第110話 『阿修羅明王の軍隊』
あきれ果てた近藤は通信を切った。その瞬間、ランの表情が戦闘モードに変わる。
『西園寺!隠れ蓑だ!』
『もうやってますよ!』
ランの合図でかなめの通信が途切れる。そして、誠の全天周囲モニターに映っていたかなめの赤い05式狙撃型が宇宙の闇に溶けていた。
「光学迷彩?軍での使用は戦争法で禁止されてるはずなのに……」
そう言ってみた誠だが、自分が『特殊な部隊』と呼ばれる『特殊部隊』の一員であることを思い出した。司法局実働部隊は武装警察でもある。戦争法は適用されない『犯罪者の捕縛』を行っているのである。
『目標の位置捕捉完了しました。指向性ECM及び通信ハックとウィルスの注入を開始します』
カウラが非情にそう言った。カウラのオリーブドラブの05式電子戦専用機が敵の火龍を照準にとらえる。
『神前、言っとくわ。今回のアタシ等の目的はただ一つ!』
誠の05式乙型の後方で待機しているランはそう叫んだ。
『抵抗する相手には容赦するな……そいつは敵だ……『処刑』しろ』
ランはそう言い切った。
「……関係者全員を処刑するんですか?」
当たり前の誠の問いにランは落ち着いた表情でうなづく。
『当然だろ?近藤の旦那は『歴史的戦争』を望んでる。戦争なんざ、そんなもんだ。殺してなんになる?それなら、エアガンで『サバゲ』でもやってろ。戦争を始めた時点で、それに関係した奴等を根絶やしにすれば終わり。アタシはいつだってその覚悟で戦争してきた。他の戦争は無いかって?それは戦争『ごっこ』。餓鬼の遊びだ。向こうの兵器の安全装置は解除されてんだ。こっちが殺して何が悪い』
ランはそう言うと敵の戦列めがけて愛機の『紅兎』弱×54を加速させた。
「待ってください!」
誠は慌てて自分の機体を前進させる。『乗り物酔い』対策の強力酔い止めの効果が薄れてきたようで少し吐き気がした。
突如ランは機体の進攻を止めた。
「オン・ダラ・ダラ・ジリ・ジリ・ドロ・ドロ・イチバチ、シャレイ・シャレイ・ハラシャレイ・ハラシャレイ・クソメイ・クソマ、バレイ・イリ・ミリ・シリ・シチ・ジャラ・マハナヤ・ハラマ・シュダ・サタバ・マカキャロニキャ・ソワカ……」
ランは突然魔法の呪文を唱える。
「なんですか?いきなり」
いつものことだが、この『特殊な部隊』の『特殊』な展開には誠はついていけない。
『アタシの魔法の呪文。サンスクリット語なんだと』
言語に疎い誠はサンスクリット語がどこの言葉なのかわからなかった。
『サンスクリット語は仏典に使われてる言葉だ。オメーん家も仏教だろ?』
「ええ、まあ真言宗智山派です」
『そんなこと聞いてねえよ。まあちょっとした魔法の言葉だ』
誠はランの言葉の意図が分からず呆然としていた。
『魔法の効果は何かって?アタシの軍団を『修羅の軍団』に変えて、アタシが『阿修羅王』になるだけだ、地獄を作る……それがアタシの使える唯一の魔法だ。これからちょっとここいらの宙域は『地獄』になるからな……お釈迦様に連中がちゃんと『地獄』に落ちれるように道案内してもらうためのお知らせって奴だ』
ランはそう言ってかわいらしい笑みを浮かべた。
「クバルカ中佐……僕は何をすれば……」
このままでは誠はただのお客さんである。
そう思った瞬間、レーダーの左端の敵機が消滅した。
『始めたか!西園寺!』
ランの言葉に誠はモニターの敵機の画面を拡大投影した。
次々と敵の機体のコックピットが吹き飛んでいる。
『敵は旧式の火龍だかんな。レーダーが効かねー上に見えねーんだよ、西園寺の機体が。各センサーはカウラの指向性ECMとハッキングでどうにもなんねーかんな。黙って死ぬのを待つか……無茶な突破を仕掛けてアタシ等に勝負を挑むかどっちかしかねーんだ』
彼女の言葉通り、生き残った6機の敵アサルト・モジュール・火龍はその機動性を生かして見えないかなめの機体から逃れるように前進してきた。
「来ましたよ!カウラさん!逃げてください!」
狙われるとすれば一番先頭を行くカウラの機体である。
『安心しろ、神前。連中は私を『攻撃する意図』を示したとたんに吹き飛ぶ』
冷静にカウラはそう言い切った。
火龍の売りである肩の重力波レールガンがカウラの機体を捉えた瞬間にそれは起こった。
一機、また一機と敵機は『自爆』した。
「何が……何が起こってるんですか?」
誠は突然の出来事にただ茫然としていた。
『これが『ビッグブラザー』の加護だ』
カウラはそう言って最後に残った敵機に指向性ECMのランチャーの銃口を向けた。その強力な電子攻撃は精密機械の塊であるアサルト・モジュール・火龍の動きを封じた。
『東和共和国の戦争参加を良しとしない『ビッグブラザー』は、通信の通じるすべての勢力のコンピュータに『ウィルス』を仕込んでいるんだ。普段は『デジタルコンピュータ』では解析不能なそのウィルスは東和共和国所有の機体を攻撃する意図を示した瞬間に全システムに感染して機能を暴走させるんだ。ミサイルなんか積んでたら最期だな。そいつがどっかんと爆発して終了するわけだ』
ランはそう言うと『紅兎』弱×54をすべるように侵攻させて動けない敵機を一刀のもとに真っ二つに切り裂いた。
『窒息死は……つれーだろ?楽にしてやったぞ』
ランの言葉に誠は戦いの恐ろしさを再認識した。