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幼馴染も憧れるイケメン大学生を嫉妬で睨み続けていたら、勘違いされて綺麗なお姉さんに好かれました。

作者: サンボン

「まーくん、おはよ!」


 いつもの朝の通学時間。


 路地の角の待ち合わせ場所で、幼馴染の“坂崎環奈”が、今日も元気に挨拶を交わす。


 ちなみに、“まーくん”っていうのは幼稚園の頃からの愛称で、俺の名前は“堀口正宗”だ。

 独眼竜じゃなくて、刀のほうな。


「……はよ」

「もー! 相変わらず元気がないなあ。そんなんじゃ、“あの人”みたいにモテないよ!」

「うっせ」


 環奈の言う“あの人”というのは、まさに俺の天敵というべき男だ。


 なにせ、毎朝学校に行くたびに、俺は努力ではどうにもならない圧倒的な壁をまざまざと見せつけられ、そして、一日打ちひしがれることになるんだから。


 その壁が何かって?


 それは、学校に向かっていつもの通学路をあと五分も歩けばすぐに分かる。


「ねえねえ、今日も“あの人”に出会えるかな?」

「知らね」


 俺の隣で、環奈がワクワクしながら聞いてくる。


 どうやらコイツは件の“あの人”にご執心らしく、毎朝“あの人”に会うのを楽しみにしている。


 全く、幼馴染であるこの俺と一緒に登校しているんだから、少しは気を遣って欲しいもんだが。


「はあ……まーくんも、せめて“あの人”の半分、いや、十分の一ほどのビジュアルがあれば、そこそこイケなくもないんだけどなあ」

「だから! 本人が隣にいるのにそういうこと言うのヤメロよ! 本気で泣くぞ!?」


 くそう、何で朝から、しかも“あの人”に会う前からこんな思いをせにゃならんのだ!


 はあ……溜息吐きたいのはこっちだっつーの……。


「あ」


 その時、環奈がパアア、と満面の笑顔になる。


 とうとう来やがったか……!


 そう、道の向こう側から、いつも通り俺の天敵である“あの人”が歩いてきたのだ。


「ね、ねえねえ! きょ、今日も来たよ!」

「わ、分かったから身体を揺さぶるな!」


 “あの人”というのは、俺達の通う高校の近くに住んでいる大学生(多分)で、毎朝俺達とは反対方向にある駅に向かってすれ違うのだ。


 そして、今日も同じ通学路に通ううちの高校の女子生徒どもの全てが、環奈と同じようにその大学生に釘付けになっている。


 いや、それだけじゃない。


 最近ではその大学生のファンまで形成され始めており、まるでアイドルの出待ちでもするかのように数人の女子生徒が通学路で待ち構えていたりする。


 そして。


「あ……あの……」


 女子生徒達が次々と大学生に声をかけようとして、全員が途中でそれを諦める。


 この不思議な行動について、一度環奈に尋ねたら、「尊みがすごすぎて声をかけるなんてムリ」とのことらしい。何だソレ。


 だが、女子生徒達がそう思うのも無理はないかもしれない。


 なにせ、その大学生ときたら、男とも女とも取れない中性的な顔立ちで、切れ長だけど大きな目、瞳の色は透き通るようなブラウン、通った鼻筋に薄い唇、アッシュグレーの髪をウルフカットにし、肌も透き通るほどの白さだ。

 身長は俺よりも高く、多分一七五センチくらいあるだろうか。ただ、服装に関してはあまり興味がないのか、いつもTシャツにデニムジーンズ、赤のスニーカー、黄色のヒューズボックスという恰好だった。


 まあ、住む世界が違うとはこのことだろう。


 だが、そのせいで俺はいつも、この通学路で狙ったかのようにこの大学生とすれ違い、あまりのスペックの違いから周りの女子生徒達に比較され、鼻で笑われる日々を送らされているのだ。


 もちろん、遠回りして学校に通えばすれ違わずに済む。


 俺も耐え切れずに一度そうしようかと考えたこともあった。

 だが、よくよく考えたら、何で俺がわざわざ通学路を変えなきゃならんのだ! 気に入らんのなら、お前がどっか行けよ! ってことで、それから俺とこの大学生との終わりのない聖戦を繰り広げているわけだ。


 じゃあ具体的にどうやって戦っているかって?


 もちろん、チキンな俺が面と向かって直接何かを言えるはずもなく、毎朝すれ違うたびにキッ、と睨みつけてやるのだ!


