第28話 こだわりの車中
アメリアと誠は雑談をしていた。誠はその中で自分の口にした発言を反芻しながら、これからしばらくお世話になることになる本部の入口の車止めの前にアメリアと並んで立っていた。
好きなアニメ(30代の女性が好きなものジャンルでアニメが出てくるところからして異常なことだとは自覚した)。好きなゲーム(ここでも違和感を感じた。普通に人気ゲームを挙げたとき、『そう言って実は……』とエロゲームの趣味に誘導尋問したのはどうやらそちらを言わない限り許さないらしい)のことについて話した。
誠は明らかに警戒して口をつぐんだ。結果、分かったことはアメリアの方が誠より多趣味だということだけだった。
「来たみたいね」
そう言ってアメリアは誠背後の誰かに向けて手を振る。誠はアメリアの視線の先を確認しようと振り向いた。
アスファルト舗装された道を銀色の車が近づいてきていた。恐らくはかなめかカウラが運転している。
「初めて見る車ですね……なんだかレトロな車」
その銀色のセダン。運転席にはカウラ、隣の助手席にはかなめが座っている。
「そうよね。うちでフルスクラッチした車だからね。まあ、本物は地球の日本だっけ。この東和の元ネタの国で博物館にでもあるんじゃない。東和共和国の環境基準が20世紀の地球並みにユルユルだからこうして走れるけど、地球じゃ排ガス規制で絶対走れないわね、公道は」
アメリアの言葉の意味を考えながら悩んでいる誠の目の前で車は停まった。
運転席の窓を開けたカウラが口を開く。
「乗れ……あと、アメリア……余計なことは言わなかったろうな?」
そのカウラの目は殺意が篭っていた。
「言ってないって!誠ちゃんのゲームや映像の趣味に引っかかるものがあったら……その時はその時で考えるわよ」
アメリアはそう言って後部座席のドアを開けた。
「じゃあ、王子様。どうぞ」
そう言ってアメリアは開けたドアの前で手招きする。仕方なく誠はそう広くはない後部座席に体をねじ込んだ。180cm以上なのはわかるアメリアがその隣に座る。当然後部座席は大柄の二人が座るのには狭すぎるという事だけは誠にもわかった。
「出すぞ」
そう言うとカウラは自動車を発進させた。
「エンジン音……ガソリンエンジン車。フルスクラッチって誰が作ったんですか?」
誠は変わった車に乗っている以上、それについては普通の反応が期待できると思ってそう言った。。
「島田の趣味なんだと。有名な旧車で気に入ったの作ってやるって奴が言ったらこれが候補の中に入ってた。そして部品とかの都合がついて、島田が作れると言ってきた中のうち、この緑髪の選んだのがこの『ハコスカ』だ」
かなめは進行方向を向いてそう言った。
「島田先輩が作ったんですか?って一人で?」
誠は島田が自動車を作れるという技術を持っていることに驚きつつそう言った。
「なんでも、暇なんで兵隊の技術維持のために毎回そんな趣味的な車を作るんだよ、島田は。こいつがその三台目。一台目はマニアしか知らないような日本車で運用艦の操舵手の常にマスクをしている姉ちゃんが乗ってる。二台目はアメ車で、オークションに出したら、地球の大金持ちがとんでもない金額で落札して大変な騒ぎになった。その後がこれ。通称『ハコスカ』」
そう言うかなめは一切誠には目を向けず、誠に見えるのはかなめのおかっぱ頭だった。
車はゲートを抜け、工場内を出口に向かう道路を進んだ。
「『ハコスカ』正式名称ですか」
ちょっと話題が盛り上がりそうなので、誠はそう言ってみた。
「正式名称は『日産スカイラインC10』。まあ内装とかは最新型だ、エンジンも設計図を元に最高のスペックが出せるように島田がチューンした特別製。当然、ブレーキ、ハンドリングもそれに合わせての島田カスタム。まあ、兵隊が島田が満足するものができるまで、不眠不休で作り上げた血と汗と涙が篭っているものだ。私はそれにふさわしいように大事に乗っている」
カウラは上手な運転の見本のような運転をしながらそう言った。
「そうですか……こだわってますね……」
どうやらこの三人の女性は何かに『こだわる』ところがあるらしい。誠はカウラの運転とこの車への島田の真っ直ぐな思いに感心しながら黙って車に揺られていた。
車は工場のゲートを抜けた。
「寮の近くなんだわ、その店……ていうか、基本的にオメエはこれまでの連中とは違う扱いをしろって叔父貴に言われてね」
かなめはそう言って自分の後ろに座る誠を見てニヤリと笑う。
「僕と他の人と何が違うんです?他の人でもあそこに座れば……」
誠は戸惑いの色を浮かべながらかなめを見つめた。
「とりあえず誠ちゃんは特別なの」
そう言ってアメリアは笑った。
「でも、禿的要素があったら?」
カウラは運転しながら前を向いてそう言う。どうやらアメリアは徹底的に禿的要素は嫌いらしい。
「そんなもの、つるっぱげにするか、禿が似合うメガネの部長になるか、育毛剤だってかつらだってあるじゃない。要するに……禿が似合わない禿が嫌いなの。禿げてても……仕方なく禿げてるのが大嫌い!禿がしっくりする人はOK。だから禿の上に禿ヅラを掛けてメガネをかける。それだけでOK。職業軍人で中途半端な禿。これ、大嫌い」
アメリアは軍人に若禿は禁物らしい。それだけは分かった。
「アメリア。それぐらいにしろ。カウラ、いつもの」
そうかなめが言うとカウラは仕方なく横の時代物のオーディオを操作する。
「なんですか……それ見たことないですよ。その四角い穴……そんな四角くてかまぼこの板でもいれるんですか……」
誠がそう言うと腹に届くようなドラムの響きが車内に響いた。
「なんですか?この曲」
誠の問いを三人の女性士官は無視する。
女性アーティストの歌いだしはほぼ女性の独唱ばかり。ただドラムのリズムだけ、音程はひたすら歌手の語り掛けるような歌声だけでひたすら語りがゆっくりと続く。
「これがこの歌手の歌だ……フォークギターだけがフォークじゃねえんだよ」
かなめはそう言って目を閉じる。
「かなめちゃんが言うにはなんでも昭和と言う時代にデビューして生涯歌い続けた……特に『人として生きるのに疲れた女性の戦いの姿』をテーマにしているわよ……その女性アーティスト……あくまでかなめちゃんの受け売りだけど」
アメリアは誠の耳元でそうささやいた。
「そうだよ、別に具体的に戦いのテーマがあるが、それは戦闘中にアタシが流すからな……それが流れてないと命中精度が下がるんだ」
そう言ってかなめは静かに銃の入った革製のホルスターを叩いた。