マリモ:対価
書きたかったところです。
私は根をたどりつつ目的地へ急ぐ。ワープできなくはないのだが街では姿を見せておいた方がいいだろう。私はまだこの街ではよそ者だからだ。
それでもできるだけ急ぐ。今の服装は三角帽子に魔導師のローブ、それにブーツを自分の枝で編み込んで模したものだ。田舎臭いとか初心者冒険者っぽいとは言われるが、私は魔法使いになれたようですごく気に入ってる。
しばらく歩くと寂れた一角にたどりつく。スラムというやつかな? 今にも崩れそうな傷んだ木造家屋が並んでいる。
その中のひとつの家の前に立つ。さて、どうしようか。
ここに病気の人がいるのは間違いないんだけど。
はっきり言えば薬が足りない。だから森に帰ろうとしてるのだし。治せる気がしないのに踏み込めない。体力だけを回復させるあてはあるんだけど。
一旦体力を調えてその間に森に帰るしかないか。ならそこまでは簡単だ。ただ、
治療費はもらわないといけない。どこかに金目の物がないか魔力の根と枝で探っておこう。
家の中に根を伸ばす。見れば、うん、まず物がない。タンスやクローゼットがない。あるのは粗末なベッドが二つだけ。あとはテーブルや椅子、キッチンか。
住人はそれに対して三人だ。子供が、男の子と女の子が二人で抱き合って寝ている。
治療には対価は絶対に必要だ。看護師さんやお医者さんにも生活がある。私がそれと同等のお金を取らないで無料で治療などすれば彼らが路頭に迷うことになる。そんなのはおかしい。人を救う人が路頭に迷うのは明らかにおかしい。
だから治療をすればそれに対して等しく対価をもらわねばならない。受けたなら払わねばならない。そこを曲げるわけにはいかない。
なぜなら、私一人で世界中の人を助ける術がないからだ。なら、仲間を、医者でも薬師でも増やさなければならない。
幸福になれない仕事を頑張ってやる人はあんまりいない。ブラック企業じゃああるまいし。あれは幸福になるために働いてないんじゃなくて働かないと死ぬから、その状況に入ってしまったから働いてる状態だ。すぐに体を壊してしまう。だけど、会社が潰れればそこで働いている人が全員一斉に路頭に迷う。そんなのが許されるわけないから、逃げられもしない。
でも死んだらお仕舞いだし、幸福になれないのがわかっててがんばる意味もない。改革するか、逃げるか。
どのみち、人は幸福を求めるべき、なのではない、望んだ結果が初めて幸福ということになる。
欲はなくては幸福にはなれないのだ。私は、強欲だ。
よく見れば男の子は疲れはてている。何かを手に握りしめているが、小さな物なのか、見えない。
ふむ、対価を見つけたようだ。私はそのボロい木の小屋をノックする。そして足音が近づいてくるまでの間、周りを見回す。
全部同じようなボロ小屋。ここはやはりスラムのようだ。病に冒されているのはここの人だけではない。今救えて速やかに救わなければ命に関わるのがここの人というだけだ。
どうやら何かおかしな病が蔓延っているようだ。お婆ちゃんに帰るのが遅くなりそうだと伝えておこう。深くまで魔力の根を伸ばせば世界樹であるお婆ちゃんの根は、世界中に張り巡らされている。根を接触させて伝えると、残念だけど仕方ない、頑張れと返ってきた。優しいお婆ちゃんだ。
おっと、そうしている間に少年と少女が扉の前に立っている。痩せてる、小さな子供たち。五歳から八歳というところか。女の子が五歳で男の子が八歳。
怯えながらこちらを見ているな。やっと出番だぞ。
「ドーナツ」
香りの高いイーストドーナツを二つ、取り出して子供たちに匂いを嗅がせる。食欲は原始の欲求だ。飢えている限り人はそれに抗えない。がちゃりと扉が開いて二人が出てきた。ふむ、飢えてるな。
「な、な、なんだお前! そ、それなんだ?」
「美味しそうだよぉ」
「うっ」
妹の素直な言葉に、最初に噛みついてきたお兄ちゃんの勢いが落ちる。
「欲しいなら、対価を差し出して」
私がそう切り出すと、二人は「対価?」と、首をかしげる。
「物を買ったらお金を払うように、このドーナツをあげるから家の中に入れなさい」
「な、中に? なんで」
「お兄ちゃん……」
「へ、変なことするなよ?!」
「しない」
私が強盗とかで物理的に危害を加えるようには見えないだろうから……おませさんだな。でも私に生殖能力はない。厳密に言えばあるのだが植物だから興味がない。山には登るしモフれるものはモフるけど。対価? 私の存在で。ふふふ。
早速中に入ってすぐに二人にドーナツを手に取らせる。
「よく噛んで食べて」
「う、うん。あめぇ……」
「お、おおおお、おいぢいぃ……」
ふふ、対価のおまけに子供たちの笑顔までもらってしまった。私はとんでもなく強欲だな。
中は案の定、腐臭がする。肺を病んでるな。怪我だともっと臭うし破傷風で死んでるだろう。それくらい汚い小屋だ。うーん。
「奥に病人、いるね?」
「ん、うん、婆ちゃんが」
「お姉ちゃん、お婆ちゃんを助けてくれるの?」
「さっきもらいすぎたから、教えてあげる。病気を治すには対価が必要」
「お金なんかないぞ!」
「見たらわかる」
「じゃあ無理じゃんか!」
「いや、お兄さん、その手に握っているのを私に」
「こ、これは……」
「お婆ちゃんの命より大切なもの?」
「い、いや……わかった」
お兄ちゃんはそれほど躊躇せず、それを私に渡した。……ふむ。
「これは、あなたにとって一番価値があるもの?」
「一番じゃない」
「一番は?」
「妹とお婆ちゃん」
「それはもらいすぎ。これはそのつぎくらい?」
「お、俺なら命でも差し出す」
「そんなものいらない。もらいすぎ」
そもそも勘違いだ。命を捨てたら、もらえないじゃないか。
「じゃあ、今着てる服」
「それは安すぎる」
「その、それが、そのつぎに価値があるかも」
私はもう一度自分の手の中の渡された物を見る。美しく輝いていて、この子たちにとって価値のある物なのがわかる。
「これは?」
「それは……」
……ふむ、やっぱりなかなかの対価だ。
ここがこのお話のひとつの目的でしたね。
ドーナツ「私が活躍するからですな!?」
ドーナツの活躍するシーンまだあるけど削ろうかな。
ドーナツ「殺生ですぞ?!」




