狂い花に囲われて(短編版)
素敵な企画を立ち上げて下さった長野 雪様に心よりの感謝を\(^o^)/
「なあ百合、家族……欲しくないか?」
いつものように朝起きて、菓子パン食べてコンビニでお弁当買ってから学校へ。学校が終わったらスーパーでお惣菜を買って帰宅。お米だけ炊いてお風呂掃除してあとはまったりむふむふタイム。
そう、それはなんの変哲もない、このままずっと繰り返し続いていくだろうと思っていた中で、ある日珍しく夕方に帰って来たお父さんがぽつりと私に呟くように尋ねてきたのだ。
その時の私は慌てた。
お父さんの発言に、ではなくて急に帰って来た事に。
だってリビングのテレビ占領して、乙女のむふふタイムだったんだもの。
せめてもの救いは、日常では絶対聞けないような甘い囁きはすでに言い終えていて、男親に見せるにはかなり恥ずかしいドキドキスチルを隠すように選択項目が出ていた事だろうか。
「会って欲しい人達がいるんだが……その、百合の意見を尊重したいから、会ってもらうだけ会ってもらっても良いか?」
えー何それ面倒くさい。
心の声をしっかり押し隠して笑顔付きで了解した私はなんて親思いなんだろう。
小学校低学年の時に、お母さんは家を出て行った。
そこから男手一つで育ててくれたお父さんに、どうやら春が来たらしい。
それが中学二年生の冬のこと。
そして中学三年生の春に、新しいお母さんとお兄ちゃんが私の家族に加わった。
「ねえねえ、これ、渡してくれる?」
どうしてこう女子って生き物は群れなければやっていけれないんだろうか?
三人とも先生に怒られない程度にうっすらと化粧をして、校則に触れない程度にセーラー服のスカートを短めに、それぞれお揃いの可愛らしいバレッタで髪をまとめて……そっと真ん中の子が差し出してきた手紙の枚数は三枚。
友だちごっこ。
抜け駆けは許さないってやつだろうか。
そんなもんくらい自分で渡せよって差し出されたそれをパシリと振り払ってやりたいけれども、そんな事をすればこの箱庭の中で私は総スカン食らって残りの一年とちょっとをいじめられっ子として過ごす事になるかもしれない。
ただでさえ、おおっぴらに言えない趣味があるのだ。
出来る限り、トラブルの芽は巻かないでおくに越したことはない。
「えっと、渡すだけ……なら出来るけど、それでも良いかな?」
そんな面倒な手段取らないで、どうせ結果は見えているんだからさっさと当たって玉砕してこい。
そう言って鼻で笑ってやりたいのを堪えて、少しだけ目じりを下げて、こてん、と首をかしげて見せる。
毎日それなりに時間を費やしてつやつやに維持している、腰まである真っ黒なストレートヘアがさらりと揺れる。
あざとく見られないよう意識しつつ、申し訳なさそうに上目遣い。ここ大事。色気なんぞ女に振りまいても意味はない。
逆にそんなもんやってしまった日には、ぶりっこだなんだと言われてフルぼっこだ。大事なのは、彼女達の敵にはなりませんよ~という、私は弱い生き物ですアピール。
「うん! うん! 渡してくれるだけで良いの! ありがと百合りん!」
待て。
私はそもそも、名前で呼んで良いなんて許可を与えた覚えがないのだが。
ひくりと口の端が震えた気がして、慌てて微笑みを口に貼り付ける。
「じゃあ、渡しておくね」
木村百合、十七歳。
私自身はどこにでもいる普通の女子高生。
普通だから顔面偏差値も中の中くらいなはずだ。
自慢と言えば、過保護な兄によって切る事を禁止され、毎日せっせとお世話してもらっているこの黒髪くらいなもので、背だって特に小さいわけでも大きいわけでもない。
化粧だって興味ないから日焼け止めを塗る程度だし、制服を着崩すのだって面倒でそのままだ。
本来であれば、ギャル枠とも呼べるグループの子達に話しかけられるようなタイプではない。
そう、地味グループなのだ私は。
休憩時間は本を読んで過ごし、トイレだって一人で行って、移動教室の時とお昼の時だけ同じ地味~なグループで行動する的な。
そんな平和な立ち位置にいるはずなのに……すべてはあの兄がいるせいで、それなりに目立ってしまう私は地味グループに入る事はできず、かといってきゃぴきゃぴとしたギャルグループにも入ることは出来ず……虐められてはいないし、クラスでの立ち位置もそれなりだけれど、ぼっちという有難くない位置を頂いている。
「百合、いる? 帰ろうか」
ずぐん、と腰にくる艶やかな声。
慣れたようで慣れないそれに呼ばれて内股を擦り合わせてしまったのは私だけではないはずだ。
