ある令嬢のため息~婚約破棄をめぐるクレアの話~
「すまない、クレア。俺は真実の愛を見つけたんだ。」
「はぁ・・・」
学園の中庭にて婚約者のジョン第一王子の一声からお話は始まります。
私、クレアは令嬢として王子との結婚を決められていましたが・・・それには理由がありまして。
「王子、それは婚約破棄の話でしょうか?」
「あぁ、そのつもりだが。」
「あの・・・お父上、つまり王様から私との婚約の話は何も伺っていませんか?」
普段の王子は理知的ではあるのですが、こと思い込んだら突っ走る傾向が強いんですよね。
私との結婚はあくまで契約であって単なる婚約云々の話ではありません。
「単なる政略結婚ではないのか?」
「はい、そもそも魔王領にメリットがありません。」
私の実家は魔王領。
父上が当時勇者パーティーにいた聖女だった母上に惚れて、人間に関心を持った事で侵攻を辞めた経緯がありまして・・・
魔王が人間の生活圏である王国を侵攻せず、魔族と人間の2種族が融和への道を進んだ世界。
はい、私は魔王の娘です。
まぁ、魔族と言っても外見はほぼ人間と変わらず
呪いや闇の魔法に対して非常に高い適性があるくらいなので、人種が違うくらいかな。
「勝手な契約破棄は魔族への冒涜となりますので、王国と魔王領との戦争は起こるかと。」
魔族にとって契約とは絶対であり、それを破る者については容赦をしてはいけない。
これは魔族の掟。両親もその契約には最後まで王様に反対していたと聞いている。
普通なら契約なんてしないし、魔王の娘と王子との契約破棄なら戦争が起こりかねない。
「その契約とは何なんだ?」
王様はきちんと王子に契約の話していない様ですね。
私から言うのもなんですが、王国を滅ぼすのは両親も望んではいないだろうから説明する事に。
「王子が生まれる前、とある呪いで王家に男児が恵まれなかったのです。その呪いを上書きする形で父上が“男児が産まれたらその子と娘を結婚させる”という契約をしました。まぁ、呪いも当時王子だった王様が水龍を討伐した時に受けたものらしいですね。ちなみに、呪いを消した所でこの契約については全く影響ありません。」
「くそっ・・・。」
王子は両手を地面につけ、右こぶしを地面に叩きつける。
いえ、悔しいのかもしれませんがここでやられても困ります。
「この件は父上に相談してみますが、期待はしないで下さいね。」
私は父上に事情を書いた手紙を実家に送った。
数日後ー
父上からの返事が来た。
返事と一緒に黒い宝石が付いたブレスレットも。
“クレアへ 契約の解除についての方法を示す。契約はクレアと王子の間に結ばれているものであり、まず契約破棄したい者が相手に一緒に送ったブレスレットを付ける。次にブレスレットを付けられた相手が契約破棄に釣り合った願い事を言う。(釣り合った願いだと承認されるとブレスレットの宝石の色が黒から赤に変わる)最後にその願い事を叶える事で契約は解除される。”
つまり・・・私がブレスレットを付けて、私の願い事を王子が叶えればいいって事?
“尚、このブレスレットには「本音」しか言えなくなる呪いが付与されているのでお互いに話し合って決めなさい。”
本音しか言えなくなる呪い?
それ、嫌だなぁ・・・まぁ王子に相談はしてみよう。
王子に相談したら、早いうちに解除は出来るからつけてくれと言われた。
父上からお互いに話し合って決めなさいとは言われたけど
王子の自信を少しは信じても良いのかもしれない。
私はブレスレットを付けたが・・・特に何もなかった。
「どうだ、クレア。」
「何ともないですね。ちょっと拍子抜けです。」
「・・・そうか、でクレアお前の願いは何だ?」
願い・・・
真実の愛と言うのはどういうものなんだろう?
