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第135話 かっこかわいい上司の『過去』

「ちょっと来い」


 司法局実働部隊機動部隊詰め所でぼんやりと何もない机の上の電話の子機を眺めていた誠にランが声をかけた。


「はい……」


 仕方なく誠は隣に立つ小さな大佐、クバルカ・ランの後に続いて機動部隊詰め所を後にした。


「アイツ等……今日のお疲れ会のことしか頭にねーんだな……」


 ランはそう独り言を言いながら銃の分解に余念のないかなめと何か意味不明なデバック作業に集中しているカウラについてそう言った。


「西園寺さんに銃を突きつけられたりするんですか?」


 誠は少しおびえつつそう言った。


「あー、あれ?アレはエアガンだぞ。あいつは銃を持っていないとバランスを崩すって言って勤務中は実銃で、普段はエアガンを持ち歩いてる。まあマガジン以外は見た目区別がつかねーからな。リアルだな?エアガンて」


 あっさりとそう言うランに誠はあんぐりと口を開けたまま、彼女が会議室に入っていくのに続いた。


 典型的な会議室に椅子が二つ向かい合わせるように置いてあった。


「いーから座れ」


 ランはそう言うと奥の椅子にひょこっと座った。どう見ても8歳女児なので明らかにその光景は珍妙に見えた。誠は静かに彼女の前に座り、いつも通り8歳女児にしては迫力のありすぎる眼力にひるみながらランの言葉を待った。


「これから話す話は他言無用だ。恥ずかしいからな」


 ランはそう言って少し照れてみせた。


「実はな……アタシ……どうやら地球に行ったことがあるんだわ」


 そう言ってランは静かに笑った。遼州と地球。そのはるかに遠い距離を思うが、『遼州人に距離と言う概念はない』と言う彼女の言葉に誠は静かにうなづいた。


「そうなんですか……」


 ランは遼州星系を代表する『エース』である。地球連邦軍が『秘密裏』に彼女に招へいをかけたとしても不思議では無かったので誠は静かに彼女の言葉を聞いていた。


「十二年前だ。アタシは昼寝から起きてぼんやりしていたんだ。寝ぼけてたらしいな……まあいろいろやらかしたらしいけど……それは言わないでおく。詮索無用だかんな!」


 この特殊な部隊では『過去は聞かない』暗黙のルールがあるので、誠は黙っていた。


「そして……思い出したんだ。『昼寝をする前、どっか行ってたな』って。まあ、それからはしばらく『ストライキ』をしてたから、暇してたんで、眠る前にどこへ行ってたか調べたら……それがびっくり!地球だったんだわ。恥ずかしい話だろ?」


 誠はランの軽い口調に意味もなくうなづいていた。


「昼寝ですか?地球人に拉致でもされたんですか?」


「拉致?オメーじゃねーんだから。そんなへまするかよ!」


 あっさりとランはそう言い切った。


 そして遠い目をしてランは窓の外を見やった。


「当時……地球は……空気が違った。酸素が濃くていっぱい深呼吸をした。この胸いっぱいに酸素を取り込んだんだ……おいしい空気だった……」


 ランの言葉に誠は遠くの地球のことを思った。はるか遠く20万光年先の世界。誠はその先進的な技術とこの遼州を征服した人々のことを想像していた。


「周りは『シダ』とか『ソテツ』とかがいっぱい生えてた。まあ、当時はどこの星も似たよーなもんだよ。それで、アタシは元気に走り回った。邪魔する馬鹿は誰もいねーかんな、当時の地球には」


 そんなランの言葉を聞いて誠は不思議に思った。どう考えても『シダ』や『ソテツ』が地球の主要な植物だったという記憶は誠の理系脳の中には無かったのだから。誠はただランの言葉の続くのを待った。


 ランは誠の知識の違和感を突きつつ話を続けた。


「それでだ。腹が減ったんで、水辺に行って水を飲んでたら『ヌトヌトしたでかい生き物』が這ってたんだ。気持ちわりー!って思ったけど、そいつを捕まえて食うことにしたんだ」


「ほかに生き物は……」


 誠の問いにランは静かに首を左右に振った。


「地球も……他の星も、みんな陸上の動物はすべて『ヌトヌト』してたな。まあ、そいつは焼いて食った。酸素が濃いから火が凄かったけど、旨かったぞ。当時の地球にはまだ『タラ』がいなかったらしいから、『シラポン』は食べられなかった……本場のマダラの白子ポン酢……食べたかったなー」


「『まだ』とか言いましたね?……『タラがまだ』いなかったとか言いましたね?」


 仕方なく誠はツッコミを入れていた。


「そんなんで、地球とか他の星でも『ヌトヌトした生き物』しかいなかったから、飽きたわけだ。それでこの遼州に帰って昼寝をした……そしたらいつの間にかベッドに寝てた。寝ぼけてたけど誰かが運んだんだろうな……その間にやらかしたことは言わねーかんな」


「やらかした何かが気になるんですが……」


「気にすんな!個人情報だ!」


 ランはそう言って誠をそのかわいらしい鋭い目でにらみつけた。


「その『ささやかな地球の思い出』を調べたら……変なことに気づいたんだ」


 誠はだんだん聞いていて馬鹿らしくなりながら上司であるランの言葉を聞き続けた。


「その時見た景色が……どうしても今の『地球』とはちげーんだ」


「確かに地球にはヌトヌトした生き物以外もいるようですからね」


 やけっぱちの誠の言葉にランは苦笑いを浮かべながら語る。


「まず、当時の地球は空を何も飛んでねーんだ。飛行機もねーし、鳥もいねーし、虫も飛んでねーんだ」


「飛行機くらいあるんじゃないですか?この遼州系を一時的に征服したくらいですから」


 誠の言葉にランは静かに首を振った。


「違うんだ……ネットでその『ヌトヌトしたでかい生き物』を調べたら……これがびっくり!なんでも『イクチオステガ』とか言う地球の原始的な両生類だったらしいんだ。すげーなネット!メカ音痴のアタシでも調べられたぞ!」