 ただし、大学生の視界の外で、な!


「! 来た来た! 来たよっ!」


 環奈の興奮は最高潮になり、俺の身体をガックンガックン揺らす。


 フン、今日こそ俺の目力で、この大学生にルート変更を余儀なくさせてやる!


 そして、いよいよ俺達の横を通り過ぎる、その時。


「っ!?」


 なんと、大学生が笑顔で俺達に手を振ったのだ。

 それこそ、男だろうが女だろうが、見惚れてその場で立ち尽くしてしまうほどに。


 ……………………………………………………ハッ!?


「お、おい……環奈……?」

「…………………………」


 何とか意識を取り戻した俺は、環奈に声をかけるが、環奈はあまりの出来事に、口を半開きにさせながら両手を握り締め、ただただ大学生の後ろ姿をキラキラとした瞳で見つめ続けていた。


「おーい……環奈―……」

「…………………………」


 どうやら再起動する様子もなかったので、俺は諦めて環奈を置きざりにしたまま、学校へと向かうことにした。


 だけど……本当に綺麗、だったな……って、何考えてんだ俺!?


 ◇


 あの朝の出来事が頭から離れず、今週の俺は魂が抜けたようにずっとボーッとしていた。


 休日になって、とりあえず少し気合を入れるために街に繰り出すことにした俺は、行きつけのゲーセンでリズムゲーをするんだけど……。


「ダメだ……いつもだったらパーフェクトなのに、こんなにミスるなんて……」


 俺は、アイドルの女の子達の歌や踊りに合わせてボタンを押すリズムゲーの機体の前で、がっくりとうなだれた。


「くそう……これじゃ、プロデューサーとして失格だ……今日はもう帰ろう……」


 肩を落としながらゲーセンを出た俺は、駅に向かってトボトボと歩いていると。


「あれ……?」


 そこには、ショップのウインドウを眺めているあの大学生の姿があった。


 だけど、大学生が眺めているウインドウって……。


 そっと大学生の後ろから覗くと、そのウインドウには、カワイイ系の服が飾ってあった。


「……………………って、ええっ!?」

「わわっ!?」


 俺が後ろにいたことに気づいた大学生は、驚きのあまり思わずウインドウにしがみついた。


 俺も、大学生がここまでリアクションするとは思っておらず、つい俺も仰け反ってしまった。


「あ……君は……」

「そ、その……ども」


 俺に気づいた大学生に、俺は気まずいながらも軽く会釈した。


「え、ええと……お買い物、ですか……?」


 って、俺は何を聞いてるんだよおおおお!?


 男の人にそんなこと聞いたら、ぶん殴られちまうぞ!?


「え、えと、あはは……私にこんな可愛い服、似合わない、ですよね……」


 そう言うと、大学生は苦笑いした。


「え、えと……」


 オイオイ、その言葉を受けて俺にどう答えろと!?


 と、とりあえず……。


「そ、そんなことないと思うっすよ……」


 オイオイオイ! 何言ってんの俺!?


「え……ホ、ホントですか?」


 アレ? この大学生……嬉しそうだぞ!?

 ひょっとして女装癖が……!?


「え、ええ……」

「あ、ありがとうございます!」

「わわ!?」


 すると大学生は俺の手をつかみ、嬉しそうにはにかみながらお礼を言った。


 え!? え!? コレってどういう状況!?


「って、ご、ごめんなさい! 私ったらつい嬉しくなっちゃって……」

「あ、ああ……いえ……」


 だけど、この一連のやり取りで俺は気づいた。気づいてしまった。


 この大学生……女の人だった……。


 だって、俺の手を握った時の手の感触、すごくスベスベして柔らかかったし、それに近づいた時、すごく良い匂いしたし、間違いないね。


 だとしたら、これまでの俺の行動って……あああああ! こんなの黒歴史にもほどがあるぞ! どうすんだよコレ!? 


「あ、あの……」

「ハ、ハイッ!?」


 ヤ、ヤバイ……ひょっとして、いつも嫉妬で睨んでたこと、怒ってるんじゃ……!?


「その、も、もしよかったら、少しお話……しませんか?」

「…………………………へ?」


 彼女の提案に、俺は思わずマヌケな声を出してしまった。


「あ、い、いえ、その……前から一度、お話ししてみたいな、なんて思ってたんです……」

「あ、あああああ、い、いや、そ、それはもちろん、はい……」


 って、どんな返事だよ!?

