第70話 職場は『生態系』
機動部隊詰め所の電話が鳴った。下っ端である自覚のある誠が電話を取る。
「はい!司法局実働部隊!」
とりあえず最低でも元気だけは周りの女性陣に見せつけようと、誠は受話器に向けて元気よく叫んだ。
『あのー、豊川署なんですけどね……』
誠の叫びにうんざりしたような調子で中年男性の声が誠の耳に届く。
「豊川署?警察ですか?」
突然の県警からの電話にうろたえながら誠は答えた。
『そちらにクバルカ・ランさんと言う方が居られると思うのですが……』
遠慮がちな警察官と思われる声に誠はハッとして機動部隊長の机で将棋盤をにらみつけているランに目を向けた。
「ああ、豊川署か?代われ」
まるで相手が分かっているかのようなランの態度を不審に思いながら誠は内線の転送ボタンを押した。
「また……島田だよ」
「アイツには学習能力が無いのか?」
かなめとカウラは誠の受けた電話の要件が分かっているかのようにそうつぶやいた。
「島田先輩……警察に知り合いでもいるんですか?」
誠の間抜けな問いに二人は大きくため息をつく。
「まあいるというかなんというか……島田の野郎には『私有財産』という概念がねえんだ」
「『私有財産』と言う概念が無い?」
誠はかなめの言葉の意味が分からずオウム返しでそうつぶやいた。
「島田の手癖の悪さは一級品だからな……」
「それって万引きでもしたんですか?」
誠は呆れた表情のカウラにそう尋ねた。
「万引きはやめたそうだが……バイクとか自動車とかをだな……」
「バイク?自動車!」
コンビニでガムやジュースを盗むのならいざ知らず、盗むものがバイクや自動車となってくるとさすがに大事だと思って誠はそう叫んでいた。
「違法駐車のバイクや自動車を『移動してやった』と言ってうちの寮の駐車場まで乗ってっちゃうんだよ、あの馬鹿は。それでいて本人に全く悪気が無いってこと。ちゃんとその場に自分の携帯の番号と寮の住所を書いたメモまで残すんだぜ。当然こういう騒ぎにはなるわな」
かなめの言葉に誠は言葉も無かった。
「その度に中佐が身元引受人として出向くわけだ……アイツのピッキング技術とポケコンを駆使したロック解除はプロ級だからな……」
「でも窃盗ですよね」
カウラにそう言ってみるがこの『特殊な部隊』ではそんな社会の常識は通用しないようだった。
「おう、行ってくるわ」
警察官との会話を終えたランがそう三人に話しかけた。
「そのうち本当に起訴されんぞ。アイツ」
かなめの言葉にランは半分呆れながら詰め所を出て行った。
「そんなにしょっちゅう盗むんですか?」
誠はあまりに日常的な光景としてこの一連の事件が処理されていくのを不審に思いつつそう尋ねた。
「これで五度目だ。毎回、中佐の機転で何とかなってるが……」
「機転?」
カウラの困った顔に誠は首をひねる。
「取調室に怒鳴り込むなりぶん殴ったり蹴ったりして『落とし前をつけろ』とか言って鉈を借りようとするんだ」
「鉈なんて……何をするんです?」
誠はニヤニヤ笑いながらそう言うかなめに困惑した表情を浮かべた。
「小指を落とすんだと。『エンコ出せ!』とか『手首で勘弁してやる!』とか言って大芝居を打つと大体そのまま釈放になるわけだ……被害者の方は被害者の方で元々違法駐車で警察に見つかったらレッカー代に違反金取られるところだから。その分金が浮くから意地でも起訴するって言う被害者が居ねえんだ」
かなめはそう言いながら腕組みをしてうなづく。
「島田先輩がクバルカ中佐の下でしか働けない理由が分かりました」
「そうだろ?うちは一種の『生態系』なんだ。ちなみにクバルカ中佐も……」
「中佐が何を?」
カウラの言い得て妙な言葉とランのことが気になって尋ねる誠にかなめは首をすくめる。
「ランの姐御は被害者の方、あれ……特殊詐欺ってあるじゃん」
誠はとりあえずあのかわいらしい中佐殿が加害者でないことに胸をなでおろした。
「家族に成りすましたりするアレですか?あんなのに引っかかるんですか?」
「そうだな。中佐のおつむは……『義理と人情の2ビットコンピュータ』だから」
「なんですそれ?」
カウラの奇妙なラン評に誠は身を乗り出して尋ねる。
「電話で人情がらみの泣き落としとかされると一発で騙されるんだ。家族に成りすまして会社の金をなくしただの妊婦を車で轢いただの言う電話がかかってくると一発で騙される……家族もいないのにな」
「それって……『馬鹿』ってことですよね」
いくら社会常識の欠如した誠でも自分の上司がそんな雀並みの脳味噌の持ち主だとは思いたくなかった。
「だから姐御の携帯には登録した番号以外着信拒否する設定になってんだ……他にも叔父貴が色々と手をまわして何とか特殊詐欺の被害にあわない工夫をしてるわけ。だから姐御も叔父貴の部下しか務まらねえの」
「そんなもんですか……」
ランの意外な弱点を知って誠は彼女も人間なのだと分かってなぜかホッとしていた。
そして島田の小指が無事に部隊に戻ってくるように切に願う誠だった。