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第51話 下っ端の悲哀

「眠い……」 


 誠は自分の機動部隊詰め所の机に座っていた。いずれやって来る、自分の専用の機体の『05式乙型』を想像しながら大きくあくびをした。


 まだ実戦どころか、訓練さえ経験していないピカピカの誠の機体が思い浮かぶ。


 運ばれてくるときは、おそらく東和宇宙軍の紺色の一般色だろう。


「いつかは僕も……」


 誠の正面には二人の女性パイロットの席があった。


「……ったくだらしのない奴だぜ。あと二時間で昼飯だ。当然、オメエが注文係」 


 常に制服の上の皮のホルスターをぶら下げる女。西園寺かなめが残酷にそう言った。


 心配そうな顔を誠に向けていたカウラがかなめをにらんだ。


「まず、注文する品を決めてから……私は親子丼だ」 


「へいへい、隊長さんは部下思いでいらっしゃること。アタシは天丼」 


 そう言うとかなめは不満げに机の上に足を乗っけた。椅子のきしむ音が響く。誠は自分がいる場所がわかって安心すると、そのまま上体を起こした。


 誠が見回す視線の先では、まず、ランが巨大な『機動部隊長』の机で難しそうな顔をして将棋盤を見つめているのが見えた。


 そのたるみ切った光景は、これが遼州星系を代表する『特殊な部隊』のそれだった。


 せめて自分くらいは……そういう思いが誠を奮い立たせて、痛む首筋をさすりながらソファーから起き上がらせた。


「大丈夫か?」 


 心配そうにカウラがよろける誠を支える。


「なんだ、心配することないじゃん。それにしても暑いなあー……こういう時、『愛ある後輩』なら何かしようって思うんじゃないのかなあ……気が利かねえなあ」 


 暑さで不機嫌なかなめが大声を上げる。


「西園寺!貴様!神前だって気づかないだけだ!きっと本心では『先輩の力になりたい』と思っているはずだ!」 


 カウラは誠が『奴隷根性』に目覚めたことを前提に話をしている。誠はもう誰もあてにしないことに決めて大きなため息をついた。


「良いんですよ、カウラさん。暑いんですね、皆さん。下の給湯室に行ってアイス取って来ます」 


 そう言うとカウラの心配そうな顔をこれ以上曇らせまいと、誠は立ち上がった。


「そりゃ無理だ。どこかのチビが昨日全部食っちゃったからなー」 


 かなめがあまりに残酷な一言を吐いた。同時にカウラも『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐に視線を向けた。


「オメ等ーのモノはアタシのモノ。アタシのモノはアタシのモノ。神前、アタシはうな丼の『特級松』だ!」 


 ランはそう言うと将棋盤に駒を指す。かわいらしい『永遠の8歳女児』は完全に『機動部隊の主』として余裕の貫録を見せていた。


 ここで、誠は自分がこの『特殊な部隊』では『人権の無い使用人』であることを自覚した。


「分かりました!アイスですね!隣の工場の生協まで行けばいいんですね!」


 仕方なく誠はそう言って立ち上がる。同時に手にはタブレットを持つ。


 菱川重工豊川工場近くの『役員向けどんぶりもの専門店』のサイトを立ち上げた。


 かなめとカウラの注文がすでに登録されていた。その『値段の桁が誠の行くチェーン店より一桁多い』そこのどんぶりを選択して注文をした。


 特にランの『特級松』の値段を見て誠は『偉い人』とは自分の生きている世界が違うことを理解した。 


「あそこの生協は……あんまりいーのがねーんだよな。じゃあアタシはモナカ。小豆じゃなくてチョコだぞ」


 『偉大なる中佐殿』こと、クバルカ・ラン中佐は顔を上げて、そう言った。


「西園寺さんは何にしますか?」 


 誠は半分むきになって、態度のでかいかなめにきつい調子でそうたずねた。しばらくの沈黙の後、眼を伏せるようにしてかなめはつぶやいた。


「イチゴ味の奴。それなら何でもいい」 


 かなめは天井を見上げて、めんどくさそうにそう言った。誠に歩み寄ってきたカウラは、彼女の財布から一万東和円を取り出して誠に渡した。


「じゃあ私はメロン味のにしてくれ。金はこれで間に合うはずだ」


「はい!それじゃあ行ってきます!」


 苦笑いを浮かべるカウラに見送られて、誠はそのまま詰め所を後にした。



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