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03

「さーちゃんおかえりー。そんじゃ、引っ越すよー」


 大学から帰ってきたら、エルちゃんがダンボール箱の小山と一緒に私の家にいた。さては、またドアをすり抜けたな。見つかったらどうするつもりなのか。


「エルちゃん、最近構内で会わないけど、もしかして就職決まった?」

「あー、うん。大学やめたの」

「え? なんで? 卒業まであと少しなのにもったいない。エルちゃん留学生って設定だったよね、ビザとかどうするの?」


 エルちゃんは実は魔女なので、留学生というのは建前らしい。


「その辺はちょちょいと誤魔化しといた」

「ふーん。ねえ、ねえ、エルちゃんが荷造りしてくれたの?」

「うん。ちょちょいだったよ。管理会社にも連絡しといた」

「そうなんだ、ありがと。それで、なんで引っ越し?」

「城主様がね、ビルを買ったの」

「そうなの? お金持ちだねぇ」

「それじゃ、行くよ?」


 エルちゃんがこてんと首をかしげた瞬間、お城の客間に居た。荷造りされていたダンボール箱がきっちり積まれている。あれ? ちょっと城の客間とは違うかも。でも似てる。別の客間?


「来たか」


 元ライオンで美形の城主様の声に振り向けば、相変わらず芸術品みたいな超絶美形がドアを開けて立っていた。やっぱりお城かの客間?


「さーちゃん、ここお城じゃないからね。城主様が買ったビルの最上階だよ」

「へえ。お城とおんなじ内装だねぇ。家具はお城にあったのと同じ?」

「ああ、城から運んだ」

「今日からここがさーちゃんちだからね。城主様との愛の巣だよ」


 エルちゃんがにたぁと笑う。だからその笑い方やめた方がいいよ。しかも愛の巣って、また昭和なフレーズ。エルちゃんは私と同い年に見えて数千歳だからなぁ。時々発言が昭和だ。


 エルちゃんの後ろに見える窓からの景色は、なかなかいい感じだ。大きな公園の側なのだろうか、たくさんの緑が見えて、お城の窓から見えた景色と似ている。


「ここ何階?」

「ん? 九階だ」

「ふーん、九階建てのマンション? ビル? なの?」

「そう。私の部屋はこの下の八階だから! 遊びに来てね」


 というのが、昨日のやりとり。


 その後さくっと自分の新しい部屋に帰ったエルちゃんに代わって、経緯を説明してくれたのは美形の城主様。

 お城のみんながこの世界を気に入って、満場一致でみんな揃ってこっちで暮らすことが決まったらしい。お城と領地をエルちゃんのツテで売り払って、その金貨を換金して、ビルを一棟買って、そこでみんなで暮らすことにしたんだって。

 戸籍とか住民票とかはエルちゃんがちょちょいでなんとかしたらしい。魔女ってスゴイ。でも魔法使いではないらしい。魔女は魔女なんだって。よくわからないけど。


 築年数が浅いビルを改装して、九階はワンフロアで城主様の住処、八階は3LDKが二戸、七階から四階は2LDKが三戸ずつ、三階から一階はオフィスになっているらしい。

 完成直後、エルちゃんが素早く八階の3LDKを占拠したとか。もうひとつの3LDKには執事とメイド長の夫婦が住んでいるとか。メイドさんたちがワンフロアに一人ずつ住んで、そのフロアのハウスキーピングを担当しているとか。狙っていたメイドさんと同じフロアになるべく、男同士の駆け引きがあったとかなかったとか。


 一通り説明が終わった後、あれよあれよという間に美形の城主様にまんまと食べられて、目が覚めたら朝だった。


 メガネのメイド長のアンナさんに、美形の城主様共々起こされ、身支度を手伝ってもらい、美形の城主様に抱え上げられ、玄関まで行くと渋いおひげの執事さんがドアを開けてくれて、エレベーターに乗り込んで四階に到着すると、その一室のドアをやっぱり渋いおひげの執事さんが開けてくれて、中に入ると食堂だった。お城の食堂そっくりそのまま。

 一連の動作が流れるようだった。


「さーちゃん、おはよー。この部屋は厨房と食堂になってるんだよ」


 既に席に着いていたエルちゃんが教えてくれた。エルちゃんは時々エスパーみたいに、何も言ってないのに思っていることに答えてくれることがある。魔女ってすごい。


「さーちゃんがわかりやすいだけだからね」

 ほらね。魔女ってすごい。


 お城の食堂でも定位置だった席に下ろされると、隣に座った美形の城主様が嬉々として給餌を開始した。何も言うまい。この一年ほどで当たり前になってしまった。


 城主様とペアの紋章入りの指輪は、何をどうやっても指から抜けず、城主様の名前を呼ぶだけで、近くの扉とお城の客間の扉が繋がるという、ちょっと迷惑な仕様だ。呪いかと思ったし。

