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第119話 味覚の殿堂

「しかし……緊張するとすぐに吐瀉するとは……少したるんでいるんじゃないのか?」 


 医務室から出ると誠を捕まえたカウラがそう言ってにらみつけた。


「カウラ……こいつになんか文句あんのか?」


「西園寺さん……良いんですよ……」


 誠は頭を掻きながら笑っていた。 


「今日の宴会の主役は我等がヒーローである誠ちゃんよ!なんでも『釣り部』がとっておきの『クエ』を出すから、『クエ鍋』なんですって!よかったわね、誠ちゃん」 


 糸目でほほ笑むアメリアの口調には純粋に誠をおもちゃにするお姉さん気質があふれていた。


「『クエ鍋』?なんだよ『クエ』って……『食う』から鍋だろ?とっておきなら『トラフグ』とか『アンコウ』とかじゃねえの?」 


 島田は意味も分からず彼女のサラと見つめあう。この二人はアホなので誠も知っている『高級料理』の知識がないことは予想ができた。


「島田君……『フグ』はね、養殖ができるから安いのがあるの!『アンコウ』は獲るのに底引き網漁を使うから獲れるときはいっぺんに取れるわけ。でも『クエ』は滅多に獲れない幻の魚なの。うちの『釣り部』だって年に数回ぐらいしか食べないんだから……」


 無知な島田のボケにパーラが丁寧なフォローを入れた。


「年に数回もクエを食べるって……うちの『釣りマニア』はどういう食生活を送ってるんですか?」


 さすがの誠も彼等が魚のみでたんぱく質を取っていることは今でも信じられなかった。


「西園寺大尉!」


 急にアメリアがそう叫んだ。


「なんだよ、芸人」


 かなめは嫌々そう言ってアメリアのハイテンションに付き合う。


「私は『少佐』。かなめちゃんは『中尉』。そして、私はこの『ふさ』の()() なの。かなめちゃん流に言うと『格が違う』わけ?分かった?」


 そう言うアメリアの態度には嫌味の成分があふれていた。


『ハイ!少佐殿』 


 普段自分が『女王様』としてふるまっているだけに以後の偉そうな態度が否定されると感じたのか、かなめはわざとらしくそう叫んだ。


「西園寺中尉はガスコンロ等の物資をハンガーに運搬する指揮を執ること!ラビロフ中尉!グリファン少尉!島田曹長!」


 アメリアは視線をパーラ・ラビロフ、サラ・グリファン、島田正人の三名に向けた。 


『ハイ!』 


「以上は会場の設営の指揮を担当!以上!かかれ!」 


『了解!』 


 三人はアメリアのこんな急な態度の変化に慣れているらしく、きびきびとした態度で廊下を走っていった。


「僕とカウラさんはなにを?」 


 残された誠とカウラはアメリアのおもちゃにされる恐怖から顔を引きつらせて彼女の糸目を見つめた。


「ああ、誠ちゃんは主賓でしょ?それにカウラちゃんはいい子だからそのお供。今頃は、『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐がご自慢の『いい酒』を選んでいるころだと思うけど」 


 そう言ってアメリアは二人を置いて今来た医務室に足を向けた。


「アメリアさん。どこに行くんですか?」


 誠の問いにアメリアは満面の笑みを浮かべる。


「当然、隊長に持ってきた甲種焼酎()()の酒の供出を要求するわけ。何かあった時に『甲武国』の偉い軍人さんに送る用の酒も持ってきてるはずだから。どうせあの人にはどうせ安酒しか口に合わないって公言してるし」


 そんなアメリアの一言に誠は彼女がある意味『鬼』である事実に気づいて驚愕した。


 誠とカウラ。二人は医務室を出て廊下を格納庫に向けて歩いた。技術部員がコンロやテーブルを持って走るのが目に入る。一方、運航部の『ラストバタリオン』の女子士官達がビールや焼酎を台車に乗せて行きかう。


「何でこんな用意が良いんですか?」 


 次々と出てくる宴会用品に呆れながら誠がカウラに尋ねた。


「いいんじゃないのか?たまに楽しむのも」 


 カウラは笑顔を保ったままで、脇をすり抜ける技術部員の不思議そうな視線を見送っていた。


「そう言えば『釣り部』の人は見ないのですが、調理中ですか?」 


「ああ、あいつ等か?魚類にすべてをささげ、『神』とあがめる連中だからな。これからそれを食する前に『神』に祈りでも捧げてるんじゃないか?」

 

「はあ……」 


 誠は彼等の『釣り』に対する情熱をこの数日で理解していたので、彼等が隊員の誰かを生贄に捧げていたとしても不思議だとは思わなかった。


「土鍋、あるだけ持ってこい!そこ!しゃべってる暇あったらテーブル運ぶの手伝え!」 


 エレベータの所では島田が部下達を指揮していた。


「島田先輩!」 


「おう、ちょっと待てよ。とりあえず設営やってるところだから。そこの自販機でジュースでも買ってろ!俺は奢らないがな!」 


 そう言って島田はまた作業に戻る。


「そうだな、誠。少し休んでいくか?」 


 カウラが自分の名前の方を呼んでくれた。少しばかりその言葉が頭の中を回転する。


「どうした?」 


 不思議そうにカウラは誠をエメラルドグリーンの瞳で見つめる。


「そうですね。ははは、とりあえず座りましょう」 


 そう言うと頭をかきながら誠はソファーに腰掛けた。


「何を飲む?マックスコーヒーで良いか?」 


「甘いの苦手なんで、普通のコーヒー。出来ればブラックで」 


 カウラは自分のカードを取り出すとコーヒーを選んだ。ガタガタと音を立てて熱いコーヒーの缶が落ちてくる。


「熱いぞ、気をつけろ」 


 そう言うとカウラは缶コーヒーを誠に手渡した。


「どうだ?ここの居心地は」 


 野菜ジュースを取り出し口から出しながらカウラがそう尋ねた。この『特殊な部隊』は編成されてまだ二年半と言う司法実力部隊である。彼女も東和共和国陸軍に所属していた経歴がある以上、同じように嵯峨の強烈な個性に染まった司法局実働部隊に戸惑ったこともあるのだろう。


「出動の後はいつもこんな感じなんですか?」 


 誠は隣に座ったカウラの緑の髪を見ながら缶コーヒーを啜る。


「出動は、部隊創設以来二回目だ。ほとんどは東都警察の特殊部隊の増援、同盟加盟国の会議時の警備の応援、災害時の治安出動などが多いな。もっとも、最近は県警の縄張り意識が強くなってきて、あちらの人手が足りないと言うことでネズミ捕りの応援や路駐の摘発なんてことしかしないこともある」 


 そう言いながら野菜ジュースのふたを開けるカウラ。エレベータはひっきりなしに食堂とハンガーの間を往復し続けた。

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