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「影のように実体のない身体を持って生まれた少年」の話④

 その数年後。

 僕が十五歳になったときだった。



 ある日を境に、両親の僕への態度が、なんだか妙によそよそしくなったんだ。

 僕が話しかけても生返事だったり、ふと僕を避けるようにアパートの上の階へ行って、階段を登れない僕には絶対行くことのできない上の廊下で二人だけで話をしたりしている。そんなことが多くなった。

 僕に隠し事でもしているみたいだった。

 何かあったのかと尋ねても、母も父も何も答えようとしない。

わけもわからず、僕はただただ寂しかった。


 家の中にいても寂しい。そんな状態に耐えられなくて。


 僕は、また外に出た。

 生まれてから二度目の外出。

 もう二度と家の外に出るまいと思っていたけど、その日は天気がとてもよかったから……どうしても、ちょっと、家を離れて歩いてみたくなったんだ。


 僕は以前行った廃材置き場の空き地に向かった。

 それ以外、行く当てなんて思いつかなかった。

 あの空き地とそこにたどり着くまでの道のりが、唯一僕の知っている外の世界だった。


 空き地に着くと、そこはまったく以前のままの景色だった。

 ガレージの横は相変わらず廃材が山と積まれていた。

 ただ、時間帯のせいか、空き地やその周りに人の姿は見られなかった。


 僕は、昔も今も、どうせ自分には登ることのできない廃材の山を、しばらくそこに突っ立って見上げていた。


 そうしていると、空き地に一人の子どもがやってきた。

 小学生の男の子だった。

 昔、僕を外に誘ってくれたあの男の子に、少し顔立ちが似ている気がした。

 もしかしたらあの子の弟なのかもしれないなと、勝手に思った。

 その子は廃材の山を見上げている僕に向かって「これ、登りたいのか?」と尋ねた。

 僕が曖昧に答えを濁していると、男の子は、

「お手本見せてやる。こうやって登るんだよ」

 と言って、廃材の山を登り始めた。


 男の子はあっという間に山の頂上までたどり着いた。


 だが、ガレージの屋根に飛び移ろうとしたそのとき。

 男の子の立っていた足場が、突然崩れたんだ。


 男の子は、廃材の山をさらに崩しながら転がり落ちてきた。

 僕はとっさに男の子を受け止めようと駆け寄った。

 そんなことをしても無駄だと、わかっていたはずなのに。


 けれど。


 落ちてきた男の子の体と、実体のない僕の体が重なって、そこに廃材のブロックが落下したとき――。


 傷を受けたのは、僕の体のほうだった。


 重いブロックは僕の右足を直撃した。

 その直後、足が、熱いような冷たいような、変な感覚になって、少ししてから激しい痛みが襲ってきた。

 足がどうなっているのか、脱ぐことのできない影の服が体を覆っていてわからなかったが、痛みによって、僕は自分が怪我をしたことを知った。

 何一つ物に触れられないはずの僕にとって、怪我をするなんてことは初めての経験だった。


 男の子のほうは、体中にいくつも擦り傷を負っていたが、ブロックが当たったはずの足は無傷だった。



 僕はどうしていいかわからず、とりあえず家に帰ることにした。

 痛みはひどく、けれど、誰かに肩を貸してもらうこともできないとわかっていた。

一人で、自力で帰るしかなかった。

 さいわい痛めたのは片足だけだったから、なんとか歩くことはできた。

 傷口から垂れたらしい血が地面に落ちるので、僕は、なるべく道沿いの塀や、建物の壁の中をすり抜けて歩いて、流した血や自分の姿が人目につかないようにした。


 そうしてなんとか家にたどり着いた。


 僕の足から流れている血を見て、両親は驚いた。

 影の服が邪魔で、両親も僕の傷を見ることはできなかったけど、血の気を失って荒い息をつく僕の様子から怪我のひどさはわかったようだった。


 けれど、その怪我をどうしたらいいのかわからないのは、僕だけでなく両親も同じだった。

 実体のない僕の体をどうやって治療できるだろう。

 薬も塗れない、包帯も巻けない、病院に運ぶこともできない。

 たとえ医者を呼んだとしても、さわれない体の傷は、医者にだってどうすることもできないんだ。


 仕方なく、僕は部屋の片隅でじっとしてた。

 僕の血は体と同じくさわることができず、拭き取ったり洗ったりできないことがわかったから、部屋の中に血を落とさないように、その一箇所から動かないようにした。

 もっともそんな理由がなくても、怪我が痛くて体を動かす気になんかなれなかった。


 しばらくすると血は止まったが、痛みは一向に治まらず、むしろひどくなる一方だった。

 痛む箇所が、最初の傷からどんどん広がってきてるようだった。

 母は泣いて取り乱して僕を心配した。

 何もできないけど、ずっと僕のそばにいてくれた。

 母がそんなふうに僕をかまってくれることは久しぶりで、怪我はつらかったけど、僕はうれしかった。


 何日経っても怪我がよくなる気配はなかった。

 傷があるだろう箇所の痛みは最初に比べてましになってはきていたが、それは傷が治ったんじゃなく、たぶん、その部分が腐って麻痺したからだ。

 その証拠に、怪我をした足はもう感覚がなく、まったく動かすことができなくなっていた。


 僕の体の具合はどんどん悪くなっていった。

 熱が出たのか、全身がだるく、息が苦しい。

 意識が朦朧として目が霞む。

 体の中に毒でも流されたような、そんな状態が、何ヶ月と続いた。


 感覚のない部分は右足からじわじわと広がっていった。

 僕が感じる僕の体の感覚は、実体を持たない自分が「存在している」という唯一の証だったのに。

 それが日に日に失われていった。

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