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第58話 『駄目人間』のもう一つの顔

「神前に俺達の『特殊部隊』的なところを見せるには……まだ早かったかな?うちは『お笑い芸人養成機関』じゃなくて、むしろ『ベトナム戦争における特殊部隊』の方が近いって……まあ、今言ってもわからねえわな」


 そう言って嵯峨はタブレット端末のランからの『状況終了』のメールを見ながらそう言った。そして、画面をのぞき込んだ後、それを愛用の『甲武国』軍用タバコ『錦糸』の入った、夏服の胸のポケットに入れた。


 東都中央銀座通り。経済で遼州の大国となったこの国の首都らしく、次々と着飾った人々が行きかう中心街。その大通りに面した一目で一等地とわかる場所にある、贅を尽くした建物。そこの一階には地球のイタリア系ブランドの宝石店が居を構えていた。


 嵯峨は朱色の鞘と渋めの鍔が目立つ『日本刀』を肩に乗せたまま、じっとその前で立ち続けていた。周りの買い物客はその姿に怯えたように遠巻きにして、嵯峨の姿を眺めている。


 どう見ても若い警察官が日本刀を持ってぶらついているようにしか見えない。


 すでにその警察に通報した人物がいるようだが、駆けつけてきた警官は嵯峨が身にまとっている制服の袖につけられた司法局実働部隊を表す『大一大万大吉』の紫色の部隊章を見て、その場で近づかないように野次馬の規制を始めた。


「クラウゼ。俺が抜刀したら空気読んで入ってきてよ。まあ、抜くかどうかは……俺の気分次第だな」 


『了解しました』 


 嵯峨は配置についているであろう運航部部長、アメリア・クラウゼ少佐に通信を飛ばした。そして歩道にタバコを投げ捨てるのを合図に、制服姿には場違いな高級感のある店の中に入っていった。


 店員達は瞬時に彼の姿に警戒感をあらわにする。外から覗き込んでいる警官が彼を制止しなかった所を見ていたのか、とりあえず係わり合いにならないようにと自然体を装いながら嵯峨から遠ざかった。


 店の中にいた客は嵯峨の手にある日本刀に驚いたような顔をしているが、すぐに店員が彼女達に耳打ちをして嵯峨から離れた場所に移動した。


 嵯峨は慣れた調子でショーケースの間をすり抜けながら、ただなんとなく店を見回してでもいるような感じで店の中を歩き回った。一人の若い女性店員が、意を決したように店内中央に飾られた貴人に似合うような高級感漂うティアラの入ったケースを眺めている嵯峨に声をかけた。


「お客様。警察の方ですよね?他のお客様が……」 


「ここで暴れるつもりはねえよ。ここのオーナー出しな。名目上のじゃねえよ。モノホンの方だ……て、あんたに言っても分からんか……そこのアンちゃん!」 


 懐に手を入れたままで、じっと嵯峨の方を見つめていた一人の店員に声をかけた。店員は瞬時にその手を抜くと、何事も無かったかのように嵯峨の方を笑顔で見つめた。その頬に緊張の色があることを、嵯峨は決して見落とさなかった。


「アンちゃんよう!俺みたいに怪しい人物が来たら案内する方の『本当のオーナー』、今日来てんだろ?そいつのとこまで連れてってくんねえか?」 


 嵯峨は満面の笑みを浮かべながらそう言った。


 アンちゃんと呼ばれた店員は初老の店長らしき人物に目配せををした後、両手をズボンのポケットに突っ込んで挑発的な視線を送っている嵯峨に歩み寄ってきた。


「お客様、店内であまり大声を出されても……。こちらになりますので」 


「ああ、知っててやってんだ。気にせんでちょうだい」 


 嫌味たっぷりにそう言うと、業務用通路へ向かうアンちゃんの後ろについて嵯峨は歩いていった。彼に従って従業員出入り口からビルの奥へと進む。そしてそのまま人気の無いエレベータルームにたどり着いた。


