会う日記帳
古本屋街の一角、二束三文で投げ売りされていたそれは誰かの日記帳だった。無名な一般人の日記帳など金をもらっても欲しい人などいないだろう。
しかし出所のよく分からない家系図本だとか何十年も前の同人本だとか、果ては黒塗りの教科書まで売っているような街だから、白紙でない紙の束なら何でも売り物になるらしい。
その分厚い日記帳はボロボロで表紙へ無造作に張られた値札シールも色褪せてしまっている。いつからこの投げ売りワゴンに放り込まれていたのかも分からない。しかし丁寧に補修された形跡があって、不思議と興味をそそられた。
カウンターで百円玉を出す。在庫整理に店主は忙しない。
「お釣りはいらないです」
「お代は結構ですよ」
チラリ、私の持つ日記帳に視線を向けるなり店主はそう言い放った。たかだか十円会計のために作業が中断されることの方が店の損失ということか。
ゼロ円となった日記帳を手に店を出た。自宅に帰り頁をめくる。そこには十円あれば映画だって見れたのかも、なんて思わせるような古い日々が綴られていた。
『あなたが一週間前のあなたでないということは知っています。』
日付は幾世代か前の頃。一頁目はこのような書き出しで始まる。
『あの列車を降りる時、あなたは私の顔を忘れてしまうだろうし、一夜明けたら声も忘れているかもしれません。…………』
『…………でも私は老いても待っていますので、いつかまた必ず会えるでしょう。』
登場人物はふたりだけで、「私」が「あなた」へ一方的に語りかけているだけのものだ。妻である「私」の夫である「あなた」に対する数多の恋慕。しかし「あなた」はそこにおらず「私」はただその帰りを待っている。読み取れるのはおよそそんなところだが、それにしても始まりからして不自然な日記だった。
まるで名も知らぬ男性に片思いする少女が書いたようにすら読める日記の表情が一変したのは、季節が夏から秋に移ろう頃。
一本の木が描かれたハガキが貼り付けてあった。端に小さく『桜の木』と記されている他に文字はない。角から裏面をめくってもピタリと張り付いていて差出人名までは読めないが、日記の文言で「あなた」から「私」に宛てられたものであることが分かった。
そしてまた「私」から「あなた」への一方通行が続き冬がきた。二枚目のハガキに描かれているのは一見してただの枯れ木。しかし一枚目のハガキと見比べてみると同じ木の写生だった。確かに、冬の桜は葉も落ちてこんな様相になる。
三枚目のハガキが登場したのは春だった。そこに描かれているあの桜は五分咲きといったところか。それに「私」が応える形で『私たちのさくらが咲きましたよ。』とだけ、ハガキを貼った余白に記されていた。
そして、その数日後の日記。
『桜が散った予感がします。』
まめに綴られていた日記はその日を境に飛び飛びとなる。
『散った報せを受けました。信じたくはありません。』
その次は丸々一年後であった。四枚目のハガキが来ることはない。
『私たちのさくらは少し大きくなりました。』
さらに一年後。
『私たちのさくらは少し大きくなりました。』
日付が一年進むだけで同じ文言が書かれている。不気味さすら覚えた始めた繰り返しの日記は十年にわたり、最後はこのような記述で締めくくられていた。
『私たちのさくらも随分と大きくなっていて、あなたはとても驚いていました。そして、やはりあなたは一週間前のあなたではありませんでしたね。』
まるで「あなた」との再会を匂わせるような、それでいてその後どうなったのかは一切不明の最後の日記。どこぞのメンヘラ少女が書いた妄想日記にしてはまあまあ凝った内容であった。だが十円の値札がついていたのも納得、棒演技のドラマよりは少しマシという程度の代物だ。それがゼロ円日記に抱いた感想だった。
次の頁、別人の日記が始まっていることに気付くまでは。
今度の書き出しはこうだった。
『二カ月も君は目を覚まさない。けれども僕は必ず治ると信じているよ。』
書き手は重篤な病に冒される「君」を看病する「僕」だ。設定はまたしても夫婦。でも筆跡は明らかに別人のもので、先の抽象的すぎる内容とは一転し、昏睡状態が続く妻の病状について専門用語も交えながら綿密に記録されている。
