どこまでも暖かい藍色
blueシリーズ
藍色の瞳を持つ一族の物語。長年、暖め続け、あまりにも暖め期間が長かった為に、初めの主人公から実に、七世代に渡る話となってしまいました。
藍の章
1世代目の藍が主人公となる作品です。全部で7作あります。
・・・が、主人公はあくまでも藍なものの、その彼を別の人間を通して見た一人称となっています。
毎回、その語り部は変わっていくので、一つ一つが全く違う話です。
その為、短編扱いにさせて頂きました。
初投稿ですので編集等に慣れましたら、分かり易くまとめさせて頂きます。
■ プロローグ ■
藍色をご存知ですか?
クレパスや絵の具の藍色ではなく、本当の藍色を・・・。
海色 、瑠璃色 、空色 ・・・。
様々な藍色が、この世には存在しています。
私はどれも好きですが、何より好きなのは『どこまでも暖かい藍色』です。
そう、あの子・・・いえ、もう『彼』と言うべきでしょうね・・・。
彼の色なんです。
■ どこまでも暖かい藍色 ■
21の時です。
私はちょっとしたスランプに陥りました。
今でこそ、そう言えますが、その時は本当にどん底まで落ちきっていたのです。
知っての通り、私の父は画家として有名です。
私は、幼い頃からそんな父を見ながら育ち、いつか自分も父のようになりたいと思っていました。
絵も好きでしたし、父もそんな私の思いを喜んでいてくれるようでした。
しかし、それも中学までのこと・・・。
周りからもてはやされ、いい気になったまま美大付属に入った私は、あまりにも愚かでした。
高校生活の3年間で私の学んだものは、絵ではなく“上手だけならばいくらでもいる”と言うことだったのです。
私は落ちこぼれてしまったのですよ・・・。
“あの有名画家の・・・”
幼い頃から言われ続けた言葉・・・。
あれほど嬉しく感じていたはずの言葉が、いつしか辛く感じることしか出来なくなっていました。
美大には何とか入れましたが、そこでの生活は更に辛いものでした。
父の手前もあるし・・・・・・何よりも、絵が好きだから・・・。
そんなごまかしが、いつまでも続くわけがありません。
父の存在とて、もう、重い枷でしかなかったのです。
大学も3年の秋。
就職などの問題が出てきて、とうとう私にも限界が来てしまいました。
その日も、このまま絵を続けてもよいのだろうか・・・と、大学をサボって近所の公園で呆然としていました。
公園の入り口付近では、学校帰りなのでしょうか、ランドセルを背負った子供たちが、元気にはしゃいでいます。
その声をBGMに、私は、冬へと近づこうとする白味を帯びた青空を、見上げていました。
そして、青という色は何と寂しげな色なのだろうか・・・。
この空は、まるで今の自分の心のよう・・・。
そんな思いをはせていました。
「空が好きなんですか?」
ふと、そんな声がしました。
見れば、可愛らしい・・・それでいて、とても綺麗な少女です。
その綺麗さに私は驚かされましたが、それ以上に驚くべきは、少女は青色のランドセルを背負っていたのです。
確かに、格好は水色のYシャツに(もう寒くなろうと言うのに)紺のキュロットで、男の子の感じです。
しかし、その少女は髪を長く垂らし、あまつさえ、白いリボンをしているのです。
「・・・すみません・・・。ただ、朝も居られたので、ちょっと興味を持ってしまったんです。今朝も空を見上げていらしたでしょう? 僕も、空とか海とか・・・青いものが好きなんです。」
「・・・・・・えっと・・・、男・・・の子・・・?・・・」
とっさに出た言葉がこれとは情けないものです。
「・・・はい・・・。 ・・・・・・あの・・・隣・・・よろしいですか?」
私の反応が得られたのが嬉しかったのでしょうか、彼の顔に笑みが浮かびます。
「・・・しっかりした言葉遣いだね・・・。何年生?」
隣をあけながら、私は彼に問いかけました。
不思議なことに、彼を見てから、私の中にあった落ち込みは、すっかり消え失せていました。
「五年生です・・・。あと、これは口癖なんです。・・・やっぱり気になりますか・・・?」
ちょっと照れた顔がまた可愛らしく、こんな綺麗な子もいるのだと、私を感心させます。
彼は、美杉藍と名乗りました。
そして、本当に青が好きなのだと、海よりも深い藍色の瞳を輝かせて言うのです。
「青色は好きという方が多いんですけど、冷たい色だという方も多いんですよね・・・。貴方もそう思われるのですか?」
私は素直に『そうだ』と答えました。
先程、そう思いながら空を見上げていたのは、事実でしたから・・・。
「君は、そう思わないの?」
彼は頷きます。
