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突然の追放

「…寒くなってきたわね」


 ポラリスは、はぁっと息を吐き出して(かじか)む両手を温めた。


 大国を出て、もう何日経つのだろうか。

 吐いた白い息を追うように星空を見上げる。今日は新月で、空気もよく澄んでいる。


 夜空に無数に瞬く星々の中、唯一不動の星がある。

 それは北極星、またの名を『ポラリス』という。


 ――自分と同じ名前の星。


 その星を目印に、歩みを進める。

 かつて母国を追われた時も、雲ひとつない美しい星空の夜だった。


 これまで生きてきた二十年の間、帰る国を失ったポラリスは、幾つもの国を渡り歩いてきた。

 その中で最も星が近くて美しかった国、それは少しの間滞在した北の小さな国。


 親も親代わりの大叔父も、もう居ない。

 頼れる人も居ない。

 だが、足枷になるものも、ポラリスを縛り閉じ込めるものも何もない。


 幼い頃から再び訪れたい、可能であれば身を落ち着けてゆっくり暮らしたいと夢見ていた国で、新たに人生をやり直そう。


 追放された身であるが、ポラリスの心は晴れやかであった。

 憧れの地を目指す足取りは軽い。


 足元にはまだ雪が残っているが、小国に到着する頃には雪解けの季節になっているだろうか。


 肩ほどにまで短くなった淡いミントグリーンの髪が冷たい風に靡く。ポラリスは身震いをしながら毛皮のコートのフードを被り直し、冷気が入らないように首元を寄せる。


 天を覆い尽くす数多の星々だけが、ポラリスを優しく見守っていた。



 ***



「は……? 追放、ですか?」


 時を遡ること数日。

 大陸屈指の大国であるユートリア王国の王立神殿で、ポラリスはこの国の第二王子であるカリストロ・シャミールに神殿追放を言い渡された。


 いつもポラリスが『星見』を行う特別な祭壇の前で、カリストロは目を怒らせて人差し指をポラリスに突きつけてきた。


 人を指差すなと教わらなかったのかしら、なんて考えるほどにはポラリスは冷静だった。あるいは、動揺して現実逃避をしていたのかもしれない。


「突然追放とおっしゃいましても……国王陛下からの正式な通達でしょうか?」

「ふん、これは第二王子の俺の一存だ。だが、王族である俺の言葉は法よりも重いと思うがいい。誰がなんと言おうと、この国にとっての危険因子であるお前を排除せねばならんのだ」


 危険因子。排除。

 随分と不穏な言葉が含まれていたため、ポラリスは思わず眉根を寄せた。


「追放の理由を詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ポラリスはいつものように勤めを果たしていたはず。

 国の役には立てども、危険因子だと侮蔑の視線で見られる謂れはない。


 今日も国境近くまで出兵する衛兵たちに警戒すべき方角を伝えてあるし、兵たちが『星見』で見たような危険に晒されることはないはずだけれど……


「ふん、あくまでもシラを切るつもりだな? ポラリス、お前の星見では、どの方向に注意すべきだと出たのだ」

「え……? 既にお伝えの通り、南東……ですが」

「……そうか、やはりそうだったのか」


 ポラリスは問われるがまま、該当の方角を伝えた。

 その返答に一人納得するカリストロ。

 話の要領を得ないポラリスは首をかしげるばかりだ。


 勿体ぶっていないで早く理由を教えてほしい。大仰なところはこの男の悪い癖だ。

 心の中で悪態をつきながら、ポラリスはカリストロの言葉を待つ。


 だが、再び開かれた口から発せられたのは、信じ難い内容であった。


「お前は南東から刺客が襲ってくると分かっていたにも関わらず、警戒すべきは真逆の北西であると伝えた。つまり、意図的に警備兵が危険に陥るように仕向けた、そう言うことだな」

「はあ? 何をおっしゃりたいのでしょうか」

「ふん、言い逃れをするつもりか? お前はわざと誤った情報を伝聞役に伝えたのだろう?」

「いえ、わたしは確かに南東と伝えましたが……そもそも誤った情報を伝える理由がわたしにはありません。わたしの瑕疵を疑う前に、伝聞の過程で誤った情報が伝わったとはお考えにならないのでしょうか?」

「貴様……! 白々しい女め。お前はこの国の高官がそんな初歩的なミスを犯すと言うのか⁉︎ 不敬であるぞ!」


 いや、わたしもこの王立神殿の神官の一人なんですけど……


 目の前で喚く男が何を言っているのか、ポラリスには一切理解ができない。


 ――だが、続く言葉で、謀られたのだとようやく脳が理解した。


「お前がどんな恐ろしいことを企てているかは知らぬが、残念だったな。我が国の兵たちは皆無事だ。()()()()()()のおかげでな!」

「……エルダの、星見ですって?」


 兵が無事と聞き安心したのも束の間、想定外の言葉にポラリスの声は裏返ってしまった。


 エルダが星見を?