 ついうっかり大学で、空き時間に城主様のことを思い出して、その名を呟けばあら不思議。大学のトイレのドアとお城の客間が繋がっちゃった! という迷惑仕様。

 逆にお風呂に入っているときに、お風呂のドアがいきなり城主様の私室と繋がることもあって、城主様側からいきなり繋がるのも危険すぎる仕様だった。

 何度かそんな呪われた事態に遭遇したので、城主様の名前は普段から呼ばないようにして、お互いに毎日時間を決めて繋ぐようにもした。




「さーちゃーん、さーちゃんの就職先決まったよ」

「へ? そうなの?」

「城主様がね、会社作ったの。私はそこの美人受付嬢!」


 腕を腰に胸を張り、どうだと言わんばかりのエルちゃん。小柄だからかその姿は妙に可愛い。自分で自分のこと美人って言うあたりが、エルちゃんらしい。


「へえ。すごいねぇ。城主様はビルのオーナーさんで社長さんになるのかぁ」

「セドリックさんが副社長で、アンナさんが秘書だよ」

「うわぁ、アンナさんの秘書、なんか格好いいかもー」

「さーちゃんも秘書だからね。さーちゃんは社長秘書だよ」

「いや無理だから。秘書検定とか持ってないし」

「大丈夫、ちょちょいだから」

「エルちゃん、それ不正だから」


 学校に行く支度をしていたら、エルちゃんがやって来て内定通知をくれた。

 城主様改め社長さんは、さっき迎えに来た執事改め副社長さんのセドリックさんと一緒に三階の社長室に出社した。玄関でお見送りして「いってらっしゃい」とか言っちゃった。へへ。


「株式会社 エルネス&ヴァリエトレーディング?」

「そう。さーちゃんの旦那様の会社。お城のみんなが社員」

「いや、旦那様じゃないし。それより、会社名にエルちゃんの名前も付いてるのに受付嬢なの?」

「だって美人ときたら受付嬢でしょ」

「今時小さな会社で受付嬢も珍しい気がするけど……。エルちゃん、受付嬢ってただ座ってるだけでお給料もらえるわけじゃないんだよ」

「違うの?」

「……違うと思う」


 実はなかなか就職が決まらなくて焦ってたんだよね。まあ秘書なんて私には無理だけど。

 エルちゃんからもらった内定通知がひそかに嬉しい。よかった。就職決まらなかったら、実家に帰って来いって言われてたんだよね。あ、実家に引っ越したって連絡しなきゃ。就職決まったなら、もう卒業まで大学に用はない。やったね。


「よかったね、さーちゃん」

「うん。就職なかなか決まらなかったから、焦ってたんだぁ」

「知ってたー。ちょうどいいから会社作ったの」

「そうなの? 会社ってそんな簡単に作れるの?」

「お金があればちょちょいだよ」

「そういえば、お城売っちゃったんでしょ? お城って売れるんだねぇ。びっくり」

「ものすごーくふっかけてやったから、みんなが一生遊んで暮らしても大丈夫なくらいお金持ちになったよ、さーちゃんの旦那様」


 エルちゃんが親指と人差し指で輪っかを作って、ぐへへへへって悪い顔で笑った。折角の美人が台無しだ。

 エルちゃんと一緒に、ロココな家具に囲まれて、ぐだぐだしながらエルちゃんが荷造りしてくれた荷物を片付ける。

 妙にお洒落な、雑貨屋さんに飾ってあるようなダンボール箱を開ければ、ロココな家具にはまるで合わないものばかりが詰め込まれている。

 ダンボール箱を開けてはみたもののそこから出す気にならなくて、そのまま蓋を閉じてしまった。うん、それまで使っていたものだけど、ロココの中にあるとゴミみたいだ……。


 せめて着替えだけでもと思ってクローゼットを開けると、ぎっちりとお高さそうな洋服が詰まっていた。中に備え付けられている引き出しを開けると、これまたお高そうなランジェリーが詰まっていた。ランジェリーだよ。パンツじゃないんだよ。……見なかったことにしよう。今着ているワンピースもやっぱりお高そうな代物だった。アンナさんに言われるがまま着ちゃったよ。汚さないようにしよう。


 昨日、美形の社長さんと一緒に一通り家の中を見て回ったところ、ここは5LDKだった。

 パーティーでもするのかってなくらい広々としたリビングと、何人で使うのかってなくらい広々としたキッチン。どこの温泉宿かってなくらい広々としたお風呂。


 えらくゆとりのある五部屋のうちのひと部屋は私用らしく、内装はお城の客間そのままなロココ調。美形の社長さんの部屋はお城の執務室っぽかった。あとは、えらく大きなベッドがででんと置かれた寝室。残り二部屋はがらんとした何もない空き部屋。そのひとつに、私がそれまで使っていた家電が一塊に置かれていた。ロココの中にあると本当……。後でリサイクルに出そう。