「僕にとって、青色は母さんなんです。僕を産んですぐ亡くなってしまって、僕は顔を知りません。ただ、父さんが・・・・・、僕はよく似ていると・・・。髪を伸ばしているのも、鏡の中で母さんに会えるからなんです。・・・で、その母さんが、僕と同じ瞳の色で・・・、その事から『瑠璃』と いう名前だったそうです。父さんからその話を聞いた時、僕にとって、母さんを感じることが出来るのは、鏡以上に青色なんだと思いました。」
「藍君を見ていると分かるよ・・・。本当に、綺麗で、優しい瞳をしたお母さんだったんだ・・・って事・・・。」
私の言葉に、彼は見る見るうちに赤くなりました。
その顔は、とても嬉しそうです。
私も・・・・・・、そうだったのでしょうか・・・。
純粋に父が大好きで、似てると言われては喜び・・・、絵が上手だと褒められては父に見せたり・・・。
なんと遠い日のことなのでしょう・・・。
「何が・・・辛いのですか・・・?」
まるで私の心中を見透かしたかのように、彼が悲しげな目で覗き込みます。
「実は・・・、僕が興味を持ったのは、貴方が空を見ていたからだけではないんです。・・・・・・貴方が・・・、とても悲しそうな目で空を見上げていたから・・・・・・なんです・・・。」
彼は、一層、悲しみの色を深くし・・・・・・、
「すみません。」
そう告げると、頭を下げてしまいました。
「・・・父さんが、時折そうやって僕を見ていたから・・・、つい他人事に思えなくて・・・。3年前、その父さんも亡くなって、僕は父さんの親友だった方に、引き取られたんですけど・・・、今の義父さんも、僕の事時折ですけど、そういう目で見るんです。母さんが、初恋の人だったって言ってましたから、そういう風に見てしまうのは仕方のないことだと思います。でも、それを見る僕は辛くて・・・どうしようも出来なくて、悲しくなるんです。」
彼は、すっと立ち上がると、私を振り返りました。
「・・・本当にすみません。僕の我が儘なんです。貴方が、僕の大好きな青色の空を、悲しそうに見ていたから・・・。貴方にそう見られる空が、悲しんでいるんじゃないかと思って・・・。僕には関係無いのに・・・。そんな・・・言える立場じゃないのに、出しゃばってしまって・・・・。ごめんなさい・・・。」
「待って・・・。」
ペコッと一礼をして去ろうとする彼を、私は思わず引き留めていました。
彼の純粋な心を汚してしまったような感覚に捕らわれたのかも知れません。
そして、その純粋な心に頼ろうと、私は悩んでいる事の全てを彼に話してしまったのです。
卑怯な人間です。
彼も、こんな話をされても当惑するだけでしょうに、私は彼に答えを求めたのです。
彼は黙ったまま、私の顔をじっと見て聞いていました。
落ち着いた表情で、静かに聞いてくれたのです。
一つ一つ、決して聞き零す事の無いように・・・。
やがて、話が終わると、彼はゆっくりと小首を傾げました。
それを見て、やっと私は気づいたのです。
彼を困らせてしまったのだと・・・。
情けない話です。
今頃気付くなんて・・・。
しかし、話してしまった以上・・・、そして、彼がそれに対して答えを探している以上、私に取り消すことは出来ません。
なにより、彼の口からでる答えに、私は期待をしていたのです。
「・・・僕は、父さんを尊敬しています。・・・そして、それ以上に、今の義父さんも尊敬しているんです。僕にとって、この二人は誇りです。」
彼は、静かに私を見据えてそう言いました。
その瞳は、とても澄んでいます。
「僕に“他人に惑わされずに、自分の思うがまま、心のままに生きろ”と言った父さん。父親にして欲しいと、僕に土下座をした義父さん・・・。二人とも、本当に素晴らしい方々です。僕は、この方々の子供であることを誇りに思います。そして、少なくとも、片方からの血を継いでいる事に、誇りを持っています。・・・・・・貴方も、そうなのではありませんか? ・・・貴方も、貴方の父さんを誇りに思い、自分に流れるその血を、誇りとして、いけるのではありませんか? その才能を、わずかでも継いでいることを、誇らしく思っていけるのでは、ないでしょうか・・・。」
これ程考えのしっかりした子は珍しいものです。
しかし、彼の生い立ちを考えれば、無理も無い事なのかも知れません。
恐らく、物心付く頃から、周りに気を使って生きてきたのでしょう。
一生懸命、他人を大切にしながら生きてきたからこその“口癖”・・・。
そこには、人を動かすモノがある事に、彼は気付いているのでしょうか・・・。
「生意気なことを言ってすみません・・・。でも、僕はそう思います。僕の体内に父さんと母さんが居るように、貴方の体内にも貴方の父さんが居るんです。それを生かさなかったら、それは、とても悲しいことだと思います。」
私は、彼の言葉の一つ一つを丁寧に聞き取っていました。
父は父、自分は自分・・・。
全く別なのだからと言いながら、いつも父の名が出ることに怯えていた日々。
