第60話 野望の『廃帝』とどこにでもいる青年
機動部隊詰め所はがらんとして人の気配が無かった。誠はそのまま誰もいない部屋に入ると、事務椅子に体を投げた。
「疲れた……」
誠は今日のトラブルについて考えてみた。
それを仕組んだのは嵯峨だという。だが、誠はこの部隊に配属になる前から何者かの監視を受けていた。
「おそらく……僕がここを辞めても……監視は続くんだろうな」
「そうよ」
突然の声に振り返るとそこにはアメリアが立っていた。
「なんですか、いきなり」
「分かったんでしょ?誠ちゃんは誰だかわからない監視の目から逃げることはできない。つまり、それから逃れるにはここに残るしかないのよ」
そう言うとそのままアメリアはカウラの席に腰を下ろして誠を見つめた。
アメリアの糸目に見つめられて照れを感じた誠はそのまま視線を逸らす。
「確かに、僕は他に行っても監視されて……場合によっては拉致される」
「今回は運がいい方よ。もし、地球の諜報機関や『法術』研究機関につかまってたら、今頃、仮死状態にされて地球の研究機関に送られてたかも」
軽くそう言うアメリアに誠はムッとなって彼女の糸目をにらみつける。
「怖い目で見ても現状は変わらないわよ。誠ちゃんが安全に暮らすにはうちの監視の下にいるのが一番よ。相手が正規の特務機関なら今回みたいに隣の工場に押し入るなんて危ない真似はしないでしょうし、これからは私も島田君も誠ちゃんには監視をつけるから安全は確保できるわ」
「でも籠の鳥じゃないですか、そんなの」
誠は思わず弱音を吐いた。アメリアはため息をつくと前の時のように突然目を少し開けて誠を見つめた。
「誠ちゃん。でも、もうすぐ状況は変わるわ。『法術』が公然の秘密ではなくなる……その時は近づいているの……おそらく誠ちゃんがその扉を開けることになる」
「僕がですか?僕はただの士官候補生ですよ……しかも出来損ないの」
自虐的にそう言って苦笑いを浮かべる誠をアメリアの瞳が見つめている。
「だいぶ以前にある男が……目覚めたの」
「ある男?」
誠はアメリアの珍しい悲壮感漂う口調に引き込まれて彼女に目をやった。
「そう、その男は……遼州人。しかも、『法術師』としての能力は格段に高い……その男が目覚めたことを隊長が知った時から、この『特殊な部隊』は設立される運命にあったの」
「そんな、いくら超能力者でも一人の力で何ができるんですか?」
誠は持ち前のロマンの無い理系脳にまかせてアメリアの言葉を切って捨てた。
「そうよ、一人でできることには限界がある。ランちゃんがいつも言ってるじゃない。『組織』こそが強さだって。その男も当然そのくらいの常識は持ってるわよ。彼とその男の封印を解いた連中はひそかにこの遼州系で機会をうかがっている……着実に組織を拡大させて、他の組織と連携して……」
静かなアメリアの言葉に誠は引き込まれていた。
「もし、そんな男がいるとして……何をしたいんですか?力があるんでしょ?何か目的があって……その目的を阻みたいから隊長はこの部隊を作ったんでしょうし」
誠の言葉にアメリアは再び目を糸目にして笑いかける。
「それは……分からないわ」
「分からない?じゃあ、こんな部隊無駄じゃないですか!アサルト・モジュールなんて兵器まで抱えて!こんなに大げさに動かなくても!」
少し苛立ちながら吐き捨てるように誠は叫んだ。
「分からないけど推測はできるわよ。おそらく……力あるものの支配する世界を作りたいのよ、その男は」
「力あるものの支配する世界?」
アメリアの言葉を捨て置いて立ち去ろうとしていた誠の耳に明らかに邪悪な思惑が存在することが告げられた。
「そう。選ばれた『法術』を持つ可能性のある遼州人を頂点とする宇宙の秩序を再構築すること。それがその『廃帝ハド』と呼ばれる男の望むもの……かつて帝を廃されて、遼大陸の大地に封印されたときに『ハド』が望んだ世界の理想がそれだもの……あの男はそんな世界を作ることを望んでいる……」
アメリアの真剣な言葉は誠にはあまり響かなかった。確かに、その考えがゆがんだ理想に基づいていることは分かるが、誠のように普通に市民として生きてきた人間には突拍子が無さ過ぎて理解できなかった。
「それはおかしい考えですけど……僕なんかがどうこうできる話じゃないですよね」
無責任にそう言うと誠は立ち上がった。
「どうするの?誠ちゃん」
穏やかに尋ねてくるアメリアに誠は頭を掻きながら冷静を装って笑いかけた。
「僕はそんな英雄にはなれませんよ。柄じゃないです。今日はこのまま寮に帰って、明日実家に帰ります」
「そう、寂しくなるわね」
アメリアの言葉を耳に聞きながら誠はそのまま機動部隊の詰め所を後にした。
「何度も言いますけど、僕は別に英雄になりたいわけじゃないんで」
廊下に出た誠は自分自身に言い聞かせるようにそう言ってみた。
「そうだ……僕は英雄になりたいわけじゃないんだ」
自分自身にそう言い聞かせるように誠はそうつぶやいていた。