医者から聞いたこと。「僕」自身が調べたこと。そして良くも悪くもならぬ「君」の病状に苦しみ七転八倒する心の叫び。しかしそれも半年ばかりで決着がついた。
『また君と見つめ合うことができて良かった。』
「僕」の祈りが通じ「君」の病気は治ったのか。読み手にそんな想像だけをさせたまま「僕」の日記は終わる。
日記帳はまだまだ残りの頁の方が多い。そしてまた誰かの日記が続いている。
次の日記は、とある乳児の誘拐事件を報じた新聞記事のスクラップから始まっていた。
母親がほんの数分ばかり目を離した隙に、縁側で昼寝をしていたはずの娘が忽然と姿を消した。寝返りがやっとの乳児がひとりどこかへ行けるはずがなく何者かに連れ去られたことは疑いようもないが、事件は未解決のまま風化してしまう。
日記の始まりは誘拐事件からすでに四年の月日が経っていた。今度の書き手はさらわれた乳児の父と母が順番に記していた。交換日記の設定は、親子三人むつまじく暮らす想像の世界。消えた娘の成長を喜ぶ想像の世界。そこに誘拐事件という悲壮感は一切ないのだ。
でも妄想にまみれているだけではない。
『だから、早く帰ってきてね。』
どれもこれも必ずこの結びで夫から妻、妻から夫へ渡される。馬鹿馬鹿しいと知りながら現実逃避でもしなければ生きていけないような、そんな苦悩する夫婦のリアルが垣間見える交換日記だ。
だがこの日記も唐突に終わりを迎える。
『今日は六歳の誕生日。帰ってきてくれてありがとう。』
誕生日前日、夫婦の元に中年の男女が少女を連れて現れた。その少女こそ、行方不明になっていたあの乳児だ。男女もまた夫婦で、子宝に恵まれないまま年ばかりを重ねていた。そんなある日、通りがかりにひとりで寝ている赤子を見て、気が付いた時には衝動のまま連れ帰ってしまったというのが事件の真相だった。
いつまでも実の子として育てていたかったけれど、許されない手段で迎えた子どもである。小学校への入学を控えていたものの、男女の戸籍には載らない少女への入学案内は当然に来ない。偽りの両親を演じてきたが、少女の幸せを願う気持ちだけは本物だ。これは潮時だと悟り、実の両親の元に返す腹を括った。
夫婦が、男女が、さらわれた女の子がその後どうなったのかは分からない。分かるのはひとつ、実親の祈りが通じたということだけだ。
三つの日記の書き手は全員が待ち人だ。列車で遠くへ行った人を、病で無意識の世界へ行った人を、何者とも知れない者に連れ去られた人を待っていた。そして再び会えたらしい。これは日記形式で語られる、別れと再会の人間模様なのだ。
私には彼らのように強く会いたい人がいただろうか。日記帳を閉じて思い巡らしても出ては来ない。お手軽なところで自分のドッペルゲンガーを見てみたい気もするが、うんざりするほど似た顔の弟でそれは見飽きている。
初恋の男の子と恋仲になることはなかったけれど、地元での飲み会や同窓会で年に一度は顔を合わす間柄だ。親戚連中の大半は日帰り圏内に住んでいる。長く顔を見ていない知人は大勢いるが、大事な友人で音信不通はひとりもいない。
遠距離恋愛をするにもそもそも彼氏がいないし、病に伏せる知り合いもいないし、生き別れの家族なんて絶対いない。この日記の登場人物と違い、私は随分とお気楽で退屈な日々を送っているだけだった。
日記の存在はしばらく記憶の片隅に放っておかれた。本棚を整理していてようやく思い出したくらいで、何気なく読みさしのところを開いてみた。
『きょうでみんなとおわかれ ばいばい またあおうね』
四組目の日記。拙い子どもの文字が躍る。周りは色鉛筆のお絵かきで彩られている。
今度のは普通の意味での日記だった。誰々ちゃんと遊んだ、かけ算を習った、リリヤンをあんだ……。書き手は小学生の女の子。平々凡々な日記が続く中、気になる記述を見つけた。
『ママにお手紙を出しに行きました。』
『パパからお手紙きました。運どう会の写しんをほめてくれました。』
一組目の日記と同じような違和感を覚える。彼女の日記には「お父さん」も「お母さん」も登場しているし、先日の運動会だって両親揃って観覧に来ていたはずだ。そもそも同じ屋根の下に住む家族間の手紙をわざわざ郵送でやり取りするのか。時たま登場する両親ではない「パパ」と「ママ」は誰なのか。