王子を夢中にさせるもの・・・ちょっと興味あるかな。
「・・・真実の愛を知りたい。」
すると、ブレスレットの宝石が黒から赤に変化した。
どうやら、それが私の願いの様だ。
「そうか、なら見せてやる。」
王子は自信があるみたいだけど・・・
「嫌な予感しかしませんね。」
「・・・それが本音しか言えなくなる呪いか。」
嘘が付けないというのは本当みたいで、口を開けば本音しか出ない。
本当に嫌な予感しかしないから仕方ない。
王子は校舎に向かって走っていった。
数分後、王子はある女性を連れてきた・・・
「コーデリアさんが相手かぁ。あぁ、なるほど。」
「あ、クレア様こんにちは・・・。」
私の一声に頬を赤らめる女性、彼女の名前はコーデリア。
子爵令嬢で成績優秀、容姿端麗。守ってあげたいオーラ全開の男ウケ良し。
学園内でモテる女性をあげると確実に出てくる1人だ。
「あの、王子?見せてやるって何を見せるのでしょうか??」
嫌な予感をしつつ、私は王子に質問する。
「何って、それは真実の愛だ。いいか、コーデリア。」
「はい。」
王子はコーデリアさんの腰に腕を回すと、そのまま引き寄せてキスをした。
「はい?」
意味が分からない。
「どうだ、契約は解除できたか?」
「王子、意味が分かりません。真実の愛がキスであるとして、私が王子とキスすれば真実の愛は生まれるんですか?」
「うっ・・・それは・・・」
私の質問にたじろく王子。
それを聞いているコーデリアさんもいい気はしない。
「コーデリアさんもコーデリアさんです。違うって分かっていたでしょう?」
「・・・はい。」
私の言葉にコーデリアさんは凹んでしまうけどそれは当然の話。
更に王子に向き直り
「王子が望んでしまえばコーデリアさんは断る事が出来ないのですから、それは愛じゃなくて只の命令ですよ。お二人とも身分の違いを理解すべきじゃないですか?」
この言葉がトドメを指した様で二人は落ち込んでいました。
私はと言うと・・・
あぁ、思ったことがガンガン言える・・・気持ちいいなぁ・・・
呪いの効果は凄いなぁと感心した。
まぁ、王子のわがままに付き合っているんだから、これくらいの役得はあって良いのかもしれない。
「クレア、言い過ぎじゃないのか?」
悔しそうに私に恨み言を言う王子に対して
「そんな事言われましても、王子はコーデリアさんの事は見ても私の事は見てないではありませんか。」
・・・え?
「私は王子の事を将来の旦那様として見てきました。本当に思い込んだら突っ走るし、未だに好き嫌いが多いし、負けず嫌いな所もありますし、子供っぽい所もあるし・・・王子は私の事について語れる事ありますか?」
「クレア?」
「あ、あれ・・・え・・・涙・・・?」
視界がぼやけると思ったら、頬から涙が伝う。
涙が一滴、ブレスレットに落ちた時・・・・ブレスレットが砕けた。
これが、真実の愛というの・・・つらいだけじゃない・・・
「良かったですね、王子・・・これで自由ですね。」
私は居ても立っても居られず、その場を去っていった。
一ケ月後
私と王子の婚約破棄が戦争にならず済んだ事は国中に知れ渡り
私も晴れて自由の身には・・・なっていなかった。
「はぁ・・・また父上からお見合いの写真が来た。」
あの件は私の失恋なのだから、少しは放っておいてほしい。
高く積みあがったお見合い写真を無視して私はベッドで横になる。
もう・・・忘れたい・・・
「はぁ・・・」
ため息をついていると、部屋の扉がバンッと開いた。
長い茶色のポニーテールを元気に揺らしたサテラが入ってくる。
「クレアいる?教会行くよ。」
「え、お爺様の所に?・・・別にいいよ。そんな気分じゃないし。」
「いいから行くよ。」
サテラに引っ張られ、着いたのは教会。
母上の実家・・・こんな気分じゃなきゃなぁ・・・はぁ・・・
教会の扉を開けるとお爺様に抱きしめられた。
「久しぶりだなぁ、クレアちゃん。ますますお母さんのヒルダに似て美しくなったねぇ・・・うんうん。」
「お爺様苦しいです。」
「おっと、すまない・・・聞いたよ。あの王子がクレアちゃんと婚約破棄したって。さて・・・全教会の勢力をあげて王国を締め上げようか。」
「お爺様、冗談でもやめて下さい。両親が悲しみます。」
「はっはっはっ、もちろん冗談だよ。まぁ話を聞こうか。サテラ君も一緒にね。」
応接室に通されて、事のいきさつをお爺様とサテラに話した。
「あぁ、それはブレスレットをクレアちゃんが付けたから起こった事だね。使い方が間違っていたけど、それがかえって契約の解除を早めたのだろうね。」
お爺様はそんな事を言った。
「どういう事ですか?」
「クレアちゃんの願い事を叶えたのは他ならないクレアちゃん自身だよ。本来は婚約破棄を希望していた王子がクレアちゃんにブレスレットを付けてあげる必要があった。だけど、王子の提示した方法では解除出来なかった。となると答えは一つ・・・婚約を只の契約と割り切りながらもその中できちんと愛を見出していたという事だね。」
「お爺様・・・」
私は泣いた・・・あの後、ずっとモヤモヤしていて泣く事すら出来なかったから・・・
・・・
どのくらい泣いたかは覚えてないけど、結構気が晴れた。
「ありがとうございます。お爺様、サテラ。」
数か月後
私は王子の結婚式に参加している、魔王領の代表として。
王子の相手はコーデリアさんではなかった。
「王子、結婚おめでとうございます。」
私は自然とお祝いの言葉が出た。
「ありがとう。クレア、お前には・・・」
私は首を横に振った
「いいんです。さ、花嫁さんが待っていますよ。」
王子を見送る私にはかつての思いは無かった。
それが正しいかは今は決められないのではないかな。
(完)
最後まで見ていただきありがとうございます。
今回は「失恋」をテーマにショートストーリーを作ってみました。
失恋≠バッドエンドだという認識なので
バッドエンドや悲恋のタグは外しています。
※ハッピーエンドは大好きなので、クレアちゃんには幸せになって欲しい方がいたらコメントいただければ作るかもしれません。