 二人きりになったとたん、店員の表情は敵意に満ちたものから穏やかなそれに代わった。嵯峨はそれを確認すると静かに店員の肩を叩いた。


「ずいぶん長い『内偵』になったね……」


 若い店員の目に急に嵯峨に対する敬意の色を帯びる。


「少将。自分はこういうことは慣れていますから」


 『内偵』任務の仕上げに入った男はそう言って嵯峨に笑いかけた。


 見た目がふざけているほど若い嵯峨よりは年上の30代に見える男は、背広から小型拳銃を取り出す。


「俺はそういう時は『内偵担当者』に敬意を表して直接出向く質でね」


 エレベーターは25階の最上階に向けて登り続ける。


「『内偵』経験者としては、お前さんみたいな奴の気持ちはわかるんだ」 


 銃を構えた嵯峨のスパイは周りを見回した後、安堵の笑みを浮かべながら静かな調子で語り始めた。


「標的の『皆殺しのカルヴィーノ』は、最上階の専用の私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が外惑星連邦の外務省のエージェントと接触しているのは私も……」


 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 


「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件は俺から積極的に仕掛けてるんだ。地球圏在住の旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前の『素性』の売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?技術部の『ネットマニア将校』が漁っただけでも、地球圏の『某政府』はその倍の値段を出してたぜ」 


 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。


「じゃあマフィアに火をつけたのは……」


 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 


「それが分かればねえ……俺だって苦労しねえよ。ただ『特殊な部隊』の隊長としては、ここで一つの『けじめ』って奴をつけなきゃなんねえな。安心しな、オメエさんの家族は、俺の知り合いが『甲武国』の『俺所有の直轄コロニー』へご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」 


 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。


「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 


 その言葉に安心したとでも言うように、男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。


 あの階下の豪勢な雰囲気はそこには無かった。有るのは奇妙な殺気だけ。嵯峨にはそれが心地よく感じられるようでにんまりと笑いながら扉を開いた。


「邪魔するぜ」 


 嵯峨に続いて、長らく店員になり澄ましていた嵯峨の配下の男がその後に続く。


 中では派手なラメの入った、どう見ても『一般市民には見えない』黒い背広を着た男が二人、巨大に見える執務机に座った赤い三つ揃えの背広に黄色いネクタイの男から指示を仰いでいる最中だった。


 嵯峨は素早く左手に握った『同田貫・正国』を抜刀した。


 二人の男は素早く背広の中に手を入れて中の拳銃を抜こうとした。だが嵯峨のダンビラが宙に舞った次の瞬間には、二人の男の胴体は銃をホルスターから抜くこともできずに首を失って倒れこんでいた。鮮血が部屋に飛び散り首から噴き上げる血が壁や机に飛び散った。


 気障なネクタイの男、『皆殺しのカルヴィーノ』は表情を変えずに嵯峨をにらみつけた。


 さすがに彼はこういう『殺し合いの場』には慣れているらしく、すぐさま拳銃を抜いて嵯峨に狙いを定めようとしたが、その手を嵯峨を導いてきた若い男の手に握られた小型拳銃の弾が貫通した。男の手の拳銃は床に転がり、思わず傷を押さえたまま地に伏せてじっと嵯峨のほうを見上げる。


 嵯峨の制服と部隊章がその男の目の中に入ってきた。それを確認するとあきらめたように一度床に視線を落とした後、ようやく合点がいったかのように作り笑いを浮かべる。


「これはこれは……『陛下』と呼ぶべきですかな。それとも『甲武国』風に『悪内府』と呼ばれることがお好みで?」


 死体を覗き込んで黙り込む嵯峨は気障な男の言葉にまるで反応しなかった。


「どっちもうんざり。『特殊な部隊』の『脳ピンク』と呼びな。俺はプライドゼロだから怒らないよ」


 そう言うと、嵯峨は血に塗れた『同田貫・正国』を一振りした。部屋中に血液のしぶきが飛び散る。


「そうですか。それで今日はどんな用事ですか?血を見るには、ずいぶんと早い時間のご訪問じゃないですか」


 男はそう言うと刀の刃先を確認している嵯峨を見上げた。そこに覚悟の色のようなものを見つけた嵯峨は、安心したように左手に持った刀を担ぐとそのまま机にしがみついて痛みに耐えている男の前に立った。 


「さすがだよ。地球圏じゃ『皆殺し』と呼ばれただけの事は有るねえ。地獄の超特急に乗るのかもしれないって言うのに俺をにらみ返すとは、その度胸はたいしたもんだ。なにか用かって……。分かってんだろ?オメエさんの『飼い犬』がウチの馬鹿を一匹、拉致った件に決まってるじゃねえか」 