その違和感には三組目の日記を振り返りひとつの仮説が立てられた。
もしかしてこの女の子は、あの誘拐された乳児なのでは。
三組目の日記は、乳児が六歳になったところで終わっている。女の子の日記は小学校入学する直前で始まっている。ふたつの日記の終わりと始まりは、さほど期間も開いていない。
奇跡の再会を叶えてくれたこの日記帳を、奇跡的に帰ってきてくれた愛娘に託すというのは自然の流れ。何故ならこの日記には、女の子が不在の間も再会を祈り続けた両親の想いが詰まっているのだから。するとここに登場する「パパ」と「ママ」はもしかして……。
女の子の日記は中学校入学のところで終わっている。
『入学式で久々にケンくんと会えました。私より背が高くなっていてビックリ。』
「ケンくん」は同じ学区域に住んでいるにも関わらず、身長を追い越されるほど久しく会っていない友だちのようだ。
女の子はさらわれたけど、実はそんなに遠くへ連れ去られていなかったかもしれない。誘拐犯に養育されていた間も、普通の子どもとして生活していただろうし、その生活には友達だっていたはずだ。そのひとりが「ケンくん」だ。でも就学を目前に実親の元へ帰ることになった。「みんなとおわかれ」とは、それまでの「ケンくん」たちとは別の小学校へ通うことになってしまったという意味なのでは。
でもそこは、小学校は離れ離れでも中学校は同じ学区になるくらいのご近所さん。迷宮入りしかけた事件は灯台もと暗しだったのだ。
あくまでも仮説だが正しければ不思議な「パパ」と「ママ」にほんの少しだけ説明がつく。誘拐犯はきっと、それほど不幸にはなっていない。
自分には会いたい人なんていないと思っていたが、この女の子には会ってみたい気がしてきた。私の母よりも年上にあたる世代だけれど、今もどこかで元気にしている可能性がある。現在の彼女にこの日記を見せたらどんな反応をするだろう。
老若男女、様々な人がこの日記を手にしていた。
海外転勤した息子に会いたい母親、ターミナル駅ですれ違った美人に会いたい男、家出した飼い猫に会いたい中学生、道で拾ったカツラの持ち主に会いたいお節介までいた。
会いたいと願うなら、人でなくても初対面でも構わないらしい。会えるまで年単位に及ぶものからわずか数ページで決着するものまで、会いたい気持ちの重さも問われない。どんな相手でも、最後には必ず会える。
無心に読み進め、ついに最後の日記に辿り着いた。
『日記を読んで確信した。ここまで読んだあなたも同じ考えのはずだ。だからこの日記が本物なのかどうかを確かめることにする。次のあなたに会いたい。』
書かれているのはこれだけだった。
ザアザアと耳元で血が騒ぐ。
「次のあなた」は、私のこと?
日付もない。名前もない。男か女かも分からない。そういうオチの日記風な創作物だとしても、このざわめきは本物だ。
言い表せないような親近感を覚える、少しこすれたシャープペンシルの筆跡。おもむろにペンを取りその下へ書き添えてみた。
『会ってもいいよ。』
偽物だったら何も起こらないだけだし、本物だったらちょっと素敵。どうせ焦がれるほど会いたい人はいないのだからちょうど良い。これで現れたのがイケメンだったらなお良しだ。
それからしばらく日記帳は家に置いたままにしていた。その間、特別な出会いなどはなかったし心に引っかかるような新しい知り合いが出来たわけでもない。
本格的に日記をつけ始めたらどうなるのだろう。
今までの書き手だって全員が筆まめというわけではなかった。年に一度しか書かれない頁だってあったのだ。ふと気が向いた時につけてみるだけでも良いだろう。
『今週も会わなかったみたいだね。』
日記だけれども週に一度、この文言を書き足していった。それを何週間か繰り返していたある日、この日記帳を手に入れた古本屋の近くまで行く予定が出来たのだ。
日記帳を手放した人物が最後の日記をつけたはず。どんな人が売りにきたのか、なにがしかの情報が得られるかもしれない。
「うちじゃあ分からないんです」
久方ぶりに訪れた古本屋、今日はあまり忙しくないようで突拍子もない私の質問に丁寧に対応してくれた。でも日記帳の表紙を見るなり店主は首を振る。
