第11話 大人達の会話
「やっぱ、あいつ大丈夫かね?」
嵯峨はそれとなくランにつぶやいた。
「まーあんなもんだろ、最近の若いのなんて。まあ何か馬鹿をやったらそん時は考えねーとな……『泣いて馬謖を斬る』って言葉もあるくれーだ。アイツが思い込みで突っ走ったら斬ればいい」
ランは余裕のある笑みを嵯峨に返した。
「でもさあ……『泣いて馬謖を斬る』って本当に斬ることないじゃないと思うよ」
そう言いながら嵯峨は扇子で顔をあおぎながらほほ笑んだ。
「そんなぬるい世の中だから戦争ばっかなんだよ。失敗したらちゃんと責任を取るような理想的な世の中をアタシは実現したいんだ……アタシもそいつの上司として喜んで『自害』でもなんでもするつもりだ……いい上司だろ?部下に『切腹』させたら、ちゃんとそいつの首を斬り落とした後、辞世の句を詠んで『自刃』する上司……なかなかいねーぞ」
冗談なのか何なのかよくわからないギャグをランが口にした。
「そりゃまあな。地球人は普通は『切腹』したら死ぬから。まあ、遼州ジョークはそれくらいにしてと……」
嵯峨はランの物騒な思想に苦笑いを浮かべた。
「別に俺は、俺やランのように、神前に人を斬らせたいわけじゃない。まあ、お前さんが本当に腹を切らせない程度にいびるのは職権でみとめるけど、アイツには『人殺し』を職業にしてほしくないんだよ」
「軍人は人を殺すのが仕事だ。アイツも入ったのは『東和宇宙軍』だかんな。そのくらいの覚悟はしてんだろ?」
ランは感情を殺したような表情でそう言い切った。
「軍人って言っても地球人のそれと、俺達、遼州人のそれは意味が違うって……まあまだ誰もそこには言及しようとしてはいないけどね」
思わせぶりにそう言った嵯峨の口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
「そーだな。今のところは」
ランも口にはしないが何かを知った感じで嵯峨の言葉に答えた。
「神前についてはね、遼州人としては避けて通れない『力』の使い道を教えてくれ……そうアイツのお袋さんに頼まれた。だから、俺の手の届くところで導くだけなんだ」
嵯峨はそう言うとくるりと椅子を戻してランの正面を向いた。
「いーのかい?地球人の『力』とは違って、アタシ達の『力』は……『殺戮者』の『力』にもなる。神前にもその『力』は眠ってんだ。奴にアタシの『不殺不傷』を教えんのは……難しーぞ。神前はまだ弱っちーからな」
そう言って不敵な笑みを浮かべるランに嵯峨は頭を下げ、空いた左手で祈るような仕草をした。
「お前さんの『不殺不傷』というご立派な信条。神前が一人前になるまで……中断と言うことにしてくれねえかな」
手を下げた嵯峨はそういうと静かにランを見つめた。
「俺の得意の『土下座外交』って奴だよ。頼むわ。人間、生きてりゃなんとかなるもんだ。すべての人間は『生きなおせる』ってのが俺のポリシーだ。お前さんには『英雄』を作れとはいわねえよ。アイツなりに成長してくれればそれでいい、駄目ならやり直す。それが人生さ」
嵯峨の言葉にランは子供のような顔に戻り、ニヤニヤ笑いながら嵯峨を見つめた。
「『不殺不傷』を置いておいてくれってことは……軍関係の『英雄』を自称する『修羅』は斬っていーってことだな?」
そう言うとランは黙って嵯峨をにらみつけた。
「いいぜ。死んでご立派な『神』にでもなりゃあいい。それが俺達の仕事だ。『英雄』は自分の引き起こした『悲劇』の責任を感じて『切腹』でもしてろってところかな」
嵯峨はそう言って冷めたお茶を飲んだ。そして、下世話な雑誌の下から一枚の男の写真を取り出した。
そして手に持ちランから見えるように、長髪の美男子の顔写真をつまみ上げた。
「こいつが復活したおかげで……神前には迷惑をかけそうだ」
その写真の男を見る嵯峨の目つきはこれまでの眠そうなそれとは明らかに異なっていた。
敵意と憎悪に満ちた鋭い眼光がそこにはあった。
「この男は俺達とは『力』に対する認識が違うんだ。『力』は神から与えられた『権利』じゃなくて『責任』だという気持ちがあれば……みんな平和になるのに……」
ランの目が殺気を帯びる。
「わかってる。こいつ、『廃帝ハド』はアタシ達『遼州人』が倒す。こいつにはアタシ等、『力』を持つものじゃなきゃ対抗できねーからな」
かわいらしい少女の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
「そうだ、俺達の『廃帝誅滅』の邪魔な奴は殺して神の世界に返してやんな。『永遠に続く1984年』に住んでる『ビッグブラザー』の信者は殺して地獄に落とせ。俺達『遼州人』の『特殊な部隊』の本当の目的がそれだ」
嵯峨の自分への視線に気づいたランは、静かにうなづいた。
「その為の『剣の戦士』には神前がぴったりなんだ。そのために『力』に目覚めれば……そんときゃ、俺達と同じ『法術師』だ。そうなったらあいつは逃げたくても逃げられなくなる……『力』を持った責任があるからな」
嵯峨は静かに焼酎の入った小鉢をあおった。
「アタシ等と同じ『法術師』……」
ランの目が少し悲しみに染められた。
そして一言つぶやいた。
「そうなりゃ、神前と俺達『特殊な部隊』の出会いは『悲しい出会い』になるな。『素敵な出会い』を求めて……人はいつも……道を誤る」
嵯峨は目の前のいかがわしい雑誌の山を無視して語り続ける。
「俺は『力』なんて欲しくなかった。だが、その存在を知った以上責任がある。そのために俺は『生かされている』……と思う」
嵯峨のあきらめに似たような響きの言葉が響く。ランは覚悟を決めたように静かに嵯峨に背を向けて隊長室を後にした。