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「決して壊れることのない肉体を持って生まれた少女」の話⑤

 たっくんは、それから毎日山小屋にやってきて、あたしの体を少しずつ食べていった。

 肉を齧り取って、血を啜って、骨をガリガリと歯で削って……。

 そうすることで、何をしても壊れなかったあたしの体は、初めてその形を崩していった。

 あたしの体はどんどんたっくんの体の中に片づいていった。

 そして、長い長い時間をかけて、とうとう最後の一口まで食べ終えて、やっと終わった、これでもう安心だと、ぐったり疲れきっていたたっくんは、その日、山小屋に泊まって眠ったの。




 次の日の朝、目を覚ましたたっくんは、耳の辺りになんともいえない痒みを感じた。


 耳の根元を引っ掻くと、その耳がとれて、ぽとんと膝の上に落ちた。


 たっくんは慌ててもう一度耳元に手をやった。

 そこには、ちゃんと耳があった。

 たっくんは汚れた鏡の前に行って、鏡を拭いて耳を見た。

 耳は、間違いなくたっくんの頭の横に付いてた。

 でもそれは、もう片方のたっくんの耳よりも少し小さくて白い、そう、あたしの耳だった。


 自分の身に何が起こったのか。

 この先さらにどんなことが起こるのか。

 たっくんは一瞬にして悟ったけど、もうどうすることもできなかった。



 それからの日々を、たっくんは最後まで山小屋で過ごした。

 一度は山小屋を出ようとしたんだけど、すぐに「だめだ、落ちる、汚れる」ってぶつぶつ呟きながら戻ってきた。

 自分の体を山の中に落としちゃうのがいやだったみたい。

 結局たっくんは、そのあとずっと飲まず食わずで、眠ることもせず、しばらくはただ小屋の中にうずくまって、自分の体の変化に怯えてた。



 たっくんの体は日に日にばらけていった。


 肌を引っ掻くと、皮膚がその下の肉と一緒にぼろぼろ剥がれ落ちる。

 肉はすぐにまた盛り上がって、繰り返し剥がれていく。髪の毛がごっそり抜けて、そのあとからは、たっくんの髪とは色も太さも長さも癖も違う、あたしの髪が生えてくる。

 骨は粉と体液でできた瘤になって、皮膚の表面に浮かんできては、破れて中身を撒き散らす。

 血は、拭いても拭いても絶えず毛穴から溢れ出す。

 鼻を啜れば、口の中に何かどろっとした物が流れ込む。

 吐き出してみると、それはたっくんの脳みそだった。



 山小屋にこもってから何日目かに、たっくんは発狂した。

 恐怖によるものなのか、それとも、脳みその大事な部分が溶けて流れ出してしまったせいなのかはわからない。

 たっくんは言葉にならない声を上げながら、ひたすら小屋の中を暴れ回った。

 けれどそのうちに、たっくんの体は神経までも失って、とうとう動くこともできなくなった。



 そのあとも、たっくんの体は散らばり続けた。

 そうして欠けた体の部分には、あたしの体が再生していった。

 たっくんの体とあたしの体は混ざり合って、形を変えていって、たっくんの部分はどんどん少なくなっていって――


 やがて、たっくんの体の組織が細胞の最後の一つまですっかり散らばったとき、そこに残ったのは、完全なあたしの体だった。



 生まれても、生きることなく魂と別れた、あたしの体。


 あたしの魂はこうしてこの町にたどり着いたけど、あたしの体はね、いつまでも壊れることなく、今でもあの山小屋の床に横たわってるの。

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