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 更紗の発言を聞いて、目を輝かせたのは美麗だ。


「おお! そうだ、そうだ。メイクのやり方、知ってる? もしわかんなかったら、いろいろ聞いてよ。あたし、気になるコスメがあったらすぐ買っちゃうから、いっぱい持ってるんだよね。なにか気になるやつある?」


 いそいそとリュックを下ろした美麗が取りだしたのは、リュックの半分ほどの体積を占めるだろう大きな箱だ。ポーチではない。箱だ。

 美麗は箱をラボに近い机のうえに置いて留め具を外した。

 ぱかり、と開かれた箱のなかにはたくさんのメイク道具が詰まっていて、宝石のようだった。


「わああ……!」

「えへへ。すごいでしょ。お小遣いとバイト代でちょっとずつ増やしてったら、こんなになっちゃった。ほら、まだあるんだよ」


 感嘆の声をあげるラボに笑って、美麗は箱に手を差しいれた。箱の中は何段にもなっているらしい。


「この段はベースメイクとかファンデ系で、こっちは目元用。それからチークとかリップとかはここに入ってて。刷毛とかスポンジもいろんな種類があってさ……」


 説明しながら箱の中身を並べていく美麗は、活き活きしている。あっという間にラボが座る机のうえは化粧道具でいっぱいになってしまい、ラボは目を白黒させる。

 けれど乙女たちは止まらず、その横にさらに並べられていくのは鮮やかな表紙が美しいファッション雑誌だ。


「いまのラボさんの髪型でできるヘアアレンジもたくさんあるんですよ。例えば、こちら。モデルさんはすこし髪に色を入れてますけど、これはお好みですから。ラボさんくらいつやつやでさらさらの髪の毛でしたら、染めるのももったいないですからね」


 手提げ袋から何冊もの雑誌を出しながら、更紗のくちは止まらない。


「ああ、真っ黒い髪の毛ならこちらもお似合いになるはずです。顔は隠したまま、耳の横の髪だけあげるというのも、ミステリアスですてきだと思いません? ああっ、でも、私とお揃いの髪型でラボさんの前髪の長さだけが異なる、というのもすてきではないかしら。せっかく背丈が似ているんですもの。前髪以外、服装もすべてお揃いというのも、きっとすごく楽しいわ!」


 興奮したように雑誌を抱きしめてくるくる回る更紗を、ラボは目をぱちぱちさせながら見守ることしかできなかった。

 美麗と更紗が明るい声をあげながら荷物を広げるなかへ、果敢に入って行ったのが北の友人だ。


「すげえね。きみら、もう二年にあがるときの志望が決まってる感じ?」

「ええ。私はヘアメイクを志望するつもりです」

「あたしはメイクアップアーティストだよ。あんた……えっと、名前なんだっけ?」


 首をかしげた美麗に、男は「ひどいなあ」と軽く笑った。くちではひどいと言いつつも、気にしている様子はかけらもない。


「まあ、きのうの今日だから仕方ないけどね。俺は里海(さとうみ) 空太(そらた)だよ。まあ、好きに呼んでよ。一年後には、きみらのうちどっちかと同じ学科を選んでるはずだからさ」

「ってことは、空太はヘアメイクとメイクのふたつで悩んでるの?」

「そー。おれ、誰かがきれいになってくの見るの大好きでさ。それを自分の手でやれるなんて最高じゃん? って思うから、髪の毛と顔とどっちに力入れるかなあって、決めきれなくて」


 空太が言うと、美麗と更紗がうんうんとうなずいた。


「だったらうちの学校が合ってるね。一年のあいだに全部の基礎勉強して、二年から道を選べるんだから」 

「ゆっくり……は無理でしょうけれど、実際に学ぶなかでやりたいことが固まってくるというのは往々にしてありますもの。望む道を見つけられると良いですね」

「おー、ありがと。学生生活、楽しもうねえ」


 にこにこと笑い合う三人の姿を見つめて、ラボは感動していた。

 胸の前で手を組み、隠れて見えないながらも顔を三人のほうに向けてじっと動かなくなったラボに、更紗が気が付いた。


「あら、ラボさん。どうされました?」

「みなさん、やりたいことがはっきりしていてかっこいいです……!」


 ラボがこの学校に入学した理由は顔を得るために特殊メイクを覚えたい、という自分のためだけの理由だ。

 けれど、目の前の三人は違う。

 それぞれにやりたいことは異なるかもしれないが、メイクが好き、髪の毛が好き、誰かをきれいにしたい、と好きなものややりたいことを明確に持ってここに立っている三人の姿が、ラボにはまぶしく見えた。


「そういえば、ラボさんはどうしてこの学校に?」


 更紗がこてり、と首をかしげれば、美麗が「そういや聞いてなかった」と手を打った。


「あの、ええと……特殊メイクを学びたくて……」


 もじもじしながら告げたラボの答えが、意外だったのか。

 美麗、更紗そして空太の三人は目を丸くした。それを見て、ラボはうつむいてぼそぼそと付け足す。


「あの、そうは言っても、ああしたいこうしたいっていうはっきりした目標だとか、夢なんかはなくって。ただ、特殊メイクでいつもと違う姿になれたらすてきだなあ、って……」


 言い訳するようにことばを重ねるラボに、にかっと笑ったのは美麗だ。

 ラボと肩を組んだ美麗は、回した手でラボをやさしく叩きながら言う。


「そんなの、別にあたしだって大それた夢があるわけじゃないし。ただメイクが好きってだけだよ」

「そうです。私だって、髪の毛が好きで好きでたまらないので、いつだって髪の毛と触れ合える仕事に就けたら、と考えてのことですもの」


 更紗が美麗の髪を指に絡めてうっとりとすれば、空太が楽しげに声をあげて笑った。


「まじめに考えるのは悪いことじゃないだろうけどさ。ゆるっといこうよ。いろいろ経験するうちに、もっとそれらしい理由が見つかるかもだし」


 ね、と片目をつむってみせる空太に、ラボはこっくりうなずいた。

 こんなすてきな仲間たちといっしょなら、すてきな自分になれるような気がして。

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