マリモ:常世の果実
傷が塞がったドラゴンが緑の鱗におおわれたまぶたを開くと、金色の瞳が現れる。優しいまなざしだ。
傷が深すぎて治りきらないようなので他にも薬草がないか根で探す。
『頭の果実を使えばもっといい薬になるよ』
お婆ちゃんに言われて私は自分の頭の果実をもぐ。ぷちっ。あいたっ。
薬師のスキルで果実をポーションに変えると、金色に光るポーションがまとわりつくようにドラゴンの体に染み込んでいく。深い傷があっという間にふさがり、汚れも浄化されているようで霧になっていく。すごい。
ポーションをある程度魔力で動かせるのもわかった。本来は魔法の薬もひとつの魔法なのだろう。
『私らの果実は常世の果実といって、人間たちにはエリクシール剤の材料の一つとされているんだよ。あらゆる病や呪いを癒し傷をふさぐ薬さ。まあエリクシールとなると材料が簡単には揃わないけどね』
「呪いに効く薬は欲しいかな」
『それならこの森にいくらか材料があるよ。聖泉の薬草を使うとできるね』
薬草もいろいろあるようだ。自分で採取してもいいけど、それなら冒険者さんに頼んだら彼らのお仕事になりそうだ。私だと根こそぎ採って魔法でまた生やしてとできるので冒険者さんたちの仕事がなくなりそうだし。ポーションはいろいろほしいけど自分ではあまり採取しないようにするつもり。値が崩れたら困る人は多いはず。
あの女騎士さんも冒険者だよね?
お婆ちゃんがいうには時々お婆ちゃんの常世の果実を採取することをSランクの試験にしているのだとか。あの人そんなに強い人なのかな? いや、一人でドラゴンに大怪我を負わせてる時点ですごい強いのはわかるんだけど、綺麗なお姉さんだったからね。
ちなみに冒険者ランクはSの上にLランクがあり、そのSの下にはランクの高い方から順に、AからFまであるそうだ。ゲームや物語の世界みたいだね。
病院にいた頃はスマホで小説ばっかり読んでたなあ。今は私がその世界にいる。
そういえばこの世界には獣人とかもいるらしい。町に行けば見られるだろうか。楽しみである。ドラゴンさんも体の調子がいいのか、話しかけてきた。
『世界樹の若木よ、傷を癒してくれて感謝するぞ』
「もう大丈夫そう? 痛くない?」
『うむ、すっかり血も回復して魔力や体力も満ちてきている。有り難いことだ』
「思ったより効果が高かった」
これならあっちの女騎士さんにも使ってあげようかな。ドラゴンさんこと緑竜さんにひとしきりお礼を言われたので今度私が困ったらその時には助けてもらうと約束をしてから女騎士さんの方に戻る。
ほっそりとした肢体に白い肌、赤い髪に白銀の鎧と兜を着けている。籠手やブーツも金属製で実に重そうである。おっと、彼女も目を覚ましそうなので一旦隠れた。
彼女は起き上がり、不思議そうな顔でキョロキョロしている。あの傷がすっかり治ってたら驚くよね。彼女のもとに根を伸ばして移動し、声をかける。後ろから。
「私ハイドリアード。貴女の後ろにいるの」
「ひょわわあっ!?」
いたずらでどこかの都市伝説の妖怪みたいに声をかけたら女騎士さんはひっくり返った。可愛い。背中を地面につけて後ずさりしていく。
「お姉さん、傷は大丈夫そう?」
「あ、ああ、うん、驚いた。死にかけていたと思うんだが。な、治してくれたのは貴女か」
「うん、ポーションを作って治したよ。私はマリモ。よろしくね」
「ポーション……。マリモ先生か。ずいぶん能力の高い薬師の先生のようだな」
「先生とかくすぐったい」
私は善人ではないので名前呼びにしてもらおうと思ったが、先生呼びはやめてくれなかった。彼女の名前はシータというらしい。やはり彼女は現在Aランク冒険者でSランク試験のために常世の果実を採りに神樹の森を訪れたそうだ。
町からここまで四日ほどかかるという。荷物はなくしているようだから探してあげることにした。根の範囲を少し広げてみる。
少し離れたところに革製らしい肩掛け鞄があったので根を使って運ぶ。最初、うにうにと根をはうように動かして乗せて運んだ。霊体の体と違ってそのままでは根の中を移動させられないようだ。取り込んでしまえばいけるのかな?