 ……だって、そんなことは()()()()()


 何を言っているのかと口をぱくぱくしていると、部屋の柱の影から当人のエルダが駆け寄ってきた。


 神官長の実の娘であり、ポラリスの義妹であるエルダ。

 彼女はふわふわとしたピンクブロンドの髪を靡かせ、大きな栗色の瞳いっぱいに涙を溜めて、カリストロの胸の中へと飛び込んでいった。


「そうだ、エルダは我が身を危険に晒しながらも、必死に正しい星見結果を俺に伝えにきたのだ。お前が良からぬことを企んでいると涙ながらに訴えて、な。俺はまさかと思ったが、急いでエルダを連れて国境の兵の元へと駆けつけた。するとどうだ、お前が伝聞した()西()ではなく、エルダが必死の思いで伝えてくれた()()から敵の密偵が襲い掛かるところだった。幸いエルダのおかげでこの俺が駆けつけることができ、敵兵を退けることに成功したがな。エルダに感謝するのだ! この国はエルダの勇気ある行動に守られたのだから!」


 身振り手振りで演説じみたことを言いながら、ギュッとエルダの肩を抱き寄せるカリストロ。


「きゃあっ」と黄色い声を上げて頬を染めるエルダ。


 エルダはうっとりとカリストロに寄り掛かりながら、彼に見えない角度で、ポラリスを嘲笑うかのように口元を歪めた。


 ……ああ、この子が。


 エルダの表情から、ポラリスは瞬時に全てを理解した。


 エルダがカリストロを慕っていたことも、そのカリストロがポラリスに言いよる姿を鬼の形相で見ていたことも、カリストロのことがなくてもエルダがポラリスに良くない感情を抱いていたことも、ポラリスは全て知っていた。


 なるほど、何となく話の筋道は見えた。


 大方、エルダがカリストロを唆し、ポラリスを貶めるつもりなのだろう。

 今夜は南の神殿に祈りを捧げに行っているため、エルダの父であり、ポラリスの身元引受人である神官長は留守だ。これだけ騒いでいるのに他の神官が部屋に様子を見にくることもない。

 人払いがされているのだろう。

 タイミングも全て見計らっての企てなのだ。


「ふん。お前のような可愛げがない女よりも、エルダの方がずっと素直で愛らしくて俺にふさわしい。それに、お前の唯一の存在価値であった『星見』ですらエルダより劣っていると分かったのだ。元々出自も不明で怪しい女だったのだ。即刻この神聖な神殿から立ち去るが良い! そして二度とその姿を俺の前に見せるな!」


 いや、なぜこの男にここまで言われなければならないのか。

 そもそも言い寄ってきたのはそっちでしょうが。


 冷たくあしらっても、毎日毎日暇さえあればちょっかいをかけに来て、どれだけ迷惑だったことか……


「この国はいずれ大きな戦争を起こす。その時にお前のようなどこの国の密偵とも疑わしき卑しい女がいては、勝てる戦も勝てなくなってしまうしな」

「…………戦争、ですって⁉︎」


 呆れすぎて言葉も紡げないポラリスに対して、追い打ちをかけるようにカリストロが発した言葉に、ポラリスの目はこれでもかというほど見開かれた。


「ああ、我が国は領土拡大のために数年前から周辺諸国に工作員を派遣し、国の内情を調べさせていた。我が国の動きをいち早く察知した国もあったが、ポラリス、お前の星見のおかげであらゆる脅威は全て跳ね返してこられた。そうして戦争準備は着々と進み、我が国はいつでも開戦できる状態なのだよ」

「そんな……そんな馬鹿なこと……」


 戦争? この男は今、戦争準備が整っていると言ったの?

 そのために、星見を利用していたと……?


 ポラリスはあまりの衝撃にくらりと眩暈がした。


 だって、ずっと、平和のためにって……そう言っていたのに。


「そうだ、これはお前には黙っていろと言われていたな。まあいい。どうせここを出ていく身だ、最後に教えてやろう。我が父である国王も、エルダの父でありお前の身元引受人である神官長も、お前の力を利用していた。お前は利用価値があるからこの神殿に閉じ込められ、今日まで大切にされてきたんだよ、ポラリス」