 空き部屋のドアを開けながら「いずれは子供部屋に……」と照れくさそうに元野獣の美形の社長さんが言っていた。子供って……プロポーズもされてませんが。


「さーちゃん、あの世界では致して、ご飯食べさせられたらもう夫婦だよ」

「そうなの!? え? 私ってすでに人妻?」

「そうだよ。だから『あーん』とかしてても誰も何も言わないでしょ。致した後、『あーん』されて、ぱくっと食べたら、結婚了承! みたいな」

「うそん! そうなの?」

「そうなの。さーちゃんすっかり餌付けされてるしね」

「知らなかった……。ん? ……あれ? ねえ、エルちゃん、今日エルちゃんもキツネだった衛兵さんに『あーん』ってされてたよね?」

「でへへ」


 ……でへへって。そういえばキツネだった衛兵さん、エルちゃんのこと「美しき人」って言ってたような。


「すごい年の差夫婦だね。数百歳と数千歳?」

「あのね、誤解してるみたいだからキッチリ(・・・・)教えておくけどね。()まだ(・・)二十一歳(・・・・)だから。マルクも二十七歳だから。あと、さーちゃんたちと違って私たちは単なる男女交際だから」


 キッチリってとこと、私、まだ、二十一歳ってとこをえらく強調された。どーゆーこと? しかも男女交際って……今時言う?


「だって呪われて数百年って言ってたよ。エルちゃんだってマリー・アントワネット本人を見たことあるって言ってたよね」

「時空を超えている間は時が止まるの。だから実際は二十一歳なの」

「そうなの? なんかお得だねぇ」

「あのお城の人たちも呪われている間は時が止まってたでしょ」


 確かにそんなようなことを聞いた気がする。キツネの衛兵さんはマルクさんか。そう言えばそんな名前だった。あれ? じゃあ、いつの間にか私の旦那様になってたあの美形の社長さんはいくつなんだろう。


「あっ、それからもう名前を呼んでもあの世界とは繋がらないから、ちゃんと名前呼んであげなよ。一緒にいるときにすら名前呼んでくれないって拗ねてたよ、さーちゃんの旦那様」

「エルちゃん、婚姻届はちょちょいで勝手に済まさないでね」

「だめ?」

「だめ」


 そろっとポケットから出したのは、すでに提出直前状態になっている婚姻届だ。あぶないあぶない。旦那様はラウル・クロード・ヴァリエって名前だったのか。知らなかった。


「そういえばさ、このエルネス&ヴァリエトレーディングって、なんの会社?」

「んー、何もしない会社」

「は?」

「とりあえずあった方がいいかなって作った会社。みんな無職だとこっちで結婚する時とかに困るかなって」

「確かに無職の人と結婚するのは勇気がいるもんね。えっと、じゃあ、みんな会社で何やってるの?」

「ググってる」

「は? 検索ってこと?」

「そう。こないだまでパソコン講習やってて、最近ネットが使えるようになったから、みんなでこの世界のことをググってお勉強中。料理長は最近ネットのお取り寄せにはまってるし、ポールは外国人と日本人女性のお見合いパーティーを企画してそこそこ盛り上がってるし、クロエはその逆バージョンでやっぱり盛り上がってるよ」

「なんか……世の中なめてるねぇ」

「しょせん金持ちの道楽ですから。でもちゃんと利益は出してるみたいだよ」


 エルちゃんがまたぐへへへへって笑ってる。悪代官みたいだ。会社ってそれでいいのかなぁ。どうせエルちゃんがまたちょちょいで誤魔化してるんだろうけど。


「ねえ、ねえ、この証人欄のセドリックさんとアンナさん、二人もヴァリエって名字なの?」

「お城のみんながヴァリエさんだよ。ヴァリエ一族ってことにしといたの」

「へえ。わかりやすいねぇ」

「でしょでしょ」


 エルちゃんがドヤ顔だ。なんだか知らないうちに暗躍していたらしい。暗躍……うん、暗躍だよね、これ。よくわからないけど、ドヤ顔されたのでいいこいいこしておいた。でへへへへってエルちゃんが不細工な顔で笑ってる。