うん、ちょっと手間がかかるけどできた。生きてるものには抵抗されそうなゆっくりとしたスピードで、なんかミミズみたいに口が開いた根で荷物を取り込んで、霊体にして取り寄せる。地面からボコりと枝が生えて、にゅるっと吐き出すように荷物を取り出したのだが、ちょっぴりグロテスク。シータさんは気にしてないようだけど。
ちなみにストレージボードはかなりのレア品で契約者しか使えないので彼女ほどの冒険者でも持ってない人は持ってない。運がよければEランクとかでも手に入るけど利用されるから普通は黙っているか、強い冒険者の荷物運びをするらしい。
「はい、荷物」
「おお、有り難い!」
荷物を根の中に入れた時に中身を枝でちらりとのぞいたが、しっかり大きな常世の果実を持っていた。どうやって採取したのやら。ドラゴンと戦いながらお婆ちゃんから採取したとしたらすごい人だ。死にかけてたけどね。お姉さんは荷物を確認してにっと笑う。
「これで私もSランクだ……」
「良かったね。おめでとう」
私の頭に生ってる小さい果実でもSランクになれるんだろうか。見つからないように気をつけないとね。マリモ狩りだー、ヒャハー! とかいって襲いかかられそう。まあ根っこ移動が便利だからドリアードなのは隠すつもりないけどね、名乗っちゃったし。
これから町に帰るらしいので、彼女の足に枝を巻かせてもらう。彼女が町に帰るのにあわせてまっすぐに根を伸ばさせてもらう予定だ。頼んだら喜んで協力すると言ってくれた。
一応ドラゴンの方の傷も癒したとシータさんに伝えたら、なぜかホッとしていた。倒すつもりはなかったのだろう。神樹の護り竜は聖なる竜として有名らしい。それは倒したらまずそうだ。怪我をさせたのも不味いが、緑竜さんが強すぎたからと、成り行きで奇襲と思われたから、なのだとか。
町まで帰る間、シータさんに食料になる木の実や薬草を集めてあげたりしつつ話し相手になったりしながら移動した。冒険者の知識はためになる。
お婆ちゃんには行ってくるとだけ伝えておいたが、よく考えればお婆ちゃんの根は町まで伸びているんだし、心配なら見にきてくれるだろう。
異世界の町とか楽しみだ。やはり冒険者ギルドでは他の冒険者にからまれるイベントがあるんだろうか。私は貧弱な見た目だから間違いなく絡まれる方だ。
依頼人として行くつもりなのだから、からまれたらその人にはお仕事を頼まないようにすればいいだろう、とか、その辺りの事情もシータさんが教えてくれる。依頼人が望まない相手にはやっぱり自分の依頼した仕事をさせないとかできるみたい。変なもの掴まされそうだし、護衛が山賊になったら困るし、冒険者も信用が大事なんだね。
移動中、木の精霊だから焚き火とかヤバいかなと思ったけど普通に暖かかった。落ちてるシバを拾い集めてあげたら喜んでいたよ。
中世とかの話で聞いたことがあるけど、シバが有料だったり森の持ち主の許可を得る、とかはこの国では必要ないようだ。まあ神樹の森の持ち主はお婆ちゃんなんだけどね。
すべてが人間の領域、とかではないらしい。強い魔物も多いしバンパイアとか、人じゃないけど文明を持つ生物も多いそうだ。バンパイア……咬まれたらバンパイアになるのかな? あ、私は精霊だから大丈夫かも。ちなみに眷属化の魔法というのは普通にあるそうだ。お互いの同意がないとダメらしい。
何日も歩いたが、シータさんは本当はその眷属の飛竜を召喚して移動できるそうで。緑竜さんに奇襲と間違われた時に飛竜を倒されたので、再召喚に一週間かかるのだとか。召喚する魔物って倒されてもよみがえるのかと思ったが幻獣種じゃないと普通に死ぬらしい。精霊に近い動物なんだろう。飛竜にもいろいろいるようだ。シータさんの眷属は幻獣で、体を構成する魔力を貯めるのに一週間かかるらしい。
大変だけど歩いて帰るしかないね。それに根を伸ばすのにもその方が都合がいい。伸ばすのがわりと遅いからね。他の領地とか国となると無理そう。数年とかかかるかも。
数日後、城壁に囲まれた町が見えた。いよいよ私は人の町を訪れる。フォレスター伯爵領という町だそうだ。壁の端が見えないから、かなり大きい町みたい。魔法で壁とか作ってるのかな。魔法はやっぱり便利みたいだね。
大きく変えることはないと思いますが、何十話もはストックしてないのでちょこちょこ書き直すかも知れません。
体調が思わしくないので、止まったらすみません。