ゾンビとの生活
僕がはじめて「ゾンビ」という生き物を見たのは、
小学校6年生の時、 当時高校生だった姉の友人が
家に連れて来たのを見たのが最初だと思う。
夕飯の準備に忙しい母の代わりに、ジュースと豚足を持って姉の部屋に行くと、
首輪をつけたゾンビがいたのだ。
その頃は今と違い、愛玩ゾンビを飼っている人はまだまだ珍しかったので、
すごく興奮したのを覚えている。
そのゾンビは「まんじろう」という名で、とてもよく懐いていた。
僕が豚足をやると、器用に両手でそれを持ち、
姉たちの真似をして、ガツガツと貪り喰った。
手や唇を脂まみれにし、さらには皮や脂の塊を
びちびちと周囲に飛び散らせながらも
無心に骨までしゃぶりつくすその愛らしい姿に、
僕は一目惚れしてしまったのだ。
とはいえ、小学生の僕に、家人がゾンビなどを買い与えてくれるはずもなく、
仕方がないので、僕は休みの日になると、本屋さんのペットコーナーで、
『ゾンビの飼い方』『カワイイ ! ゾンビと暮らす』『ゾンビの衣食住』
『愛玩ゾンビの楽しみ』『ルームメイトはゾンビ♪』など、
様々なゾンビの本を読んで過ごした。
いま思えば、かわいいからと言って衝動的に飼い始めるより、
そうしていろいろ知識を蓄えておいて良かったと思う。
ファームによるゾンビの性質の違い、
梅雨から夏の期間にしなければならない防腐処置、
必要な檻のタイプ、散歩のさせ方など、
高校生になる頃には、僕はいっぱしのゾンビ博士になっていた。
両親も僕の熱意に負け、高校入学祝いとして、
僕はゾンビを買ってもらえる、いや、こういう言い方は好きじゃない、
「飼わせてもらえる」ことになった。
僕は両親とともにゾンビを扱っているペットショップに行き、
生体よりも先に、エサにまぜるタイプの消臭剤、
躾用のスタンガンなどを購入し、その後で生体を選ぶことにした。
種類や性別は決めていたので、ロメロファームのオスを見せてもらう。
前述のように、一口にゾンビといっても、
出身ファームによって生態や性格はかなり違うのだ。
たとえば、ライミファームのゾンビは、
イタズラ好きで行動も活発だが、やや上級者向けだ。
また、フルチファームのものは、湿気の多い日本向けではない。
オバノンファームのものは、生身の人間に近いものから、
ミイラのようなものまで、多岐に渡っているが、
行動が活発すぎるうえ、エサとして脳味噌しか食べないため、
お金もかかるし、マニア向けだ。
その点、ロメロファームのものは、動きも緩慢で人に慣れやすく、
何よりも老舗なので安心できる。
一目見て気に入った三十代オスの生体がいたので、それに決め
(ペットを選ぶ時に一番大切なのは、やはりひらめきだ)、
サイズのあうハーネスや檻を買い、予防接種済みの証明書と、
ロメロファームのものである事を証明する書類をもらって家に帰る。
父は「これじゃあどちらが飼い主かわからんなぁ」
などと言って笑っているし、母は「結婚した頃のお父さんみたい」
などと言って上機嫌だ。どうやら両親も気に入ってくれたらしい。
名前は、ずっと前から決めていた「ぬめ男」にする。
明日から、僕とぬめ男との生活が始まるんだ・・・。
そう思うと、ぼくの心はどうしようもない喜びと、
胸がはずむような感覚に満たされた。
つづく