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ポラリスの星見

「いやあ、ちょうど店を手伝ってくれる人が欲しいと思っていたんだよ」

「こちらこそ、しばらく宿の心配をしなくて済みます」


 野宿や宿を転々とする生活に疲れが見え始めていたタイミングで、ポラリスとペテルギウスはラミルトの町に流れ着いた。


 町に到着して間も無く、何か手頃な食べ物は、と散策している時、両手いっぱいに袋を抱えた危なっかしい女性を目にした。それがミシェルだった。


 彼女はミーナを孕っており、大きなお腹に気を配りつつもフラフラと今にも転んでしまいそうな様子だった。ポラリスが駆け寄るよりも早く、ペテルギウスが光の速さでミシェルから荷物を奪い取り、店まで送り届けた。ミシェルはその礼にと夕食を振舞ってくれた。


 食卓を囲みながら、旅の途中で、しばらく腰を落ち着ける宿を探していることを打ち明けると、「なんだい! それならうちの二階を好きに使っておくれよ! 部屋だけは無駄に多いからさ」と部屋を提供すると言ってくれた。

 流石にタダでは、と渋ると、彼女が一人で切り盛りする床屋の手伝いをするということで話がまとまった。


 彼女の夫は、妊娠が発覚して間も無く不慮の事故で亡くなってしまったのだという。両親もすでにこの世におらず、ミシェルは一人で出産に臨もうとしていたため、ポラリスとベテルギウスの滞在を歓迎した。


「一人でも立派に産み育ててみせるって息巻いていたけどね、やっぱりいざお産が近くなると不安でね」


 そう言って笑うミシェルは強く逞しい母の顔をしていた。


 ポラリスは初めての店番にドキドキ胸を高鳴らせ、おおらかなミシェルにすぐに懐いた。


 ミシェルも、ポラリスが心に傷を抱えていることにすぐに気が付いた。

 深く語ろうとしないポラリスを咎めることなく、いつも笑顔で寄り添ってくれた。祖国のこと、そして星見のことは他言してはならないとベテルギウスと誓いを立てていたため、適度な距離で接してくれるミシェルの存在がありがたかった。


 臨月に入りいつ産気づいてもおかしくない時期に差し掛かっていたミシェルだが、動けるうちはと店を開いていた。

 町で唯一の床屋であるミシェルの店はほどほどに繁盛しており、みんなミシェルの子供を楽しみにしていた。






 その日は満月を翌日に控えた月明かりの眩い夜だった。


 ポラリスは、星たちに呼ばれている気がして、久しぶりに窓辺に近寄って恐る恐る星空を仰いだ。


 レグルス公国を出て以来、未だに星見で大切な人たちを救えなかったことが棘のようにポラリスの心をちくちくと苛んでいた。

 満天の星空を見ると、どうしてもあの日のことを思い出してしまい呼吸が浅くなって視界が狭くなってしまう。

 野宿するときは仰向けにならないようにギュッと目を閉じて眠り、宿に泊まるときも窓を固く閉めて重いカーテンを引いて眠った。


 恐る恐る見上げた星空は、青白い輝きを放つ月に主役を譲り、星たちは脇役に徹して淡く瞬いていた。


 しばらくぼんやりと星空を眺めていると、チカッと脳裏に光が弾けた。そしてぶわりと脳に映像が流れ込んできた。


 買い物袋を抱えたミシェルがえっちらおっちらと町中を歩く姿。

 行商人の荷馬車がその隣を通り過ぎていき――荷馬車の前に子供が飛び出した。

 驚いた馬が前足を大きく上げて仰け反る。

 御者が目を見開き慌てて手綱を引く。

 ミシェルに暗い影を落としたかと思うと、積荷をいっぱいに乗せた荷馬車が横転した。


「はあっ! はあ、はあ、はあ」


 コマ送りのように映像が流れ、再び光が弾けたと同時にポラリスはドスンと尻餅をついた。心臓が嫌な音を立てている。


「今のは……星見?」


 音声は聞こえなかったが、馬の嘶き、人々の悲鳴、荷馬車が横転する音が耳につくようだった。根拠はないが、近い未来の出来事なのだと、そう確信した。


「どうしよう……」


 星たちが告げた未来では、ミシェルはきっと……そう考えてブルリと身震いをした。


 どうすれば回避できる? 何ができる?