 恐れていた事実を口にしたランに誠は驚愕した。ランの過去とはどうやら地質時代的な歴史の話をしているらしい。誠の理系的歴史知識にはランがとんでもない過去の話をしているのではないかとは察しられたが、さすがにそこまでとは思っていなかっただけに驚愕を覚える誠だった。


 ランは少しばかりしょんぼりとした調子で話を続けた。


「で、その『昼寝』の前に食った『イクチオステガ』は……もう絶滅してるんだ。残酷だな時間は……3億7000万年ほど前に……食ったよ、アタシ。アタシが滅ぼしたのかな……『イクチオステガ』」


 残念ながら誠は『イクチオステガ』を知っていた。大学の『古代生物学』の授業で『初めて鼓膜を持った脊椎動物』と言う教授の言葉が誠の耳に残っていたからだった。


 誠は仕方なく、『理系の地球の歴史』知識を披露することに決めた。


「あのー。それは『デボン紀』ですね。『石炭紀』の前の。『古生代』の……恐竜とかいた『中生代』の前の」


 それまで落ち込んでいたランの表情が急に明るくなった。


「ああ、オメー歴史詳しいじゃん!オメー地球の歴史は苦手じゃねーのか?」


 まるで自分のことを初めて分かってくれた出会いのような顔のちっちゃな上司の姿に誠はただひたすら戸惑うしかなかった。


「それ……地球の『生物』とか『地質学』とか『地球物理学』の理系の大学の授業で習う『歴史』の基準ですけど……」


 誠の理系的歴史知識にランは満足したようにうなづいて、いつもの元気な幼女の姿に戻った。


「だって仕方ねーだろ?アタシが寝てたのは『遼帝国』の『炭鉱』の石炭の地層の『ずいぶん下』だったって話だから。でも寝ぼけててよかったよな!炭鉱のおっさんに『おい!起きろ!』って言われてもどー反応したらいーかわかんねーぞ」


 こっちがどうツッコんでいいのかわからないと言いたい誠は上司の戯言に苦笑いを浮かべていた。


「アタシが掘り出された地層が、地球の『デボン紀』と同じ時代の地層だったんだから。時代は合ってる!間違いなく3億7000万年くれー前の地球!」


 この幼女の年齢がどうやら『億』の単位を超えていることを聞かされた誠は、『不老不死』とか言う以前に目の前の幼女の存在自体に不安を持ち始めた。


 元気を取り戻したランはさらに能弁に語り続けた。


「あと、1億年後だったらよかったんだよ……『メガネウラ』がいたんだぜ!アタシくらいの大きさのトンボが空飛んでんだぜ!地球!すっげーって自慢できたよな!生で1メートルの地球のトンボを見たって言えっからな!12メートルのムカデとか、50センチのゴキブリとかいた時代だぞ!歴史ってスゲー!」


 誠は思った。『それは歴史とは言わない』と。


 人類登場まで3億6700万年かかる。それも1000万年単位の誤差があるので言うだけ無駄だと悟って話題を変えることにした。


「じゃあ、途中で起きれば『恐竜』とか見られたんじゃないですか!地球人がどうやって進化したかわかるなんて……凄いですね!」


 誠の空元気の言葉に、ランは完全に冷めた視線を向けてくる。


「恐竜?そんなの寝てたから知らねーよ。地球人?アタシが食わなかった『イクチオステガ』の家族の子供達だろ?なんでアタシが食い物のガキについて語らなきゃならねーんだよ」


 誠の地球へのフォローは完全に上滑りしていた。


 ランは明らかに白けた表情で話を続けた。


「アタシは『覚醒した法術師』で『不老不死』なんだよ。だからアタシには3億7000万年など『ぐっすり眠ると過ぎちゃう』程度の時間なんだ」


 はっきりとそう言い切る8歳幼女にしか見えない『偉大なる中佐殿』が、誠にはあまりに『偉大』に見えた。


 そして再び『偉大過ぎる中佐殿』はかわいらしくもじもじし始めた。


「これは……自慢じゃねえぞ。恥ずかしーんだからな。さすがに寝すぎた自覚はあるから……ぜってー言うんじゃねーぞ。特に西園寺は『寝すぎだよ姐御!』とか言ってアタシをいじるからな……何が『歴史』だよ。1億年くれー『誤差』じゃねーか」


 1億年を『誤差』と言い切る『偉大過ぎる中佐殿』に、もはや誠は何も言うことは無かった。


「つーわけで。これがアタシの『恥ずかしー秘密』だ!よそで言ったら『殺す』から!」


 誠は『言っても誰も信じません』と言うことと、『この幼女を見つけた炭鉱の人はどう反応したんだろう』と言うことを考えながら静かにうなづいた。


「でもなんでそんなことを僕に話したんですか?もっと科学者とか……」


 反抗的にそう言ってみる誠をランは迫力のある目つきで一瞥した。


「アタシ等遼州人は実験動物じゃねーんだ。知って欲しい奴には言うがアタシはエリートが嫌いでね……研究者って人種とは肌が合わねーんだ。だから連中に言うことは何もねー!」


 そう言ってランは椅子から飛び降りた。


「まー言うなれば戯言って奴だ。聞かなかったことにしてもいーかんな」


 誠は本当か嘘か分かりかねるちっちゃな上司の秘密を聞いてただ静かにうなづくことしかできなかった。

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