 いいのかダメなのか、よく分かんねえじゃねーか!?


「……………………っぷ」

「?」

「ふふふ! 君って、すごくおもしろいんですね!」

「え、ええ!? そ、そうですか!?」


 なぜか笑われてしまった……。

 や、確かに挙動不審なところとかあったかもだけど、そんなおもしろいことはした覚えが……。


「あ、それで、あそこのカフェでお茶でも……どうですか?」

「ははは、はいっ! ぜひ!」


 ということで、思いもかけず大学生のお姉さんとお茶をすることになってしまった。


 ◇


「へえ、正宗くんってお名前なんですね」

「え、ええ……あ、戦国武将じゃなくて、刀の正宗ですから」

「ふふ、はい、分かりました」


 気がつけば、俺は大学生のお姉さん……“青山(はる)”さんとカフェでお茶しながら楽しく会話していた。


 や、だってイメージが全然違うんだもん……って、最初のイメージがイケメン大学生だったから違って当然なんだけどね。


 それより、青山さんは実はかなりいい人だった。


 見た目が中性的なイケメンで、長身スレンダー体型なもんだから勘違いしちゃってたけど、おしとやかでしぐさなんかも女性的で、言葉遣いも丁寧で……まさに大和撫子なお姉さんタイプだった。


 それに、女性と分かった上で改めて青山さんの顔を見ると……その、すごく綺麗なんだけど……。


 とと、とりあえず会話しなきゃ。


「だ、だけど、どうして俺なんかをカフェに誘ったんですか?」


 俺はアイスラテを飲みながら、なんとなくそんなことを尋ねてみる。


「あ、え、ええと……ほら、毎朝大学に通う途中で、君が可愛い女の子とすれ違う時に、いつも私のこと見ていたから……」

「っ!? ゲホゲホッ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


 あああああ!? 気づかれてた!?


 ヤ、ヤバイぞ!? まさかイケメンに嫉妬して睨んでただなんてとても言えない……!


「本当に大丈夫……?」


 いつの間にか青山さんは俺の隣に来て、優しく背中をさすってくれていた。

 そして、俺の顔を心配そうに見つめる。


 ヤバイ……別の意味でヤバイ……。


 や、だって、こんな綺麗な女性がこんな至近距離で俺のこと心配してくれてるんだぞ!?


 誰だよこんな素敵な女性をイケメンだなんて失礼なこと言ったの! ……あ、俺だ。


「だだ、大丈夫です!」

「ホントですか?」

「は、はい!」

「だったらいいですけど……」


 そう言って、青山さんは自分の席に戻った。チョット名残惜しい。


「そ、そうだ。私も正宗くんに聞きたかったことがあったんです」

「? 聞きたいこと?」


 ま、まさか、何で睨んでいたか問い質す気なんじゃ……!?


 ヤバイ、オワタ……。


「あ、あの、いつも一緒にいる女の子、正宗くんの彼女さんですか?」

「へ?」


 死刑宣告を待つ犯罪者の気分で待っていた俺は、意外な質問に少し拍子抜けした。


「あ、い、いえ、べ、別に答えていただかなくても……」

「ああ、アイツは“坂崎環奈”と言って、幼稚園の頃からのただの幼馴染なんです。だから、別に彼女とかじゃないですよ」


 まあアイツはカワイイし性格も良いから、学校でもかなり人気があるのは間違いないけど。


 なのに不思議と、今まで恋愛感情を抱いたことはないんだよなあ。

 むしろ、どっちかっていうと同志っていうのが一番近いかも。


「そ、そうなんだ……」


 すると、青山さんはあからさまにホッとした様子を見せた。何で?


