ep2. 約束の魔女
これは、寂しがり屋の魔女の話
「ねぇ、ライアナ、貴女に一つだけ約束して欲しいことがあるの。それはね…」
もう、何十年前のことだろうか。私には師匠が居た。私が魔女見習いを卒業する時にこの薬瓶を渡された。中身はなんにも入ってない。師匠が死ぬ時が私の卒業でもあった。だから、この薬瓶は師匠の形見でもある
「ねぇ見て。約束の魔女よ。なんて醜いのかしら」
「あら嫌だ。聞こえてしまうわよ」
いつもそうだ。私が大魔女ロゼタリーの最初で最後の弟子だから陰口ばかり私に聞こえるように言ってくる。それに、あの魔女の言う通り、私は容姿が醜いのだ
髪色と瞳の色は藤色で、顔にはそばかす。そしてスタイルに関してはオブラートに包んで言うと“ふくふくのまんまる”だ
「…」
どんな風に言われても私は言い返せない。だから、私は魔女集会にはあまり顔を出さなくなった
私が約束の魔女と言われるには二つほど理由がある
一つ目は死んだ師匠との約束。これは、『何があっても決して自分を忘れてはいけないということ』
そして二つ目は朧気な私の記憶の出来事。これは私が捨てられた時のこと。私を捨てた人は『必ず迎えに行くからね』と私と指切りした
前者は私の魔力が暴走する可能性があることを知った師匠が“決して我を失って破壊の限りを尽くすな”と言うことを教えてくれたんだと思う
けれど、後者に関してはもう、迎えに来るのを待つのは諦めた
もう何十年も待ち続けたのに来ない。もしかしたら私を忘れているのかもしれない
「どうしたら思い出しテくれるカな?」
考えて、考えて考えて、思い付いたのは結界に人を呼び寄せること
それから約束の魔女、ライアナは人の集まる公園に自分の結界の入り口を作った。結界の入り口は霧雨の降る日に開かれる
霧雨の降る日にある公園の前を通ると透き通っているが何処か寂しい歌声が聴こえてくる。その歌声に聴き惚れ、公園へと足を踏み入れるとそこには魔女と攫われた人々の亡骸が住む世界が広がる。もし少しでも魔女に魅入られると二度とは戻れない
そんなある日、魔女に魅入られながらも亡骸にならない少女が居た
彼女の名前はフィアル。仕立て屋の一人娘だった
「ねぇ魔女さん、貴女はどうしてこんな事をするの?」
「あら?私に魅入られているのに死なないのね。気に入ったわ。…あぁ、先程の質問だけれど、私は寂しがり屋なの。だから友達が欲しかったのと知り合いとの約束を待ち続けるのが疲れたから此処で約束を果たす為に来るように此処へ繋げているの。でも、一人で待つのは暇でしょう?だから、こうして皆でお茶会を開いているの」
「ふふっ、それなら私がお友達になってあげる!だから魔女さん、私に魔法を教えて」
少女の予想外の答えに約束の魔女は驚き、微笑んだ
「なら、貴女は此処に留まることになるわ。これで寂しくない。だからもう約束は要らない」
約束の魔女、ライアナがそう告げると彼女の周りに居た亡骸は崩れ始めた
「何で?だって約束はとても大切でしょ?もう要らないの?」
「えぇ、だってあの人はもう居なくなっちゃったもの。けれど、貴女に逢えたわ。いきなりで悪いけれど、私と約束して下さる?」
「どんな約束なの?」
「私が死ぬまで師匠と呼んで頂ける?」
「えぇ、わかったわ。師匠。けれど、貴方の名前は聞いていないわ。名前を教えて」
「私はライアナ。貴女は?」
「私はフィアル。よろしくね、ライアナ師匠!」
すると二人きりになった空間は少しづつ形を変えて行った。魔女と亡骸の寂しくて楽しいお茶会は終焉を迎えた。そして約束の魔女はこの約束以降は二度と約束を交わさなかった。
ある公園には霧雨の降る日に開かれる結界がある。その結界に足を踏み入れると二度とは戻って来れない。その結界に居る魔女の名前は霧雨の魔女、フィアル。彼女の師匠、ライアナはフィアルに自身の知る魔法全てを教えると薬瓶を残して亡くなった
彼女が魔女集会へ行くと師匠、ライアナと同じように陰口を言われる
「ねぇ見て、霧雨の魔女よ。なんて陰険で暗そうな魔女なのかしら」
「あら嫌だ。聞こえてしまうわよ」
けれど、彼女は決してめげなかった。何故なら彼女は大魔女ライアナの唯一の弟子としての誇りがあるから。寂しがり屋の師匠と暮らした楽しい日々が彼女の中で生きているから
余談ですが、約束の魔女の師匠の魔女名は薔薇の魔女です。薬瓶は代々師匠から弟子へと受け継がれています