きゃあ、と上がった黄色い歓声にひくりと口の端が震えて、慌てて俯いて長い髪で隠す。
ああ、行きたくない。私は地味に生きたいのだ。何故にわざわざ自分からスポットライトに当たりにいかねばならないのか。
私は村人Cとか木とかそんな役で良いのに。
「ほら。百合、もう準備は出来てる? 行くよ」
「うん……ありがとう、菖蒲お兄ちゃん」
俯いていれば、学年によって色分けされた上靴が目に映る。
青色の上靴は、赤色の上靴を履いている自分より一つ上である三年生の色。
「あ、あのね、菖蒲お兄ちゃん」
「あああ! あと! あとで良いからね!」
席から立ち上がって、そのまま鞄を持ってくれたお兄ちゃんを見上げると、いつの間にそんなに距離をとっていたのか、教室の隅っこにいたさっきのグループの子達が慌てて制止の声を上げる。
ふむ。流石にここで渡してしまっては、いろいろと不都合なんだろう。どうせ返事なんて分かり切っているんだし。
わかった、と分かるように私は頷いて、受け取ったままだった手紙をスカートのポケットに入れた。
「今日部活は良かったの? 私、一人で帰れるよ?」
「今朝、少し咳き込んでただろう? ちょっと心配でね。病院寄ってから帰ろうか」
「え、と……うん、ありがとう」
私は咳き込んでなんていないし、熱なんてものもない至って健康体なんですが。
ひく、と口の端が震えてしまったけれども、文句は言わない。というか言えない。
物言いたげな私の眼差しをにっこりと、それこそ男性にこういった表現は不適切かもしれないけれど、花が綻ぶように笑って黙らせたお兄ちゃんは私の背に手を回して教室の外へと促す。
どこまでも自然にそんな気障ったらしいことをするお兄ちゃんに、きゃあと黄色い歓声が上がった気がしたけれども、気にしては負けだとスル―することにした。
「ああほら、危ないでしょ。百合はこっち」
てけてけと特に会話もなく帰宅の道を歩いていれば、私が車道側になってしまったらしい。
全くもうこの子はとでも言わんばかりに、まるで幼子を守る母親のように手を引いて場所を入れ替えられる。
見た目が優男の割に、骨ばって大きな男の人の手。
私の手なんてすっぽりと包めてしまうその手に引かれて、誰もいない家へと帰る。
玄関入るまで手は繋がれたままだったけれど気にしない。
そもそも、この兄に対していろいろ気にしたら負けなのだ。
一つ年上の菖蒲お兄ちゃん。
立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。うん。花の名前がとてもよく似合う、イケメン。
乙女ゲームで例えるならあれだ。正統派の王子様。
ゲームのパッケージとかで、にこやかに微笑みながらセンター飾ってそうなイケメン。
さらさらのナチュラルショートの髪に、切れ長なのにすこしだけ垂れ目だから、柔らかい印象を与える真っすぐな目。背だって、平均的な身長の私より頭一つ高いから高身長だ。
成績は五十位まで張り出されるうちの高校で常に一位から三位をうろちょろ。物腰穏やかで、運動神経だって悪くない。つい先週は確か、バスケ部の助っ人に呼ばれてたはず。生徒会が忙しいからと部活は二年で引退してしまったけれども、それまでは弓道部だった。
うん、これまた袴姿が似合ってたんだよね……無駄にキラキラしてた。
何度か見惚れてしまったのは内緒だ。
ファンクラブなんて物もあって、誰も付き合ってはいけないみたいな不可侵条約があるらしい。でも告白は良いらしい。
は? 矛盾してない? とか思うけど、応えは簡単。絶対に振られるからだ。
絶対って、なんでわかるんだよって思っちゃうけど、告白はしても良いけど付き合っちゃ駄目。付き合ったら集団リンチ。お兄ちゃんはみんなの物らしい。うん、物ってなんだよっていろいろ突っ込みたいけれども、私はお兄ちゃんが大事にしている妹って扱いだから平和な高校生活が約束されているわけで……なんだかなあって思っても、やっぱり我が身は可愛いのだ。
うーん。お兄ちゃんはみんなの物っていう、なんとも言えない女子の協定は面倒だけれど、それ以上に面倒を抱える私にとってはなんかもうどうでも良い。
絶対、お兄ちゃんは振り向かないって確証があるわけだし。
あ~なんか今日も群がられてるなあ、おつおつ~で済んでしまうのだ。
「おお! 壁ドンだ壁ドン! か~ら~の! 顎クイ!! やるねやるね! 一番地味顔のクセして手が早いなおい!」
もこもこの部屋着に着替えて一番最初にすることは、リビングで音量を最大にしての乙女ゲーム。
共働きで両親が夜遅いからこそ出来るのだ!