「はす向かいにコンビニがあるでしょう。あそこも前は本屋だったんだけど一年前に店じまいしてね。その時に譲り受けた在庫のひとつでして」
あの店は表紙に直接値札を貼っちゃうんですよねと、くたびれた値札を指して言った。
「その店長さんは今どこに?」
「暮れに亡くなりましたよ。店じまいの理由も具合が悪くなったからで……」
唯一の情報源はいきなり絶たれる。
「ありがとうございました。あと、面白かったんで代金はちゃんと……」
「じゃあそこの募金箱に入れておいてください」
用事を全て済まし帰宅して、日記はこのように記しておいた。
『そんなに会いたければ、名前くらい書いておけば良かったんじゃない?』
この日記帳の力が本物だったら、多少めちゃくちゃなことを書いても有効なのではないか。置きかけたペンをもう一度握った。
『今日、私はあなたに会いました。』
時刻はすでに夜九時を過ぎている。こんな時間では宅配便だって来やしない。これが嘘か真か、ケリをつけてやろうじゃないか。
シャワーを浴びて、ダラダラとテレビを見ながら友達にメールを返して。
眠くなったしそろそろ寝るかと思った時、ガチャガチャとドアノブを動かす音と、私の名前を叫ぶ声がした。
「泊めて-!」
毎度の近所迷惑は本当にやめて欲しい。慌ててドアを開けて招き入れたのは、うんざりするほど私によく似た双子の弟。酒臭い赤ら顔がヘラリと歪む。
「困った。泊めて」
「終電まだでしょ。帰って」
「財布落とした。定期も落とした」
「三駅。歩きなさい」
「ゴミ出し一回」
「歩け」
「トイレ掃除もつけちゃう」
「……許可する」
「ありがとねー」
そのままベッドにダイブしようとしたのは全力阻止で弟の腕を引いた。そのままクルリと身を翻してソファに崩れた。即寝落ち。室内はたちまちアルコール臭で満たされる。
深い眠りの背中に容赦なく消臭スプレーをふきつけた。風邪菌までもまき散らすようになったら困るし、お情けの毛布は与えてやった。
時計を見るといつの間にか日付が変わっている。日記をつけたくらいで何かが起こるわけなんてなかったんだ。
翌朝目覚めると、弟は勝手に朝食を始めていた。
「食べていいとまで言ってないのに」
「ゴミ出し済んだよ」
「トイレは」
「チン毛らしきものを拾ったけどついに男できた?」
「そんなわけあるか!」
「ですよねー」
「失敬ね!」
ゴツン。分厚い日記帳の背表紙を弟に振り落とした。いてえと丸くした目は日記帳を捉えている。
「何でそんなもん持ってるのさ」
「あ、これ? 関係ないでしょ」
何も起こらなかったし、でも百円分くらいの暇つぶしは出来たのだ。読み返すこともないだろうけど本棚に仕舞おうとすると、横から弟の腕が伸びてきた。
「読みたいの?」
「違う」
険しい顔でめくる指が最終頁で止まる。
「これ、さーちゃんが書いたの?」
昨晩、投げやり気味に記した一言。それがどうしたのと首をかしげた。
「こんな終わり方、あり得ねえ……」
うなだれ肩を落とす弟から日記帳を取り上げた。ペラペラと数頁戻る。次の書き手に向けられたメッセージ、よく見れば顔と同じくらい見慣れた筆跡だったのだ。
「どこで手に入れたんだよ」
「古本屋だけど。自分で売ったくせに」
「俺じゃない。学校の図書室に置いたんだ、それも高校生のときに」
高校って、何年前の話だというのか。
「ま、本物かどうか確かめたいっていう目的は果たせたんじゃないの。私たち、違う高校だったし」
どういう経緯で図書室から古本屋に渡ったのか、それは分かりっこないだろう。でも日記帳の力を信じるならば街から街へと一人歩きしたとしてもきっと驚かない。
「だからってさーちゃんじゃあ、期待外れだ」
「期待外れってどういう意味よ」
「サクヤヒメ的美人に会えると思ったらイワナガヒメご登場って感じ。チェンジ希望です」
「……今すぐ帰れ」
ふてくされ頬を膨らます弟を尻目にもう一度ペンを取った。何を書くのさと、間抜けた声には応じない。
この日記帳は間違いなく本物だろう。
『あの木を見てみたい。』
幾年と渡り歩いたこの日記帳も、残すところわずか一頁となっている。ここに書くべきはただひとつ、満開の桜なのだ。
桜のように美しい木花開耶姫、の姉の磐長姫はドブスだそうな……。