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第106話 緊張感の無い連中

 ヘルメットを抱えたままかなめが喧騒の中へ突き進んでいく。その姿がなぜか神々しく感じられるのを不思議に思いながら誠はかなめの後に続いた。


『つり橋効果ってこう言うものなのかな』


 誠には柄にも無くそう思えた。


 格納庫に入ると作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。誠の全身に緊張が走る。作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に嫌と言うほど思い知らせる。


「おう!着いたぞ!」 


 かなめがすでに時刻前に到着していたカウラに声をかける。


「問題ない。定時まであと三分ある」 


 長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っている。


「整列!」 


 カウラの一言で、はじかれるようにして誠はかなめの隣に並ぶ。


「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」 


「若干兵装に遅れてますが問題ねえっすよ!」 


 05向けと思われる230mmロングレンジレールガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴る。


「各員搭乗!」 


 三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。誠の05式乙型の昇降機には隊で最年少の二等技術兵がついていた。


「神前少尉。がんばってください!」 


 よく見ると彼の作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているところから見て、彼が甲武国出身だと言うことがわかった。後輩の誠はこの『特殊な部隊』に配属されて初めての『尊敬』の視線に見つめられながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。


「わかった。全力は尽くすよ」 


 目だけで応援を続ける二等技術兵にそれだけ言うと誠は自分の愛機となるグリーンの飾り気の無い機体に乗り込んだ。彼が合図を出すのを確認して誠はハッチを閉める。


 装甲板が下げられた密閉空間。


 誠の手はシミュレータで慣らした通りにシステムの起動動作を始めた。


 計器の並びは訓練課程最後に乗った練習機と同じで、すべて正常の数値に収まっていた。


 それを確認すると誠はヘルメットをかぶった。


『神前少尉。状況を報告せよ。また現時刻より機体名はコールナンバーで呼称する。α(アルファー)スリー大丈夫か?』 


「αスリー、全システムオールグリーン。エンジンの起動を確認。30秒でウォームアップ完了の予定」


 それだけ言うとモニターの端に移るカウラとかなめの画像を見ていた。


『どうだ?このままカタパルトに乗れば戦場だ。気持ち悪いとか言い出したら逃げる犬っころみたいに背中に風穴開けるからな!』 


 かなめはそう言いながら防弾ベストのポケットからフラスコを取り出し口に液体を含んだ。


『αツー!搭乗中の飲酒は禁止だぞ!』 


『飲酒じゃねえよ!気合入れてるだけだ!』 


 あてつけの様にかなめはもう一度フラスコを傾ける。カウラは苦い顔をしながらそれを見つめた。


『忙しいとこ悪いが、いいか?』 


 ロングレンジレールガンの装弾を終えたのか、島田からの通信が管制室から入った。


『神前。テメエに伝言だ』


「誰からですか?」 


 心当たりの無い伝言に少し戸惑いながら誠はたずねる。


『まず神前薫(しんぜんかおる)ってお前のお袋か?』 


「そうですけど?」 


 誠は不思議に思った。去年のお盆も、年末も、誠は母親がいないことを確認してから実家に荷物や画材、イラスト用の画材などを取りに帰っただけで、会ってはいなかった。


『ただ一言だ。『がんばれ』だそうだ』 


『なんだよへたれ。ママのおっぱいでも恋しいのか?』 


 かなめが悪態をつく。誠はその言葉に照れてヘルメットを軽く叩いた。


『ビビったらそれで終い。それが戦場だ』


 誠は全天周囲モニターの中のサイボーグ用のヘルメットにバイザーが付いたかなめの姿を見つめていた。


 なんとなく口元に『侮蔑』の笑みを浮かべているかなめに誠はそう言った。


『テメエに期待するのはビビった様子を見せねえことだけだ……将棋の駒のつもりで前だけ見てろ』


 かなめの表情はバイザーに隠れていたが、誠はその言葉に静かにうなづいた。


『神前……ちっこい姐御はオメエを買ってるが、アタシはそれほど期待してねえ。アタシが止めなきゃ誰も近藤の旦那を止められねえんだよ』


 物わかりの悪い子供をあやすようにかなめはそう言った。


「『逆臣』である近藤の旦那をアタシが殺してやるのが筋ってわけだ……アタシはマジの貴族の出だから……しょうがねえやな」


 かなめの力強い口調に誠はひるみつつ黙ってうなづいた。


『西園寺。『逆臣』と言うのは勝って初めていえる言葉だ……今はただの手配犯だ……』


 冷やかすような通信がカウラから入った。


『いいんだよ!勝ちは見えてんだ……旧式の火龍相手に後れを取るかってえの!』


 子供のように主張するかなめの口元を見つめながら誠は自然に笑みが浮かんでくるのを感じていた。


『火龍の肩の二門の230mmレールガンは厄介だぞ……当たり所が悪いと05式でも一撃で墜ちる』


 鋭い声が誠の耳に響いた。かなめの画面の隣に、激高する表情のカウラがヘルメットをかぶっている姿が見える。


『なんだ?弱気の風に吹かれたか?戦闘用人造人間の『お人形さん』?』


 かなめのカウラに向けた言葉にはどこかしらとげがあった。


『事実を述べたまでだ……貴様は光学迷彩で視認されないだろうがこちらは有視界戦闘では丸見えだからな』


 カウラの落ち着いた言葉が聞こえたところで、誠の05式の全天周囲モニターに『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ランのあきれ果てた顔が大写しになった。


『生身だろーがサイボーグだろーがアタシ等これから仕事なんだわ。遊んでる暇ねーの』


 頭でっかちな幼女の一喝にかなめもカウラも黙り込む。


『西園寺。オメーの操縦が上手なのはわかってんだ。カウラもそれなりに使えるんだ。神前が使えねーのも十分承知。でも、オメー等は『最強』部隊長のアタシの部隊の一員なんだ。ちゃんと仕事をすれば勝てる戦いだ』


 ランは自信ありげにそう言いながら笑った。


『しゃあねえなあ……姐御、後詰は任せましたよ』


『後詰……西園寺、突入する気か?私のECMの有効範囲から出るのは厳禁だぞ』


 かなめとカウラが『特殊』な漫才を始める。


『それならカウラが前に出ればいいじゃねえか』


『それを指示するのは中佐だ!貴様は部下なんだからそれに従え!」


 二人の漫才は続く。戦場を前に漫才を始める二人の姿を見ながら誠はつい吹き出してしまった。

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