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不穏の足音と家族のぬくもり

 ポラリスが頑なに相手をしなかったためか、あるいはエルダの献身が功を奏したのか。次第にカリストロがポラリスの元にやって来る頻度が減っていった。


 神官見習いであるエルダとは同じ神殿で過ごしていることもあり、よく顔を合わせる。父のジェイダンや王族から囲われるように生活しているポラリスを疎んでいるらしいエルダは、いつも嫌そうに眉を顰めて立ち去っていく。挨拶を交わすことすらない。


 そんなエルダであるが、カリストロと時間を共にするようになってからは、勝ち誇ったように鼻の穴を膨らませるようになった。物陰で二人が仲睦まじく身を寄せ合っている姿も見かける。

 人目につかない場所でやれ、とポラリスはゲンナリするばかりである。



 そんなある夜のこと――



「うっ……」


 毎夜の慣習である星との対話の時間。突然、頭が割れるような猛烈な痛みが走り、ポラリスはこめかみを押さえた。激流のように脳内に映像が流れ込んでくる。


 何度見ても見慣れない、剣が交わり血の海が広がる映像。映像が鮮明であるほど、近い未来の出来事を表している。


 いつもなら、敵兵が飛び出してきた方角を紙に記してロッソに預けて済むことなのだが、これほどまでに頭が痛むことはなかった。まるで警告するかのように、警鐘を鳴らすように、激しい耳鳴りがする。


 何かがいつもと違う……?


 けれども、何が違うのか、ポラリスにはさっぱり分からない。


「……とにかく、星見の結果を伝えなくちゃ。きっと、数日中に起こる出来事だわ」


 ポラリスは頭を押さえながら、震える手で紙に方角を記す。

 念のため、より一層の警戒をするように言伝よう。


 ポラリスはふらつきながら自室を出て、ロッソがいる図書室へと向かった。





「やぁ、ポラリス……って、大丈夫? 顔色が随分悪いようだけど」

「ええ、少し頭痛がするだけだから気にしないで。寝たら治るわ。それより、これを」


 痛みにより眉を寄せるポラリスの様子に驚きつつも、ロッソはポラリスから星見結果を記した紙を受け取る。


「なんだか、嫌な予感がするの。いつも以上に警戒するように伝えてちょうだい」

「嫌な予感……? ああ、分かった。伝えておくから、君は安心して眠るといい」

「悪いわね」


 ロッソは目を見開きつつも、ポラリスの進言を素直に受け止めてくれた。


 これで一安心だ、と胸を撫で下ろしたポラリスは、ロッソに「おやすみなさい」と声をかけてから自室へと戻った。


「ポラリス……」


 ロッソはそんなポラリスの背を心配そうに見送り、手のひらの中にある小さな紙に視線を落とした。


「――ふん、行ったようだな」

「……ええ」


 ポラリスの姿が見えなくなると、本棚の陰からとある人物が現れた。月光が差し込む明るい夜であったが、ちょうど厚い雲が月を遮り、図書室に闇が広がる。


「手はず通りにな」

「はい。お任せください」


 ロッソはその人物から、紐で縛られた紙切れを受け取ると、足早に図書室を後にした。


「ごめんね」


 ロッソはそう小さく懺悔すると、クシャッとポラリスから受け取った紙を握り潰した。



 ***



 翌日、ポラリスはとある屋敷を訪れていた。もちろんお目付役としてロッソも同行している。


「よく来たな。ポラリス」

「ランスロット卿。ご無沙汰しております」


 出迎えてくれた屋敷の主に挨拶をするため、ポラリスは優美なお辞儀を披露する。


「ははっ、君のそれは貴族令嬢にも引けを取らないほど美しいな。さて、今日も手合わせを?」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべたランスロットは、木刀をポラリスに差し出した。


「まいります!」


 ポラリスは木刀を受け取り、構えると、勢いよくランスロットに打ち込んでいく。


 神殿に篭りっぱなしだと筋力が衰えるため、ポラリスはこうして身体を動かす機会を頂戴している。


 ポラリスに剣技の基礎を叩き込んでくれたのも大叔父のベテルギウスであった。ランスロットに剣の指導を受けることは、ジェイダンにも承諾を得ており、ポラリスにとって大事な時間である。