お兄ちゃん?
うん。気にしない。
むしろ選択肢に困ったら素敵なアドバイスをくれるナビゲーターだ。
乙女ゲームとの出会いは中学二年生。
私は声フェチだったのだろう。アニメでなんかこの声好きだな~から始まり、声優というものがあることを知った。
好きな声をアニメで見つける度に声優チェック。で、そこから乙女ゲームに出会ったのだ。
初めてやった時のあの衝撃とドキドキ!
現実世界での恋愛なんて糞くらえだ。いやいや、まあね、彼氏とかいたことないんだけど。
でも、彼氏の一言に一喜一憂して振りまわされて、記念日だデートだプレゼントだで散財させられて、身だしなみやら言動やら、それこそラーメン食べたいのにパスタが良いとか自分偽ったりとか面倒だし。
あ、体験談でなく実際に友だちのを見てて、だけれど。
それでも、自分の時間を誰かに割くなんて面倒臭い。自分より彼氏を優先するなんてもっと面倒臭い。大人になればまた違ってくるんだろうけれど、同年代の男子ってなんか幼く感じるし……盛ってるやつばっかで、大人の階段登っちゃったって笑う友だちを見ても、羨ましく感じないのだ。
そんなのしてる暇があったら、この素敵なむふふの世界にずっと浸っていたいし、好きなキャラの二次創作読み漁って、貯めたお小遣いで好きな絵師さんが書いた薄い本を買う方がすごく充実してる。
大人の本は年齢的にアウトでまだ私は買えないけど、どうしても好きな絵師さんで欲しい奴は兄の名前でゲットしちゃったし。残念な事に十八になるまではって兄に没収されてしまったが。
「百合、それって多分受け入れるじゃなくて抵抗するを選んだ方が良いんじゃない?」
「ん? そうなの? ありがとう!」
夕飯の仕込みが終わったであろうお兄ちゃんが、ジュースを持って隣に座ってくる。
私はごろりとロングスカートを履いたお兄ちゃんの膝を枕にして、言われた通り拒否するを選んだ。
「おお! キスだキスだ! お兄ちゃんナイス!」
言われた通りにすれば、スチルが変わって熱烈なべろチューのものに変わる。
今ハマっているのは、十七禁の乙女ゲーム。これって十八禁にしても良いんじゃね? とか思ってしまう程に際どいシーンの多いゲームだ。
成り上がりの国に生まれた第二王女の主人公が、第一王女を退けて自分だけの騎士を手に入れて王座を手にする話。
好きな声優さんが出てたからって理由で買ったけど、オープニングだけで三時間とかフルボイスだとか……まだ攻略は二人までしか終わってないけど、それでも二人攻略するのに一週間ちょっとかかった。値段の割にはボリュームはすごいし声優豪華だしスチル綺麗だしで大満足だ!