「っ!」


 衝撃すぎる事実を突きつけられ、ポラリスは一歩後退った。

 心臓が嫌な音を立てている。


 どれだけ不自由でも、疑問を感じようとも、民の平和のためにこの力を活かせるのならと思っていたのに。


「もうこれ以上話すことはない。もう一度言う。ポラリス、お前は追放だ。即刻この国から出ていけ!」


 片腕でエルダを抱き寄せたまま、もう一方の腕を大仰に振り払って再度ポラリスに追放を告げるカリストロ。



 ポラリスの心は絶望の色に……染まりはしなかった。



「分かりました。国外追放でしたか? 喜んで出ていきましょう」


 真っ直ぐにカリストロとエルダを見つめる深い翠緑色の瞳には、不安も、恐怖も、絶望も映されてはいない。瞬時に状況を理解し、これから先の未来をただ見据えている。


「ぐ……強がりを。ふん、貴様とはもう二度と会うことはないだろう。せいぜい野垂れ死なないように足掻くがいい」


 カリストロはそう吐き捨てると、エルダの肩を抱いて部屋から出て行った。

 最後までエルダは勝ち誇った顔をしていたが、見当違いもいいところである。


「そう、わたしはずっと利用されていただけだったのね。神殿に閉じ込められて制限された生活も、きっと戦争に関わる情報を耳に入れないようにするため。そうと分かればこんな国、すぐに出ていってやるわ。むしろこんな好機、みすみす見逃すわけにはいかない。状況を見る限り今回の一件はエルダに乗せられたカリストロ殿下の暴走、ってところかしら。きっと国王陛下や神官長様は知らないはず。連れ戻される前に国境を越えなくちゃ」


 ポラリスは緩く一つに纏められた淡いミントグリーンの髪を翻し、自室へと駆けた。もうすぐ日が暮れる。夜が明ければ、南の神殿から神官長が帰ってくる。そうなる前に国を出なければ。


 窓から空を見上げれば、既に夕日と夜が溶け合って、夕闇色に染まり始めている。


「なぜかしら。この国の空は狭い。ここにいると星達の声が遠い」


 ポラリスは室内に視線を戻すと、古びたクローゼットを開け放ち、当面必要な衣服を鞄に詰め込んでいく。春が近いとはいえ、まだ朝晩は冷え込む。山越えもしなくてはならないだろう。そう考えて、一番厚手のコートを手に取り素早く羽織った。


 元々荷物は少ない。親の肩身のペンダントに、あまり使うことなく貯まっていった給金。馬で一日走れば隣町に着くだろう。あとはお金さえあれば何とかなる。


 あっという間に荷物を纏めたポラリスは、鞄を斜めに掛けて五年間暮らした自室に別れを告げた。


 急がなきゃ。

 気持ちが急いて自然と早足になる。できれば馬が欲しい。どこで手に入れる? あまり足がつくことは避けたいけれど……


 肩で風を切りながら廊下を早歩きしていると、曲がり角で誰かとぶつかりかけた。


「す、すまない……って、ポラリスじゃないか! ああ、よかった。間に合った」

「ランスロット卿⁉︎ どうしてここに…」


 息を切らし、騎士服に身を包んだ壮年の男性は、ランスロット・ダルク卿であった。


 ユートリア王国の公爵であり、王立騎士団長を務めた人物である。今は引退して剣術の顧問として未だに騎士団でも信頼が厚い。

 親を亡くしたポラリスに、いつも親身に接してくれるこの国で最も信頼のおける人物だ。


 常に落ち着いているランスロットであるが、四十歳という歳の割に艶やかなブロンドヘアが汗で額に張り付いている。体力お化けとも言われる御仁であるが、肩で息をする姿を初めてみた。


 ランスロットは、ポラリスの様相を一見し、すぐに状況を把握したらしい。


「裏門に馬を繋いでいる。急ごう。詳しくは道すがら話すとしよう」

「馬を……助かります」


 何か知っているらしいランスロットの後に続き、ポラリスは素早く神殿を出た。


 普段ポラリスが一人で神殿を出ることは許されていない。外出できる場所も決められていたし、そこに行くにも、必ず同行者を付けられていた。


 裏門に着いたポラリスは僅かな違和感を覚えた。門番がいない。

 きっとカリストロによって持ち場を離れるように命を出されたのだろう。一秒でも早くこの場を離れたいポラリスにとってはむしろ都合が良い。


 いつもポラリスの前に立ちはだかっていた高く聳え立って見えた門は、あっけなく突破することができた。


 裏門を抜けてすぐの柵に、体躯の美しい馬が一頭繋がれていた。薄くまだら模様が入った白馬は、ランスロットの愛馬であり、ポラリスも何度か背に乗せてもらったことがある。


 素早く縄を解いて馬に跨るランスロット引き上げられるようにして馬に飛び乗った。


「しっかり捕まっていろ」


 そう言うや否や、ランスロットは鋭く馬の腹を蹴り、馬を走らせた。ポラリスは慌ててその広い背中に腕を回した。

 いつも優しくポラリスを見守り、支えてくれた背中。風よけになるために、乗馬の時はポラリスを後ろに乗せてくれる。


 それも今日で最後だと思うと、初めて胸に寂しさが押し寄せてきた。


「ポラリス、いいかい? よく聞くんだ。このまま国境へ向かう。その間に、俺がこの目と耳で見て聞いたことを話す」

「はい、お願いします」


 ポラリスはギュッと腕に力を込めて、ランスロットが語る話に耳を傾けた。


見つけてくださりありがとうございます。

引き続きポラリスを見守ってくださると嬉しいです!

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