第52話 補聴器のようなもの
詰め所を後にした誠は、そのまま廊下を歩いていた。途中の喫煙所と書かれた場所のソファーで嵯峨がのんびりとタバコをくゆらせている。
「タフだねえ。今日、出勤してから何回吐いた。お使いか何かかい?」
いつもの間の抜けた調子で嵯峨がそう尋ねる。
「まあ一応新入りですから……あくまで『新人』なんで」
急に話しかけられて少し苛立っているように誠は答えた。
「そうカリカリしなさんな。あれであいつ等なりに気を使ってるとこもあるんだぜ。どうせお前のことだから、これからも買出しに行くことになるだろうから、その予備練習って所だ。それとこれ」
そう言うと嵯峨は小さなイヤホンのようなものを取り出した。
「何ですか?これは」
「補聴器」
口にタバコをくわえたまま嵯峨はそう言い切った。
「怒りますよ」
強い口調の誠に、嵯峨は情けないような顔をすると、吸い終ったタバコを灰皿に押し付けた。
「正確に言えば、まあ一種のコミュニケーションツールだ。感応式で思ったことが自動的に送信されるようになっている。実際、地球の金持ちの国では歩兵部隊とかじゃあ結構使ってるとこもあるんだそうな。まあ遼州星系の国はコストの関係から導入を見送ったらしいけど」
誠はそう言う嵯峨の言葉を聞きながら、渡された小さな機械を掌の上で転がしてみた。確かに補聴器に見えなくも無い。そう思いながら嵯峨の心遣いに少し安心をした。
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
誠はそういうと左耳にそのイヤホンの小型のようなものをつけた。特に邪魔になることもなく耳にすんなりとそれは収まる。
「なんだか疲れているみたいな顔してるけど……大丈夫か?一応、お前は俺がここに引っ張り込んだんだ。何かあったら相談乗るよ」
嵯峨はとってつけたようにそう言った。そして静かにタバコに火をつける。
「いえ!大丈夫です!」
そう言って誠は一礼するとそのまま階段を駆け下りて『菱川重工豊川』の品ぞろえが豊富なスーパーマーケット『生協』に向かった。