まあ……うん。なんか王道! てな感じの乙女ゲームではなく、攻略対象はどれも一癖も二癖もあって、ヤンデレなにそれ美味しいの? なブラック乙女ゲームだったが。
「今度は暗殺者を攻略することにしたの?」
「うん。騎士も宰相もねちっこかったからさあ。この暗殺者ならあっさりめで良いかなあって。今のところそんなに怖いこと言ってこないし、そこまで強引なことされないし」
「なんだ。百合は強引なの嫌いなの? 最初の宰相とか百合の好みだと思ったのに」
お兄ちゃんの質問に、うーんと考えながら画面からお兄ちゃんに視線を移す。
目が会えば、にっこりと微笑まれる。いつ見ても眼福な美少女。
私はコントローラーから手を離して、腰よりも少しだけ短めのお兄ちゃんの長髪に指を絡めてなんて答えよう、と自分の中で答えをまとめる。
「こら百合。あんまり引っ張ると取れちゃう。あんたと違ってあたしのは人工なんだから」
「ああ、ごめんごめん。宰相はね、声は好きなんだけど怖かったから」
「怖い?」
不思議そうに問い返されるお兄ちゃんの目を見ながら、一番最初に攻略した宰相のエンドを思い出す。ベストエンドは良かったのだ。王道のハッピーエンド。無事に女王になって、それを支える為に隣国から婿入りしてきた宰相様。
でも、でもねえ。あれはないよなあ。
「ベストエンド以外のエンドも素敵だったけど、なんていうか……ドロドロに甘やかして溶かして一人じゃ立てなくするってそれってヤンデレだよねえ。女王になって国を治めてるはずなのに、いつの間にかお飾りになって鳥籠の鳥になってるの。それでも気付けてないからこその幸せもあるんだろうけれど……甘い狂気って怖いねえ。人間駄目になっちゃう」
私の感想に、お兄ちゃんはそう、とだけ呟いて笑った。
それはもう、おかしそうにくすくすと。
「なあに? なんでそこまで笑うの?」
「ううん、べつに。百合は可愛いなあと思って。ふふ。お風呂、湯貼りすんだから先に入っちゃって。その間にご飯も炊けるだろうから、そうしたら夕飯にしましょう」
「ありがとう! 今日のご飯なにー?」
手早くセーブして、ジュースを飲んで流し場に持っていくついでにご飯を確認。
お、里芋の煮っ転がしだ。それに赤ちゃん鯛の煮つけ。お味噌汁の具は何かなーと蓋を開けようとしたら、ぺしりとお兄ちゃんに軽く手を叩かれた。
「ほら、さっさと済ませてくる。一人で入れないなら一緒に入って上げようか?」
その言葉に、何故かつい、自分の胸よりも膨らんでいるお兄ちゃんの胸に視線を固定してしまった。
お兄ちゃんもその視線に気付いたのか、いやんとでもいわんばかりにくねくねして胸を両腕で隠す。
「なんか私がセクハラしてる気分」
「まあ……百合もそのうち育つわよ」
そっと憐れみの眼差しをむけられた気がしたが、そこは自分の心を守るためにも全力でスル―する。それに仕方ない。こんなに素敵なお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんに貧乳は似合わないだろう。Dカップ以上が望ましい。
「なんていうか……百合、あんた本当に抵抗ないのねえ」
「お兄ちゃんが綺麗だからね」
さらりと返せば、それはもう花が綻んだみたいに、砂糖菓子をぐずぐずに溶かしたみたいに甘ったるく微笑まれる。
「普通は気持ち悪いとか言うものよ?」
「だってほら、似合ってるんだからしょうがないでしょう。お姉ちゃんって呼べって強要しないし。うん。ふふ、オネエなお兄ちゃん、大好きだよ」
良い終われば、ぽむぽむと私の頭を撫でていた手が止まる。
おう、気持が良いからもうちょっと撫でていても良いのですよ?
お兄ちゃんはどこまでも甘く笑って、でも一番の甘い笑顔は一瞬で、すぐに元の標準微笑に戻る。まあ、標準でも甘いやつなんだけど。
「ほら、着替えも出してあるから早く入っておいで。ご飯食べたら宿題しましょう」
「えー、まだ攻略が」
「ゲームは全部終わってからよ、まあ、一人で宿題出来るなら良いけど?」
「速攻でお風呂済ませてきます」
一人で宿題とか何それ恐ろしい。
私の成績はお兄ちゃんあってのものだと言うのに。
お兄ちゃんからお風呂セット、つまり着替えを受け取ってお風呂場へ。
お父さんと二人で暮らしてた時は、お風呂に柚子とかなかったぞ。
お風呂上がりにクリーム塗ってもらう習慣もなかったしなあ。
ふといろいろ振り返って、なんて贅沢な日々なのだろうとにんまりと笑う。
コンビニ弁当はたまに食べたくなるけれど、だからと言って毎日食べたいわけではないのだ。
「うん、幸せだなあ」
なんとなく、お兄ちゃんにおんぶに抱っこな気がするけれど、仲良くなりたいんだ。お世話するの大好きなんだと言って笑う兄の笑顔が思い出されて、何も気にならなくなる。
「ま、いっか」
お兄ちゃんと出会ってからの口癖になってしまったそれを気付かないうちに呟きながら、私はそっと湯船に体を沈ませた。