マリモ:病
手の中をもう一度見る。貝殻だ。ピンクの可愛い小さな貝殻。
これはたぶんこの兄妹が海から採ってきたのだろう。ここから海まで十キロはある。往復二十キロを歩き、これを探し回り砂場を歩いたのだろう。春くらいの気温とはいえ、炎天下の砂場はキツい。二人はへとへとのはずだ。半分命がけじゃないだろうか、タフだな。料金としては十分だ。
「最初に言っておく。治せる保証はない」
「そ、そんなのインチキじゃんか」
「お医者様に見せるのにお金はいらないの?」
「いる……」
「お姉ちゃん、それはただの貝殻だよ? お金にならないよ?」
「でも、あなたたちには大事なんでしょう?」
「うん」
女の子の方は素直でいい子だな。ほっこりした。また余分にもらってしまったぞ。
「なら十分もらってる。二つはいらないけど」
「有り難う」
「感謝しなくていい。もらいすぎになる」
「あははっ」
この子はよく笑うな。またもらっちゃった。
「貝殻は昔はお金になった。綺麗で、価値があったのね」
「そうなの?」
「今は使えないけど」
そういうと男の子が呆れた顔で言う。
「そりゃそうだ」
「ふふふっ!」
この女の子は本当によく笑う。このままでは貝殻を返さないとダメになる。この子はたくさん支払ってくれるな。まあ知識の対価でもらっておこう。頭を撫でておく。猫みたいに目をつむり、頭をすりつけてくる。これは一対一。対等な取引だ。
「さて……」
患者のお婆さんを見る。幸い薬師スキルには病態を見る力もある。このスキル、便利すぎでは。まあ薬師にも必要なスキルだ。
お婆ちゃんの症状は……細菌、黄色ブドウ球菌やウェルシュ菌、肺炎球菌などの常在菌による肺炎だ。体力が落ちた際に誤嚥などにより発症する。体は思ったほど痩せてない。体力が落ちた原因は別にあるな。
原因を探るのは虎獣人のガウルさんたちに頼むしかないか。薬草を探してほしいんだけど……まずは病因を取り除くべきか。他の冒険者を探索に回してもらおう。お金はかなり余裕がある。なんせ常世の果実を売って二億円相当のお金、白金貨七枚、七百万グリンももらってる。冒険者一人辺り一日大銀貨一枚(千グリン、三万円相当)もあれば森の浅いところの探索は頼めるはずだ。そうしよう。
「ば、婆ちゃん治るのか?」
「すぐには治せない。浄化薬と抗炎症剤が必要」
「薬代は出せない……」
「それはもうお代をもらってる」
「……変な姉ちゃんだな」
そうかな? 社会に出れば確かに対価として足りないけど、これはこの子たちと私の個人の間の取引だ。出せる限界まで出させた。……この貝殻を拾うまでにこの子たちは命をかけたんだ。十分な対価だろう。
「治療を開始する。今から私がすることは絶対に内緒にすること。それも対価」
「わかった。だからそれ、安くない?」
「わたしもわかった」
「安くない。約束を破られたら私は町にいられなくなる」
「それなら安くない、のか?」
私はお兄ちゃんに器を持ってこさせる。これすると、魔力がごっそり減るんだよね。痛いし。ぷちっ。ほら痛い。注射よりは痛い。
私の頭に生っている常世の果実のポーションを薬師のスキルで作成。推定エクストラポーション、欠損回復薬。これなら炎症を消して体力を一息に取り戻させられる。
エクストラポーションは霊薬のひとつだ。情報階層という魂の深いところから「健康」の状態の情報を引き出して、付与する。魔力により欠損を補うので大きな怪我が過ぎると一本じゃ足りないこともある。四肢欠損とかなら二本はいるね。頭は生やせないし、体は生やせないから首を落とされたら終わり。エリクサーはそれでも即時にかけたなら治せるらしい。五十億円相当だとしても安いかもしれないね。ファンタジーアイテムだ。まだ作れない。
お婆ちゃんにむせないように体を起こさせて、少しずつ薬を含ませるんだけど……あ、私の種族、ハイドリアードのスキルで魔力の枝を作りお婆ちゃんの口に突っ込みそのまま胃に送り、もう一本の枝で薬を飲み込み、器から吸い込んで直接胃に流し込む。ハイドリアードの体は最高だね!
すぐに一本分注入。効果もすぐに現れ、お婆ちゃんは目を覚ました。まあ完治はしてない。菌を殺す薬じゃないから当たり前か。
「あ、あなたは……」
「薬師、マリモ」
「く、薬師? そんな……こ、子供たちを売るのですか?」
「もらいすぎになる」
「で、では……お金?」
「どこかにあるの? 対価はもうもらってる」
「婆ちゃん……治った……!」
「おばあちゃ!!」
「ごめん、まだ完治してない……よ?」
二人がお婆ちゃんに抱きつき、泣きだす。治ってはいないが、子供たちの涙に感動しないわけがない。またもらっちゃったしこれは完治まで通わないとダメかもしれない。とりあえず今日はこれ以上できまい。
「ドーナツ」
私は魔力の枝で箱を編み、その中に十個ほど色々なドーナツを作り、入れた。もらいすぎた対価の分だ。ちなみにスキルなので少ない魔力で一瞬でドーナツができる。
「食べなさい。力をつければ病は自然に退く」
「も、もらっていいのですか?」
「子供たちの優しさが対価」
「ただではないと?」
「私は善人じゃないからボランティアはしない」
ボランティアの人たちもただで働いている人なんかいるわけないんだけどね。私くらいには対価をもらっているだろう。もらいすぎにならない境目は難しいね。
私は光合成していたら生きていける。個人間の取引なら十分だ。ただ、口は封じておく。
「私の名前は出していいけど、払ったものや治療法は秘密。約束を破るなら癒した分を返してもらう」
「絶対に破りません」
「ならよし。それが対価。あと、お婆ちゃんは完治したら私のために働いてもらう」
「もちろんです!」
「それでちょうどいいくらいかな」
「お婆ちゃん奴隷になっちゃうの?」
「それはもらいすぎ」
「よかった! ドーナツ……いい匂い……」
「お婆ちゃんが二つ食べたら残りは三人で話し合って分けるといい。一人ひとつは必ず食べること」
「わかりました、先生」
「お、俺も働く」
「わたしも!」
それは……うん、正当な対価かも知れない。
この日はこれで帰り、次の日、シータさんと別れて三人の家に向かうと、信じられないことが起こっていた。
ドーナツ「一気に10個大放出ですぞ!」
マリモ「私も食べる」
シータ「じゃあ私も」
ドーナツ「私も」
ヨクタ「食べるの?!」