 ポラリスは布団を頭から被って一晩中考えた。







 翌朝、すっかり寝不足なポラリスが眠気まなこを擦りながら一階に降りると、ジュウジュウとベーコンと卵を焼く音がした。すでにベテルギウスも起きてきていて、食器を並べていた。


「おはよう」

「おはよう、ポラリス。おや? 昨日は眠れなかったのかい?」

「うん、そうなの……」


 ベテルギウスに尋ねられ、ポラリスは昨夜の星見内容を告げるべきか悩んだ。だが、今はミシェルがいる。星見の話はできないと判断し、店の裏手の勝手口に顔を洗いに行った。


 溜めた水桶の冷たい水で顔を洗うと、少し頭もスッキリした。


 とにかく外に出なければ事故に巻き込まれることはないはず。よし、と鏡の前で拳を握って気合を入れると、ポラリスは食卓へと向かった。


 談笑しながら楽しく食事を終えて食器を運ぶ。まだ料理ができないポラリスであるが、食器を洗うのは随分と上手になったと思う。


 カチャカチャと汚れを洗い流していると、ミシェルが自室から財布を片手に出てきた。


「え……ミシェルさん、どこかに行くの?」

「ん? ああ、今日から数日、街から行商人が荷馬車いっぱいに商品を持ってくるんだよ。わたしは毎月この日が楽しみでね。赤ん坊のおもちゃなんかがあれば買っちまうかもねえ」


 ウキウキと浮き足立っている様子のミシェルに対し、ポラリスはサァッと青ざめた。


 行商人。荷馬車。


 昨日の夜に見た映像が脳内に反芻する。


「だっ、だめ!」

「え?」


 慌てて泡だらけの手を拭いて、扉の前に立ちはだかりミシェルの行く手を阻む。


 ポラリスの不可解な行動に、ミシェルだけでなくペテルギウスも怪訝な顔をしている。


「行ったらだめ! お願い、今日はお店で過ごそう?」

「え……でも……子供が産まれたらしばらくは行けないだろうし、楽しみにしていたんだがねえ」


 困惑気味に眉を下げるミシェルに、ちくりと心が痛む。

 けれど、ここを通してはならない。


 星見で見た未来を、現実にするわけにはいかない。今度こそ、守れる命を守りたい。


「ミシェルさん、今日は随分と暑くなるようだ。いつ産まれてもおかしくないのだから、無理はいけない。ポラリスの言う通り、今日は店で過ごそうじゃないか。どうしても欲しいものがあるなら、わたしが代わりに見てこよう」

「あんたまで……はあ、分かったよ」


 ポラリスの覚悟を決めた様子に、ベテルギウスは何かを察したらしく援護してくれた。


 二人に止められたミシェルは、諦めたようにため息をつくと自室に財布を置きにいった。


「何か見たのかい?」

「あ……」


 ミシェルがいなくなった隙に、ベテルギウスが側に来て囁いた。ポラリスはチラリとミシェルの自室に視線を流し、簡潔にベテルギウスに昨日の星見内容を告げた。


「なるほど。そういうことなら、わたしもミシェルが一人で外出することがないように気を配ろう」

「本当っ⁉︎ ありがとう」


 先ほども、ポラリス一人ではミシェルを説得できなかったかもしれない。ベテルギウスが協力してくれるなら、星見結果を回避することも叶うかもしれない。

 ポラリスは肩の重荷が下りた心地がした。

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