 カルヴィーノは悪党らしくニヤリと笑った。そしてそのままよたよたと立ち上がると血が流れている右手で乱れたネクタイを締めなおした。


「何を根拠にそんな……」 


 その言葉に嵯峨は全く表情を変えず、カルヴィーノの座っていた机を蹴飛ばした。


 嵯峨はそのままカルヴィーノの襟首を空いた左手で握ると、そのこじゃれたネクタイを思い切りつかみ上げて自分の眼前に引き寄せた。


「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼。東都警察がテメエの配下の下部組織を四つ潰して台所が火の車だってことは分かってるんだよ。どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地球の地中海で魚の餌になる予定なんだろ?今のテメエならカネの為なら何でもすることくらいお見通しだよ。な・め・る・な・よ」


 嵯峨の言葉は深い重みをもっていた。表情を変えずにそれを聞くカルヴィーノの肩がかすかに震えていた。


 カルヴィーノは静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。


「カネに困ったおまえさんは手っ取り早くカネになりそうな博打に出たわけだ。東和共和国以外の金持ちの政府関係者が探している俺達『法術師』を捕まえて売れば、当然、相当なカネになる」


 そう言いながら嵯峨は怯えるカルヴィーノを無視して今度は壁に掛けられた絵に視線を飛ばす。


「それも一番、カネになるのはその異能力者、俺達『法術師』を、生きたまま捕獲する。そうすれば、一気に旦那衆から土下座されてトップになれる。そうオメエさんは考えたが……相手が悪かったな」 


 嵯峨はそう言い終わると胸のポケットから軍用タバコ『錦糸』を取り出した。


「この部屋は禁煙ですよ。大佐殿」 


 青ざめた顔をしながらも、東都の地球系マフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。


「オメエはタバコはやらねえんだったよな。まったく『この業界』で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな。『同業者』としては理解不能だ」 


 嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。


「どうせ何も話すつもりは無いんだろ?地球系マフィアのその忠誠心はいつも感心させられるよ。遼州系のチンピラにも教えてやってくれよ、その『美徳』を」 


 そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。


「まあここでテメエを斬ってやってもいいんだが……」


「斬らないのか?珍しいことだ」


 苦々しげに呟くカルヴィーノに嵯峨は不敵な笑みで応える。


「テメエは生かしといた方が面白いからな。当局にテメエの身柄がある限りテメエの家族の安全はどうなるかわからない……」


 そう言って嵯峨は憐れむような笑みをカルヴィーノに投げかける。


 カルヴィーノはムキになったように嵯峨の手を振りほどいた。


「言うな!」


 嵯峨の手から解放されたカルヴィーノは、思いつめたような表情を浮かべてネクタイを締めなおす。


「まあ、落ちた『極道の行先』はどこでも『地獄』って決まってるんだ。完全黙秘で刑期を終えりゃあ女房の葬式には間に合うだろ」


 嵯峨がそこまで言った時、アメリア麾下の運航部の女性隊員達がそれぞれ小銃を手に部屋になだれ込んでくる。


「動くな!」


 長身のアメリアが手にした拳銃を素早く構えてカルヴィーノの額を狙う。


「おお、ご苦労さん。まあ、これから完全黙秘を貫こうとする『アウトロー世界の勇者』だ。丁寧に扱ってくれよ」


 嵯峨の言葉を聞くとアメリアの部下達の『自称女芸人』はカルヴィーノを引き立てて部屋を出ていく。


「一件落着ってことか……いや、これからが問題か……」


 嵯峨はそう言うとゆっくりと刀を鞘に収めた。


「クラウゼ、あとは頼むわ」


「了解しました」


 紺色の髪に青いベレー帽をかぶった指揮官らしい姿のアメリアに嵯峨はそう言った。


 彼はタバコを咥えたままこの店の『真の主』がいた部屋を後にした。


「こちらのカードは順調に良い手になるように集まってる……さあ、俺と勝負をしている旦那衆よ。そっちのカードの手は何だろうな……」


 そうつぶやくと嵯峨は煙草の煙を天井に向けて吐いた。



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