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第94話 出航の時

 食事を終えた誠はランと別れて居住スペースへと向かった。


 これまで乗ったどの艦よりもその通路は広く、若干閉所恐怖症気味の誠には少しばかり安心できた。


 エレベータを降りた、男子居住スペースの入り口のところで誠はカウラとアメリアに遭遇した。


「カウラさん……とアメリアさん」


「なんでアタシが後なの?アタシはこの艦の艦長!一番偉いの!」


 抗議するアメリアを無視してカウラは静かにほほ笑んだ。 


「貴様はブリッジでお笑い小唄の練習でもしていろ。私は神前の案内をする」


 カウラはそう言いながら通路をまっすぐ歩き続ける。


「カウラちゃんはずいぶんと淡白なのね……誠ちゃんはこれからどうする気?」 


 アメリアはカウラの言葉にわざとらしく驚いた風を装いながら誠に目を移した。


「自分はとりあえず荷物の整理をします」 


「私も手伝うわよ、誠ちゃんの部屋については私も興味あるし」 


 アメリアの顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんだ。誠は断っても無駄だろうことを悟って歩き始めた。汎用戦闘艦は幹部候補研修で何度か乗ったことがあるが、『ふさ』の艦内は明らかにそれまで乗った船とは違っていた。


 ランがあれほど得意げだったのもこの艦の居住区画を50メートル歩けば理解できることだった。


 第一、通路が非常に広く明るい。対消滅式エンジンの膨大な出力があるからといって、明らかにそれは実用以上の明るさに感じた。


 それに食堂の隣が道場、そしてその隣にフリースペースとも言える卓球台と自動麻雀卓を置いた娯楽室のようなものまである。


「やっぱり変でしょ?この船の内装。全部隊長が自腹で改修資金出した施設だから。おかげで定員が1200名から360名に減っちゃったけど」 


「それってまずいんじゃないですか?」


 技術下士官達が出航までの待ち時間を潰しているのか、ドアを開けたままの部屋が多い下士官用と思われる区画を進む。さすがにここまでくるとどの部屋も狭苦しく感じる。ちらちら覗き込んでいる誠に配慮したように歩みを緩めたアメリアは言葉を続けた。 


「うちの持ち味は少数精鋭なのよ。実際、艦内のシステム管理要員は技術部の数名だけで十分だし、こう見えて『特殊部隊』なんで、白兵戦闘時にはそれなりの個人の技量を発揮するから、別にそんなにたくさんの人間は要らないの」 


 アメリアに続いて誠はエレベーターに乗り込む。


「しかし長期待機任務の時はどうするんですか?」 


「部隊編成自体、長期間の戦闘を予測してないのよ。第一、今のところアサルト・モジュール一個小隊しか抱えていない司法局実働部隊に大規模戦闘時に何かできるわけ無いでしょ?それにうちは軍隊じゃなくあくまで司法機関の機動部隊という名目なんだから、そんなことまで考える必要なんてないわね。着いたわよ」


 アメリアは開いた扉からパイロット用の個室のある区画に向かって歩き出した。誠は居住区の一番奥の室に通された。個室である、そして広い。正直、彼の下士官用寮の部屋より明らかに広い。そこには誠の着替えなどの荷物を入れたバッグがベッドの上に乗せられていた。


「ずいぶん少ないわね。せっかくいろいろとグッズ見せてもらおうと思ったのに……。これは……ふーん。画材なんだ」 


 アメリアはそう言うと警備隊員が運んでおいてくれたダンボールを一つを覗き込んだ。誠はベッドの上の着替えなどをバッグから取り出しロッカーに詰め込んだ。それほど物はない。手間がかかるわけでもない。


「ええ、帰りに宇宙でも描こうと思って……」


「宇宙?何にもないだろ?」


 カウラのつぶやきに手にスケッチブックを持ってめくっていたアメリアが噴き出す。


「あのねえ、カウラちゃん。宇宙はロマンなのよ。絵師なら描きたくもなるわよねえ」


 アメリアの言葉に誠は頭を掻きながらうなづいた。


「そんなもんなのか……」


 カウラがどうも納得しきれていない表情を浮かべるのを見ながら誠は着替えなどを片付けることにした。


 三人は黙って誠の私物を私室の備え付けの棚にかたずけた。


「じゃあ、私は行くから」


 誠のイラストを机の引き出しにしまったアメリアがそう言って立ち上がる。


「そうだな。もうそろそろ出航の時間だ」


 カウラはそう言いながら誠の酔い止めの入った薬箱をその下の引き出しに入れた。


「動きます?」


 自分で言っておきながらかなり間抜けだと誠も思っていた。


 船である以上動くのは当然である。しかし、誠は人並み外れて乗り物に弱かった。


「大丈夫よ!重力制御装置は最近ではかなり性能がいいから。しかも、この艦はハンガーや倉庫まで重力制御が効いてるのが自慢なの!まるで誠ちゃんのためにあつらえたみたい!それじゃあ!」


 誠の私室を去っていくアメリアの言葉に誠は少しばかり安心した。


 誠の胃は重力の制御を離れるとすぐに暴走するやんちゃな胃袋だった。この宇宙大航海時代にあって、まだ飛行機すら乗れない誠はまさに時代から取り残された存在だった。


 パイロット育成過程でも誠の吐瀉癖は最強の酔い止めでなんとか止められる程度であり、自分としてはとても宇宙軍勤務は不可能だと思っていたので今回の演習には危機感を持って挑んでいた。


「神前……大丈夫か?」


 カウラの言葉で誠は自分の顔に冷や汗が浮かんでいることがわかった。


「大丈夫だと思いますけど……」


 とりあえず戸棚にカギをかけると誠はそう言いながら立ち上がった。


 ぐらりと地面が揺れるような感覚が二人を襲った。


「出航だな」


 カウラの言葉に誠は青ざめてうなづいた。


「とりあえず……僕は医務室で……酔い止めとか……点滴とか……」


 誠は緊張のあまり胃から逆流してくる内容物を何とか抑え込みながらそう言ってカウラの美しい面差しを眺めていた。




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