 その時。


「アレ? ひょっとして青山さん?」


 すると、ガタイのいい少しイケメンの男を連れた清楚な感じの、美人と呼んでもおかしくない女性が、青山さんに声を掛けてきた。


 大学の同級生か何かかな……。


「……どうも」

「なあんだ、青山さんもこのカフェ利用するんだー」


 そう言うと、なぜかこの女の人は砕けた感じで笑った。


 ……なぜだか分からないけど、チョット嫌な感じがするのは気のせいかな……。


「……って、ふうん……」


 女の人は、今度は俺をジロジロと見た後、ニヤニヤとした表情を浮かべた。


「なるほどねえ……アレだ、大学じゃみんな、青山さんのこと男だって勘違いしちゃってるもんねえ? だから、高校生の男の子をつかまえたってわけだ」

「っ!? ち、違います!」


 青山さんの知り合いなのかもしれないけど、ちょっと今のはさすがに言い過ぎなんじゃ……。


「えー? だって、この前だってゼミで女の子からは逆ナンされて、男の子達からは舌打ちされてたじゃない? イケメン過ぎて」

「そうなの?」


 同伴の男が、一緒になってニヤニヤしながら女の人に尋ねる。


「そうそう! で、結局ゼミでも仲間外れで、いつも一人でいるのよねー! カワイソウ」

「……………………」

「なんていうか、男に生まれてくれば良かったのにねー……って、キャッ!?」


 気がついたら、俺はこの下品に喋る女の人にテーブルにあった水をかけていた。

 だって、見た目は清楚で美人でも、中身はクソなんだもん。


「ちょっと! 何すんのよ!」

「や、ここカフェなんで。他の客に絡むだなんて、正直ダサイっすよ?」

「テメエ! チョットコッチ来いよ!」

「は? イヤに決まってるでしょ。なんで行かなきゃいけないんですか? バカっすか?」


 どうやらこの言葉が引き金になったらしい。

 気がつけば俺は男にぶん殴られて、目の前が真っ暗になった。


 ◇


「……アレ? 俺……」

「っ! 正宗くん!」


 目を開けると、心配そうに、そして泣きそうな表情で覗き込む青山さんの顔があった


「青山さ……イチチ……」

「だ、大丈夫!? ま、まだじっとしててください!」


 起き上がろうとして、青山さんに慌てて止められた。


 ていうか、後頭部がフワフワというか、フカフカというか、すごく柔らかくて気持ちいい感触がするんだけど。


 って、えええええ!? 俺、青山さんに膝枕されてる!?


「あ、お、俺……!」

「まだダメです!」


 慌てて起きようとした俺を、青山さんはまた抑えつける。


「ぐす……ホントにもう……」

「ええと、すいません……」


 とうとう涙を零してしまった青山さんを見て、俺はたまらず謝ってしまった。


「あの……それで……」

「あ、うん……説明しますね……」


 どうやら俺は殴られた後、意識を失ったらしい。

 で、殴った張本人はというと、店の人に通報されて警察に連行。あの性格がクソ悪い女も一緒に連れて行かれたってことらしい。


「それで、警察の方が正宗くんにも事情聴取したいからって……」

「ええー……メンドクサイ」


 できれば、あんな奴等とは関わりたくないんだけどなあ。


「だけど、ちゃんと被害届も出したりしないといけないですし……私も一緒に行きますから……」

「はあ……」


 青山さんにそんな顔で言われたら行くしかないよなあ。


「あ、そ、それと……ごめんなさい、私のせいで……」

「や、青山さんのせいじゃないでしょ。悪いのは全部アイツ等」

「ですが……」


 だけど納得できないのか、青山さんは落ち込んだ表情で俯く。


「ホラホラ、そんな顔似合わないですよ? せっかくそんな綺麗なのに」

「わ、私がですか!?」

「? そりゃそうでしょ。他にいませんから」

「あわわわわわわわわ!?」


 青山さんは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆う。

 ナニコレ、反応も超可愛いんだけど。


「そろそろ痛みも引いてきましたし、それじゃ、そろそろ行きましょうか」

「あわわわわ……あ、そ、そうですね……」


 で、俺達はカフェを後にし、渋々警察に出頭した。


 ◇


「……チクショー、スゴイ長かった……」

「あ、お、お疲れ様です」


 事情聴取と被害届の手続きを終え、警察署の受付に戻ってくると、青山さんが待っていてくれた。


「それで、どうなりました?」

「んー、それでですね……」


 事情聴取で状況を説明した際、相手の男から示談にしてくれって話があると警察官から聞いた。


 だけど、二人のあの態度に頭にきた俺は示談を受けずに被害届を出すことにした。


 そしたらあの二人がキレたらしく、色々暴言吐いてたらしい。

 知ったこっちゃないけど。


「……ということで今回はオシマイ、あの二人もオシマイ、ってことになりました」

「そうですか……」


 多分、あの二人は大学停学か、下手したら退学かなあ。知らんけど。


「じゃ、こんなとこにいても楽しくないですし、行きましょうか」

「あ、はい……」


 俺達は警察署を出て、駅に向かって二人並んで歩く。


「その……ありがとうございました」

「へ?」


 何のことだろ?


