロットは確かに昨日、南東を警戒すべし、とポラリスに聞いていた。彼女の様子から、それは確かに軍に伝えられたはずだ。ポラリスほど平和と安寧を望む者はいない。そんな彼女が、警備隊を、ましてや国民を危険に晒すような企てをするだろうか。


 答えは否である。


 すぐにポラリスの元へ向かわねば。これはきっと、ポラリスを陥れるための茶番だ。


 ランスロットは素早く愛馬の元まで戻ると、神殿に向かおうとし――この先ポラリスに必要となるであろうものを取りに、まずは公爵家へと馬を走らせた。

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