第34話 脱落者③ 『パイ』
「あとなんだっけ?」
かなめはそう言って首をひねる。
「『パイ』がいたじゃない……次かどうかは忘れたけど」
そう言ってアメリアは細い目をさらに細めた。
「『パイ』ですか……投げたんですか?パイ」
顔をしかめつつそう言った誠にカウラは静かにうなづいた。
「やはりお約束と言うことでアメリアが準備をした。顔面に叩きつけたのは……運航部で水色の髪をした常識人。パーラ・ラビロフってのがいるんだが……嫌な顔をしていたな。一番の常識人だし」
「それは誰だって嫌ですよ!初対面の人に挨拶もせずにパイをぶつけるなんて!」
誠はそう言うしかなかった。いきなり配属直後に顔面にパイを食らったら誰だっていやな顔の一つもするものだ。ぶつける役目になったパーラと言う女性も災難である。誠はそう思いながら話を続けようとするかなめに顔を向けた。
「ただ、そいつは食いしん坊だったからそれほど怒らなかったぞ。外惑星共和国連邦出身で……結構デブだったから、キャラ的にはちょうどよかったんじゃねえの?」
そう言って笑うかなめの姿に、誠は自分がいかに『特殊な部隊』に配属になったかがよくわかった。
「まあね……でも一番年長だったからね……」
「確かに二十六歳とか言ってたな」
アメリアとカウラが話し合うが、この部隊の異常さは年齢と関係ないとツッコミたい誠はそのタイミングが図れずにいた。
「ここでも食ったな」
ラム酒を飲みながらかなめは店のメニューの書かれた壁に目をやった。
「カシラ、キンカン、テバ……全部二つは食ったよな」
「大変だったのよ。一応、ここの勘定はランちゃんに回るんだけど……本当に嫌な顔してたわよね」
「軍の食べる人の食べ方って半端ないですからね」
ずらりと並んだ鶏肉の部位の書かれたメニュー表を見ながら誠はその『パイ』と呼ばれる先輩の胃袋の中を想像して若干引いていた。
「まあな。でも、食う以外は常識人だったな。なんやかんやで一週間後には部隊にいなかったんだから」
「カウラ。オメエが虐めたんじゃねえのか?」
カウラとかなめが罪の擦り付け合いをしているのを横目にアメリアが誠に向けて身を乗り出した。
「なんでも、かなめちゃんがいつも銃を持ち歩いてるのが恐かったらしいわよ……外惑星連邦で銃を持ち歩いている警察官にはろくなのがいないから……あそこは警察の汚職とかすごいし」
「うるせえな!銃が恐くて兵隊や警官が務まるか!それにアタシは袖の下を取る役人が大っ嫌いなんだ」
かなめの叫びが店に響く。もうかなり出来上がっている店の客達はもうかなめに目をやることもなかった。
「結局この人も……残らなかったんですね」
誠はそう言って呆れながら三人の顔を眺めるだけだった。