第131話 期待外れの現実
「ああ、そう言えばすっかり辞令の事忘れてたな。今渡すよ」
そう言うと嵯峨は埃にまみれた一枚の書類を取り出した。誠は立ち上がって、じっと辞令の内容が読み上げられるのを待った。
「神前誠曹長は司法局実働部隊での勤務を命ず」
嵯峨はそう言った。
『曹長?』
誠は聞きなれないその言葉に、体の力が抜けていくのを感じた。
「あの、もう一度いいですか?」
誠は確かめるために嵯峨に頼む。
「ああ何度でも言うよ。神前誠曹長」
『曹長』と聞こえる。
「あのソウチョウですか?」
「まあそれ以外の読み方は俺も知らないが」
そう言うと嵯峨はにんまりと笑う。
「張り出してあったろ?掲示板見ていなかったのか?」
そこで通用門から続いていた微妙な視線の意味が分かった。
「確かにお前さんはパイロット幹部候補で入った訳だけど、一応適性とか配属部隊で見るわけよ。まあ、お前さんには似合うんじゃないの?鬼の下士官殿」
ガタガタとドアのあたりで音がするのも誠には聞こえない。聞こえないと思い込みたかった。
「でもまあ曹長は便利だぞ。まず今住んでる下士官寮の激安な家賃。さらに朝食、夕食付き。士官になるとそこ出て下宿探さにゃならんからな」
「でも何人か将校の男子もいますよ?」
「ああ、それぞれ事情があんじゃないの?あそこの全権は寮長の島田にあずけてあるから。あいつと『偉大なる大佐殿』ことクバルカ・ラン大佐の指導の下、人権を全面はく奪して立派な『漢』になるまで出さねえって方針でやってるみたいだよ、あそこ」
誠は足元が覚束なくなってきているのを感じた。幹部候補で入った同期は例外なく少尉で任官を済ませている。しかし誠は候補生資格を剥奪されての曹長待遇。ただ頭の中が白くなった。
「ああ、今回の実戦で法術兵器適応Sランクの判定が出たから給料は逆に上がるんじゃないかな」
そう言うと嵯峨は掃除の続きを始める。
「でも原因は?なんで尉官任官ができないなんて……」
「本当に心当たりないか?」
嵯峨が困ったような顔をして誠を睨む。その瞬間、誠は初日の出来事を思いだした。
「お前……なにかっつうと吐くじゃん。あれ、問題なのよ、将校としては。他の将校の方々が同じにされると迷惑なんだって。俺はプライドゼロの男だからどうでもいいんだけどね……それと何度か逃げようとしたじゃん。それもマイナス要因……でも士官は残業手当出ねえからな……逆にうらやましいくらいだよ」
嵯峨はそう言うと本当にいい笑顔を誠に向けた。