「正宗くんが斎藤さん……彼女の言葉を否定してくれて、怒ってくれて、う、嬉しかったです……」

「あ、あははは……」


 こんな綺麗な人に面と向かって言われたら照れてしまう。


「わ、私、こんな見た目だから、男の人と間違われることが多くて、それに、あまり人と話すのも苦手で……」


 はい、俺も男だと思ってました。


「だから、男の人に見られても否定できなくて、いつも我慢してたんです」


 そう言う青山さんは、悲しそうな表情で視線を落とす。


「だけど」


 青山さんが俯いていた顔を上げ、そして。


「正宗くん……君が、私のことを見つけてくれた」

「俺……ですか……?」


 青山さんは、コクリ、と無言で頷く。


「いつも朝すれ違う時、女の子達は上気した顔で見つめて、男の子達は不機嫌そうに顔を背けてた。だけど、君だけは、私のことをじっと見つめてくれた」


 違うんです、それ、嫉妬で睨んでただけなんです。


 なんてこと、今さら言えない。


「それに今日も、私があんなカワイイ服を眺めていても、君は否定せず認めてくれた。それだけじゃない、カフェでのやり取りだって、私のために怒ってくれて……」

「……………………」


 そして、彼女はじっと俺の瞳を見つめる。


「だから……だから、ありがとう」


 青山さんは俺の手を握り締め、そして。


「え……」


 俺の頬にそっとキスをした。


「青山さん……」

「あ、そ、その……わ、私のことは“ハル”って呼んでくれると……嬉しい、です……」


 そう言って、彼女……ハルさんは、頬を赤く染めながら、はにかんだ。


 それは、たとえ女神でも嫉妬するほどの美しさを湛えていた。


 ◇


「まーくん、おはよ!」


 休み明け、いつもの朝の通学時間。


 路地の角の待ち合わせ場所で、幼馴染の坂崎環奈が、今日も元気に挨拶を交わす。


「……はよ」

「もー! 相変わらず元気がないなあ。そんなんじゃ、“あの人”みたいにモテないよ!」

「あー……その、環奈さんや」

「? 何よ?」

「件の大学生……青山晴さんは、女の人だ」

「はあ!?」


 うん、そんな反応すると思ったよ。


「本当だ。俺は直接ハ……青山さんに聞いた」

「はあっ!? チョットまーくん!? 一体まーくんとどんな関係なの!?」


 環奈が詰め寄り、俺の襟首をつかんで前後に激しく揺さぶる。


「ちょ!? 環奈、苦し……!?」

「ねえ! それってどういう…………あ」


 すると、向こう側からいつものようにハルさんがやってきた。


 今日もいつものように、女子生徒達が次々とハルさんに声をかけようとして、全員が途中でそれを諦める。


 そして、いよいよ俺達の横を通り過ぎる、その時。


「正宗くん、その……おはようございます!」


 ハルさんは立ち止まり、最高の笑顔で朝の挨拶をしてくれた。


「はい、おはようございます、ハルさん」

「え!? ちょ!?」


 状況についていけない環奈が、目を白黒させながら俺とハルさんの顔を交互に見る。


「あ、正宗くん、襟が歪んでますよ?」


 そう言って、俺の傍に寄ると、さっき環奈にクシャクシャにされた胸襟を直してくれた。


「はい、これで大丈夫です」

「あ、ありがとう、ハルさん」

「はい、それじゃ」


 そしてハルさんは、今日もいつものように駅へと向かっていった。


 ただし、俺はその時のハルさんの表情に気づいてしまった。


 環奈に向けた、あの、どこか勝ち誇ったかのような顔……ナンデ?


「……へえ、そういうこと……」

「ええと……環奈、さん?」

「うるさい! まーくん、早く学校に行くわよ!」

「え? え?」


 俺は訳が分からないまま、プリプリと頬をふくらませる環奈に引きずられるように学校へと向かった。










 その後、なぜか激しいバトルを繰り広げるハルさんと環奈に振り回される日々を送ることになるのだが、それはまた別のお話。

お読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] なぜかすでにポイント入ったので一言: 続編オネシャス
[一言] グッジョブ(◍ ´꒳` ◍)b 星( 。・ω・。)ノ 凸ポチッしてブクマしてたら ワンチャンありですか?
[一言] 毎回ユニークな何かを思い付く男の方法。私はあなたの仕事が大好きです。それらすべてを遅かれ早かれ読むつもりです。ありがとうございました。
感想一覧
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