アステル小国
「着いたわ……」
春の陽光が優しく差し込む昼下がり。
ポラリスは目的の国――アステル小国に辿り着いた。
白く美しい関門を見上げると、懐かしさが込み上げてくる。
十歳の頃、ベテルギウスと共に数ヶ月だけ滞在した国。
空気がおいしく、空も澄み渡り、星が落ちてきそうなほどに美しく瞬く北の国。
関門をくぐると、白と藍の街並みが視界に飛び込んでくる。雪山に囲まれたこの国は坂道が多く、冬は深い雪が降るため、住居は大人一人分ほどの高さの階段を登った先に建てられている。眩いほどの白い外壁に、藍色の円錐の屋根が三角帽のようにちょこんと乗っている。
街並みは大陸でも有数の美しさで、この街並みを見るために観光客が集まるほどである。アステル小国は観光業を主産業としており、観光客に向けた土産物や特産物の販売が盛んだ。
ポラリスは宿を探しながら、観光客を呼び込むための店頭販売で軽食を購入した。その後、無事に宿を見つけ、割り当てられた部屋に荷物を下ろした。流石は観光業が盛んなだけあり、部屋に置かれた家具も可愛らしく、星をモチーフにした紋様や飾りが目立つ。
「よいしょ」
窓を押し開くと、まだひんやりとするものの春の風が室内に入り込んできて、ポラリスの短くなった髪を攫っていく。
正面には一際美しい白亜の城が建っており、城の隣にも宮殿のような独特の建物が見える。確か、天文台兼神殿だったはず。夜空の美しさも観光名所であるこの国は、天体観測も盛んなのだ。
「さて、まずは仕事を探さなくっちゃ」
仕事を見つけて、収入が安定したら小さな部屋を借りよう。ユートリア王国にいた際は制限されていた外出も自由だ。誰に監視されることもない。そうだ、本屋に行って好きな本を好きなだけ買おう。この国に合わせた服も買わなくては。
今日は旅の疲れを癒して、明日街を散策しよう。
新しい生活の始まりに、ポラリスの胸は弾んでいた。
「本当に、綺麗だわ」
その日の夜、ポラリスは窓際に椅子を運んで開け放たれた窓から夜空を見上げていた。部屋の明かりは落としている。
ラミルトの町も星空は美しかったが、やはりここの星空は格別だ。落ちてきそうなほどに星が大きく見える。チカチカとまるで歌っているかのように瞬く星々はずっと見ていられる。
とはいえ、まだまだ夜は冷えるので程々にして窓を閉めようとした時――
「んっ」
脳裏でチカリと光が弾けた。
途端にぶわりと映像が頭の中に流れ込んでくる。
豪奢な馬車が山道を進んでいる。
中には青みがかった銀髪青年が乗っている。目を見張るほど美しい顔立ちをしている。対面には従者と思しき赤髪の青年。
二人が乗る馬車が長く立派な吊り橋の中央に差し掛かったとき、橋を支える太い縄が突然ぶちんと切れた。
ぐらりと波打つように吊り橋が揺れ、辛うじて橋を支えていたもう一本の縄も重みに耐え切れずに弾けるように切れた。
宙に投げ出された馬車は、渓谷の底へと消えていった。
「はあっ……はあ……」
ポラリスはこめかみを押さえてよろよろと後ずさると、崩れるようにベッドに腰を落とした。
これは、星見だ。
ユートリア王国で見て以来、随分久しぶりの星見内容はあまりにも衝撃的だった。
「どうしよう……」
ポラリスはアステル小国に来たばかりである。知り合いと呼べる者もいない。
星見に映された二人の青年が誰のことだかさっぱり分からないのだ。
とにかく、明日は街を散策しよう。道ゆく人を注意深く観察して、似た風貌の青年がいないか探すしかない。
「運よく見つかったとしても、なんて伝えようかしら。うーん……」
突然、山が崩れるから馬車での外出を避けろと言われたところで、おかしな女だと訝しまれて終わりだ。
「見つかったときに考えましょう」
ポラリスはゆっくり起き上がって再び窓から夜空を見上げる。
星たちはチカチカと瞬いて、ポラリスを激励してくれているようだ。
「おやすみなさい」
囁くように呟くと、静かに窓を閉めてベッドに潜り込んだ。
目が覚めたら人探しだ。少しでも旅の疲れを取ろう。
ポラリスは目を閉じると、まもなく夢の中へと堕ちていった。