『辛い』『やめたい』と、幾度思ったにも関わらず、絵を続けていたのは何故だったのでしょうか・・・。
・・・・・・やはり、夢だったのです。
私は、父のように絵を描くことが、夢だったのです・・・・・・。
・・・彼の言う通りでした。
「・・・ありがとう・・・・・・。頑張ってみる・・・。自分の体内にある父の才能を、少しでも引き出せるように・・・。・・・・・・いつか、自分自身をも、誇りと思えるように・・・頑張る。・・・本当に、ありがとう・・・。君のおかげで、いい絵が書きたくなった・・・。」
私がニッコリと笑ってみせると、彼も無邪気な笑顔を覗かせました。
やはり子供です。
私は、この時ほどホッとした事はありません。
ふと、辺りに曲が流れ始めました。
それは、子供達に帰る時間を教えるもの・・・。
見れば五時。
後30分もすれば、鮮やかな夕焼けが見られることでしょう。
「では、僕はこれで・・・。これから、スーパーに寄って、晩ご飯の買い出しを、して行かなければならないんです。」
「君が・・・、作るの?」
彼は頷きます。
「はいっ・・・。義父さんは忙しいですし・・・、なにより、僕自身・・・大好きな方々に、料理を作って差し上げるのが大好きなんです。」
その嬉しそうな顔と言ったら・・・。
極上の笑顔が、そこにはありました。
「気をつけて・・・。」
「・・・・・・ありがとうございます・・・。」
彼は、ペコッと一礼をすると、出入り口へと駆け出します。
「藍君っ!」
公園の外へ出かけた時、私は立ち上がり、大声で彼を呼びました。
「君の絵・・・。描いてもいいかなぁー?」
振り返った彼は、一瞬きょとんとした顔つきになりましたが、次の瞬間、先程同様、極上の笑顔で左手を高く挙げて見せたのでした。
私が笑顔を返す中、彼は走り去って行きます。
青いランドセルをガタガタ揺らし、白いリボンをつけた長い髪をなびかせながら・・・。
私は、しばらくの間その場を動きませんでした。
いいえ、動けなかったのです。
最後に見た彼の笑顔が・・・その、深い深い藍色の瞳があまりにも印象的で・・・。
目に焼き付いて、離れずにいたのです。
それは、とても優しく・・・・・・、
そして、なによりも暖かい瞳でした。
■ エピローグ ■
あの日以来、私は彼を書き続けました。
私の体内にある父の才能を信じ、誇りとしながら・・・。
“まだ全てを出し切っていない。”
“まだまだあるはずだ。”
そう思い、描き続けました。
彼の、あの・・・どこまでも暖かい藍色を描こうと、懸命に・・・。
パネルいっぱいに、藍色を描き続けて・・・・・・。
気付くと、今の地位に祭り上げられていました。
おかしなものです。
世間では私を認め、私自身も、自分の体内にある『受け継いだ才能』を見つけ、誇りに思えたと言うのに・・・・・・。
私は、まだ満足出来ないでいるのです。
欲張りなのでしょうか・・・。
彼の色を表現できるまで、満足する事など出来ないのです。
残念な事に、未だ・・・彼を描くことは出来ていません。
いつか・・・。
彼の絵を仕上げることが出来た時、一番に彼に見せようと思っています。
彼は、それがたとえ世間に認められることのない駄作であったとしても、喜んでくれるでしょう。
あの・・・満身の笑顔を私に見せてくれることでしょう。
それが・・・・・・、私の夢です。
あの笑顔を再び見られた時・・・。
その時こそ、きっと私は全てを満足し、彼と約束したように自分自身をも、誇りにできるのだと思うのです・・・。
長くなりましたが、私の知っている『彼』は、これが全てです。
あの日から・・・、連日公園に通いましたが、彼に会うことは叶いませんでした。
あの日・・・、あのひとときだけが、彼と私の共有した時間となってしまったのです。
もう会えないのに・・・。
それでも、こうしてあの時の公園に来てしまう・・・。
こうして・・・、藍色を描き続けている・・・。
不思議な生き物ですね・・・。
・・・人間とは・・・・・・。
彼の話をするのは久しぶりです。
彼は今、何処にいるのでしょうか・・・。
あの・・・、暖かい藍色に、何を映し出しているのでしょうか・・・。
知っているのでしたら、教えてくれませんか・・・?
・・・そうそう、・・・ところで貴方は、彼とはどういうご関係の方ですか?
ご友人・・・・・・?
それとも・・・・・・・・
■ Fin ■
この作品は個人サイト「色々くれよん」にも掲載しています。
※ 諸事情の為、コチラに掲載するにあたり、タイトルと本文を一部変えさせて頂いてあります。
この作品を書いたのは、実に20年前になります。
ので、「現代」とするには、いささか違和感があるかもしれませんが、その辺りの違和感は、さらりと流していただければ・・・と。よろしくお願いします。