 ポラリスとランスロットが剣を交えている間、ロッソは離れたところでにこやかな笑みを浮かべて佇んでいる。カン! カン! と木刀が交わる音が大きく響くため、声を落とせばロッソまで話し声が聞こえることはない。

 ロッソのことは信頼しているが、ポラリスに不審な動きがあれば、彼は神官長であるジェイダンに報告義務がある。そういう仕事なのだ。


「それで、何か気になることでもあるのか?」


 打ち合いの最中、ランスロットが切り出した。


「ええ……実は昨日の星見結果で、少し気になることがっ、ありまして」


 ポラリスは全力で木刀を振りつつ、可能な範囲で昨日の違和感について告げた。


「ふむ。ちょうど明日、国境警備隊が東部に派遣されることになっている。それで、警戒すべき方角は?」

「南東っ、です」

「なるほど。森の手前には昔使われていた訓練場の跡地がある。長屋や武器保管用の倉庫も建物だけは残っていたはずだ。小隊が潜む場所はいくらでもありそうだ。よし、明日は手が空いている。俺も様子を見に東部へ向かおう」

「えっ! そんな……」

「もう軍部を退いた人間だからな、前線に加わることはしないさ。安心するといい」

「あっ!」


 ランスロットはフッと笑みを浮かべた直後、木刀を持つ手に力を込めてポラリスの木刀を弾き飛ばした。


「はぁ、まいりました」

「いい太刀筋だったぞ。少し指導してやろう」

「ありがとうございます」


 肩で息をするポラリスに対し、ランスロットは涼しい顔をしている。なんだか悔しい。


 一本でもいいから、この元騎士団長様の驚く表情を引き出したい。そんなことを考えながら、ポラリスはランスロットに言われる通りに木刀を構えて振り抜く。


「うん、いいぞ。もう少し腰を落として……しっかり相手の目を見るのだ。視線の動きで次の動きを予測しろ」


 無茶を言う。指導に熱が入ったランスロットはスパルタだ。ポラリスが女子であろうと関係ない。


 しばらくみっちり指導を受けたポラリスがへたり込んでいると、背中に衝撃を感じた。


「ポラリスさん、お疲れ様ですっ。お茶を淹れるので休憩しませんか?」

「まぁ、マリーが淹れてくれるの? ありがとう。いただくわ」


 ポラリスの背中に突進してきたのは、ランスロットの娘のマリーであった。


 今年四〇になるランスロットであるが、マリーは遅くに授かった大切な一人娘である。

 目に入れても痛くないというほどの溺愛っぷりで、騎士団長として名を馳せたランスロットも、愛娘の前ではただの父親となる。現在九歳の快活な少女は、ポラリスにも懐いてくれており、訪れるたびにこうして会いにきてくれる。


「マリー、人の背中に飛び付かないといつも言っているでしょう? ごめんなさいね、ポラリスさん」

「マチルダ様。いいえ、とんでもございません。気を許してもらえているのだと思うと嬉しいです。あまり怒らないであげてください」

「そうは言ってもねぇ」

「ポラリスさん以外にはしないもん!」

「そういう問題じゃないのよ」


 やれやれ、と困ったようにマリーに注意をするご婦人は、ランスロットの奥方であるマチルダ。朗らかで表裏のない女性である。外出範囲が制限されているポラリスを慮り、月に数度は神殿にやってきて、ポラリスと時間を共にしてくれる。


「さ、お説教は後にして、楽しいティータイムといたしましょう」


 マチルダの一声で、メイドが素早く支度を整えていく。ポラリスもティーカップを人数分並べていく。ロッソも恐縮しながら加わって、五人でしばし歓談を楽しんだ。


 楽しければ楽しいほど、ふとした時に考えてしまう。


 身元引受人のジェイダンやその娘のエルダと、こうしてテーブルを囲んで食事をしたことがあったろうか。


 ジェイダンはポラリスの星見にしか興味はないし、エルダはといえば、実父である神官長から贔屓され、第二王子にも関心を寄せられるポラリスを快く思っていない。


 お世辞にも家族とは言えない彼らよりも、ランスロットたちと過ごすこの時間が、唯一家族の温もりを思い起こさせるひと時であった。

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