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第100話 人の尊卑

 誠はカウラが食堂を去るのを見送ると目の前のかつ丼のどんぶりを手に取った。


「なんだか……食欲なくなってきたな」


 食べるタイミングを『特殊』な上司のカウラに外されたことで、なんとなく誠はかつ丼に箸を伸ばせずにいた。


「食ってんだ」


 かつ丼とにらめっこをしている誠の正面からハスキーな女性の声がした。


 西園寺かなめ中尉だった。ライトブルーの実働部隊の制服の左わきには彼女らしく愛銃『スプリングフィールドXDM40』を入れたホルスターが見えた。


「食べたいんですけど……なかなか口に運ぶ気力が無くて……」


 お茶を濁すような言葉を並べて誠はまたかつ丼のどんぶりをテーブルに置いた。


「今度の出動は、アタシが『近藤一派』全員処刑するからな。弾の補給を頼むわ」


 誠の前に座ったかなめは表情も変えずにそう言った。あまりにあっさりとした『処刑宣言』に誠は呆然とかなめを見つめた。


「なんだ?射殺してほしいのか?」


「いえ!違います!……でも……『処刑』だなんて……」


 誠は焦ってそう答えた。かなめの右手が銃に向けて動いているのを見たからだった。


「アタシが『近藤貴久中佐』と言う男を処刑すると言うのがそんなにおかしいか?近藤の旦那の本心を知ってて放置していた本間提督みたいに奴に甘い顔をしろとでも?」


 表情を殺した『女サイボーグ』の瞳に見つめられると、誠は動くこともできなくなった。


「なんでそんな酷いことが……言えるんですか?人間ですよ、相手は」


 誠は目の前の恐ろしいたれ目のサイボーグに語り掛けた。かなめはあっけらかんとした顔になる。


「そりゃあ、近藤中佐は『歴史に名を残したい貴族主義者』だろ?アタシが上意討ちにして、『逆族』としてちゃんと歴史に名を刻んでやるのが礼儀だろ?」


「『上意討ち』……って何ですか?」


 誠の突拍子もない問いにかなめの表情は凍った。


「『上意討ち』も知らねえのか……お上に逆らった逆賊は殺されて当然なのが『甲武国』なんだよ。あそこの政府に軍人が逆らえばそれは『逆賊』だから討って構わねえんだよ」


 誠は何度聞いてもかなめの言葉が理解できなかった。目の前の機械の体のかなめがそれなりの高位の貴族の出なのは分かったがその発想は庶民の誠には分かりかねた。


「西園寺さん……確かにクーデターは悪いことですし、貴族主義なんて僕には理解できないですけど……いきなり殺すなんてひどくないですか?」


 信じられずに確認する誠を見てかなめはさわやかな笑みを浮かべた。


「そりゃあ東和共和国の内部の理屈だ。甲武には甲武の理屈がある」


 誠の庶民的発想の疑問をかなめは一言で完全粉砕した。


「それに、アタシも好きで『貴族』に生まれたんじゃねえんだよ。先祖の『西園寺さん』と仲間達が『甲武国』を建国して『貴族制』を始めたから仕方なく『貴族主義者』の顔を立ててやってんの」


「『甲武国』を建国?」


 さらにかなめの言葉は誠の社会常識の欠如を自覚させるものだった。考えてみれば『甲武国』は地球圏からの移民が独立して建てた『貴族制国家』である。地球圏からの独立を『誰か』がやったということは当然その時『建国』しているわけである。『貴族制』と言うことはその時の功労者が貴族になっているのは当たり前だということは誠にも理解できる。


「しかし……近藤の旦那も馬鹿だよな、『貴族主義』とか『官派』とか言うけど、どう頑張っても下級士族の出身の近藤の旦那は『甲武国』じゃこれ以上出世の見込みなんてねえのにな……何が楽しくて『貴族は偉い』とか言ってんのかね?理解できねえな」


 かなめは誠には理解不能な『特殊』な世界観を語った。誠はただ絶句してかなめのたれ目を眺めていた。


「親父はアタシに言うんだ。『人は(とうと)く生まれるんじゃ無い。(とうと)くなろうと努力するのが人なんだ』ってな」


(とうと)く生まれるんじゃ無い。(とうと)くなろうと努力する……」


 誠はかなめの口にした言葉を繰り返した。


 そして、まだ見ぬ『かなめの父』の言葉に心を動かされた。


「親父は無責任な男だが、その言葉は信用してやる。アタシに貴族の位を譲って民の政治をしたいというのも許してやってる……親孝行だからな!アタシは」


 かなめの言葉には『父』への『愛』が感じられた。


 庶民である自分とは違う、かなめの独特の父への尊敬がそこにあると誠はかなめを見ながら感じていた。


「だから、その娘として、『特殊な部隊』の一員として近藤の野望は砕く。『甲武国』一番の貴族として、貴族主義者の連中に『死』を遣わしてやる。結果として連中は『逆臣』として歴史に名を刻めるんだ。本望だろ?」


 残酷な言葉を並べるかなめがおどけたように笑う。


「神前。そのためにおめえはアタシのフォローをしろ!アタシの銃の弾が尽きたら弾を運べ!アタシに何かあったら『回収』しろ!それが本来の『貴族(とうときもの)の戦いだ!」


 かなめの言葉に迷いは無かった。


 『かわいい正義の味方』であるランが指揮し、『美しいが少し変』なカウラが戦場を用意する。そして、『気高き機械の体』の姫君が裁きを下す。


 誠はこの『特殊な部隊』が実は『正義の味方』なのかもしれないと思っている自分を発見した。


「神前。食えよ、かつ丼」


 誠は少しかなめの素敵な言葉にあこがれて、目の前のどんぶりの中身のことを忘れていた。


「すみません……なんだか……西園寺さんが見かけによらず、立派なことを言うから忘れてました」


 そう言うと誠はかつ丼のどんぶりを手にした。


「だけどな。アタシはある『野望』があるから、『貴族主義者』には、存在していてもらわなきゃ困るんだな」


 かなめはそう言ってほほ笑んだ。誠はかなめの表情に『殺気』を感じて箸を止めた。


「『野望』ですか……」


 こういう時にかなめがろくなことを言わないことは誠も学習していた。


「叶うといいですね……その野望」


 とりあえず誠はそう言って上機嫌のかなめからどんぶりへと視線を落とした。


「なんだよ……どんな『野望』か聞かねえのかよ」


「聞いてもろくなことになりそうにないので」


 誠はそう言うとかつ丼を口にかきこんだ。久しぶりの固形物の感触に胃が喜んでいるのが分かり誠は笑顔でかつ丼を食べ続けた。

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