第30話 いつもの手口
外のムッとする熱波に当てられていた誠には、店内のエアコンの冷気がたまらないご馳走に感じられた。
「いらっしゃーい!あら、また新人さんの試験をしに来たの?」
入ってすぐわかる焼鳥屋のカウンターで和服姿の三十代半ばと言う女性が誠達を笑顔で迎えた。
「女将さん、試験だなんて……」
「試験みたいなもんじゃないの。結局、ここでの飲み会がきっかけでみんな辞めちゃったんでしょ?」
明るい笑顔でアメリアを茶化す女性の色気のある瞳に見つめられて誠は照れながら頭を下げた。
「新人さん……お名前は?」
カウンターに座る誠達の正面に箸と突き出しを並べながら女将は誠に尋ねた。
「神前誠です」
誠は少し女将の色気に当てられながら控えめにそう言った。
「ひよこちゃんと同じ苗字なのね。私は家村春子。ここは私のお店。いつも実働部隊の方々にはお世話になってるわ」
妖艶な笑顔を浮かべる春子に目が行く誠をアメリアとかなめが両脇からどついた。
「ゲフ」
誠のうめき声を全く聞いていないカウラは店の奥に書かれたメニューを眺めている。
「どうせまずは焼鳥盛り合わせだろ?アタシはキープしてある奴出して!」
カウラの背後からかなめがそう言って冷やかした。
「アメリアさんと誠さんは飲み物は生中でいいかしら?カウラさんは烏龍茶ね」
「やっぱり春子さんは分かってらっしゃる!」
春子とアメリアの絶妙な息の合い方を見て、誠はもし部隊に残ればこの店に入り浸ることになるであろうことを予想してなんだかうれしい気分になった。
カウンターの向こうの厨房では、焼き鳥の焼ける香ばしい香りがカウンターの中まで流れてくる。
「なんだかいい店ですね」
春子と小夏が手分けして運んで来たグラスを受け取りながら誠はそう言って笑った。
「良い店よ、ここは」
アメリアは笑顔でそう言った。そして小夏が苦い顔をしてかなめの前に瓶を置いた。
「なんですか?そのお酒」
誠は好奇心に駆られて尋ねる。
「ラムだよ。レモンハート。こいつに出会ったのは……あれはベルルカンのダウンタウンの酒場だった……細かい街の名前とかは軍事機密だから教えられねえがな」
「長くなるんでしょ?かなめちゃんのそのうんちく」
かなめがうんちくを傾けようとしたとき、アメリアが手をかざしてそれを抑えた。しかたなくかなめはグラスにラムを注いで苦笑いを浮かべる。
『カンパーイ!』
四人は元気よくそう叫んだ。
一人はピンクのTシャツに『浪花節』と書いてある長身の紺色の長い髪の美女は、ジョッキのビールを一口飲んでテーブルに置いた。
そして、真剣な表情でウーロン茶を飲んでいる緑の髪のポニーテールの美女はそのグラスを手に周りの三人の様子を見守っている。周りの客が次第に帰っているのはこの中のボブカットの美女の脇にあるものがぶら下がっているからだった。
「かなめさん。拳銃はちゃんとお客さんに見えないようにしてね」
春子はカウンターから出て、かなめの隣に立った。
「アタシ等は『武装警察』なんだ。銃ぐらい持ってて当たり前だし、許可は取ってあるぜ。ビビる腰抜けは勝手にビビらしとけ。それに減った売り上げも、今日はこれを一本空けるからちゃら。しかもツケでなく現金で払うわけ。それなら文句ないんじゃないですか?春子さん」
そう言って、焼き鳥屋に何故か置いてあるラムの高級銘柄として知られる『レモンハート』の注がれたグラスを傾けて一人ニヤリと笑った。
困惑する誠にアメリアが耳を貸すように合図した。
「かなめちゃんはね、ここをヨハネスブルグやモガディシュと思い込みたいのよ。確かに、法的に銃を持ち歩いてもいいことになってるけど、日常的に持ち歩いてるのはこの娘だけ……」
そんなとんでもないかなめの思考回路を『浪花節』と白抜きされたピンクのTシャツを着たアメリアに言われて誠はただおびえる視線で武装しているかなめに目を向けた。
「全部聞こえてんぜ、アメリア。アタシは常在戦場が身上なの。安心しな。最近はやりの反同盟主義とか、新なんたら主義とかのセクト共は見つけ次第射殺する。その為に銃を持ち歩いてるんだ……」
そう言ってかなめはホルスターの中の銃を見せつけるように右手で軽く叩く。
「うちはいわゆる『殺人許可書』の出る部隊だから。射殺した後で、それが合理的であれば、職務を執行したという事でボーナスが出る。まあ、今のところそんなことを信じて日常的に銃を持ち歩いているのはこいつだけだが」
そう言ってカウラはお通しの青菜の味噌和えを噛みしめていた。
「『殺人許可書』……のある部隊なんですか?」
誠は恐怖に震えながら三人の美女を見渡す。その時は三人に悪い笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。今のところはうちでトラブルなんてないもの。部隊が駐屯する前の3年前までは結構、この通りは夜は危ないことで知られてたけど、かなめさんが時々武装して現れるおかげで、もめ事とかなくなったし」
春子はあっけらかんとそう言った。誠は助けを求めるべき女将がこの非日常をあっさりと受け入れている事実を知り退路を断たれた気分で店内を見渡した。
さすがに粘っていた最後の客もレジで精算を済ませていた。つまり、店内には四人の他にレジを操作していた中学生の制服を着た少女と何やら、来店時にアメリアが『いつもの』と言ったその串焼きを焼いている老人だけになった。
そして、アメリアがごそごそ手にしていた小さなバッグから何かを取り出そうとしている。
「アメリアさん……銃ですか?」
誠はもうすでに人間不信になっていた。しかし、アメリアは静かに通話が可能な汎用携帯端末を取り出す。
「ちょっと連絡するからね」
そう言って携帯端末の画面を押すアメリア。誠はそれが何かの起爆スイッチに違いないと、逃げる用意だけしながらアメリアを見つめた。
「占拠完了……オーバー」
それだけ言うとまた微笑みながらアメリアは携帯端末をバッグに戻す。
「あなた達。普通に予約するってことできないの!」
小夏が叫んだ。誠はここでこの三人が日常的にこの行動を繰り返していることに気づいた。
「要するにお遊びなんですね……僕はおもちゃにされてるんですね……」
誠は要するにいいおもちゃにされているに違いないという事実に気づいた。
「見事にガラガラ……」
「アタシ達もいつもの!」
引き戸を開けて次々と男女の若者が流れ込んでくる。先程の会話から推測すると全員が『特殊な部隊』の隊員であることは馬鹿でもわかる。
「つまりこれが、うち流の新入隊員歓迎会。びっくりしたでしょ?」
アメリアは再びハメられて唖然としている誠の顔をつまみにビールをあおった。
「俺達も焼き肉盛り合わせ!」
「生中も!」
あっという間に狭い店内は一杯になり、男女の隊員の叫び声が店内に響いた。
「はいはーい!」
さっきまでのふくれっ面はどこへやら、小夏が店内を元気に走り回った。