 念のため、婚姻届は小さく折りたたんで、クローゼットの隅っこに隠しておいた。エルちゃんにはあんまり意味ないだろうけど。念のため。念のため。




 お昼のお誘いに来てくれたアンナさんにクローゼットの中身のことをこそっと聞いたら、「全てお嬢様にと旦那様がご用意されたものですよ」と微笑まれた。

 アンナさんってば、しばらく見ないうちにメガネが変わって、知的美人になっていた。前は瓶底メガネみたいな超分厚いレンズだったから、顔がよくわからなかったんだよね。まさに美人秘書って感じで、びしっと格好良くスーツを着こなしている。私のへろいリクルートスーツとは大違いだ。


 食堂に顔を出せば、みんなそれぞれキッチリカッチリお高そうなスーツを着こなして、できる人っぽい雰囲気を醸し出している。とてもさっきまでググってただけの人たちだとは思えない。欧米人的な姿だけでも格好いいのに、なにあのぱりっとした集団。朝はもっとみんなだらっとしてたのに、なにこの違い。いつの間にかエルちゃんまで少し華やかなスーツを着こなしてるし。あれが受付嬢の制服なのかぁ。

 ……なんだか違う世界の人たちみたいだ。いや、まさしく違う世界の人たちなんだけど。


「どうかしたか?」

 違う世界の人の筆頭が私の旦那様かぁ。


 さすがに一年も経てば美形にもそれなりに慣れるけど……慣れても美形は美形だ。飽きることもない。微妙に慣れきれないところがちょっと困る。


「ねえねえ、ラウルはいくつなの?」

「ようやく名を呼んだか」

「うん。エルちゃんがもう繋がらないって言ってたから。間違えて呼んでも大丈夫でしょ」

「間違えて呼びそうだったから、名を呼ばなかったのか?」

「そうだよ。だって、またトイレのドアに繋がるとか、やだもん」

 ラウルが目を細めて私の頭を大きな手で撫でる。なでなでなでなで……。ちょっと撫ですぎだ。


「もうすぐ三十になる」

「そっか。じゃ、八歳差夫婦なんだね」

 ラウルが目を瞠り、にっこにっこな顔になると、頭を撫でる手に力が入る。ぐりぐりぐりぐり。頭揺れるし。髪ぐちゃぐちゃになるし。禿げるし。目が回るし。やめてー。




 その後。


 さくっと給餌され、セドリックさんの運転する車で私の実家まで連れて行かれ、あれよあれよという間に結婚することが決まった。ちなみに実家まで車で六時間もかかった。途中うっかり寝た。起きたら実家の玄関前だった。なんで実家の場所知ってる?


 母と妹はラウルの姿によだれを垂らす勢いで食いつき、父は恐れをなしていた。「はろー」って震える声で話しかけて、「お初にお目にかかります」って思いっきり日本語で返されてた。父哀れ。


 セドリックさんがまるっと家族を言いくるめ、私の大学卒業と同時に結婚式を挙げ、入籍はすぐにでもと、まさにトントン拍子で丸め込まれていく我が家族。……と私。

 合間合間に、母や妹から洋服や出掛けにアンナさんに持たされたバッグのチェックが入り、ラウルがお金持ちだとバレた。そんなに有名な服とバッグなのかと思ったら、妹にアホの子を見る目で見られた。今時の女子高生コワイ。


「お姉ちゃん。その服とバッグと靴で多分車買えるから」


 すかさずラウルにお強請りしている今時の女子高生は強かだ。ついでにお強請りしている主婦も負けじと強かだ。葛藤している父は……ヘタレだ。


「あっ、そうだった。お母さん、引っ越ししたんだよ私。住所は……あれ? 住所ってどこだっけ?」


 すかさずセドリックさんが、新しい住所と電話番号を控えたメモを強かな主婦に渡している。メモをのぞき込んだ強かな女子高生が「若者の街!」と叫んでいた。若者の街って……なにその昭和フレーズ。エルちゃんといい、今時の女子高生といい、流行ってるのか? 昭和フレーズ。


「あら? ビルの名前がラウルさんのミドルネームと一緒なのね」

「本当だ。クロードビルだ。ラウルのビルなんだよ。あっ、そういえば就職も決まったの」

「そうなの? よかったわね」

「うん。ラウルの会社。ラウルのビルの二階か三階あたり? が会社なの」

「紗奈、ラウルさんにおんぶにだっこね」

「だよね。よくないかな、やっぱり」

「まさか。でかしたわ。さすが私の娘」


 お母さんが、にんまりとエルちゃんに負けず劣らすの黒い顔で笑った。エルちゃんと気が合いそうだ。


「お義兄さん、私来年お姉ちゃんと同じ大学に行く予定なの。住まわせて!」

「ああ、確かひと部屋空いてたよな」

「五階にひと部屋空きがございます」

「2LDKだがいいか?」

「十分十分! むしろ十分すぎるくらい。ありがと! お義兄さん!」


 しっかり者の妹が来年の住処を手に入れた。ってか、もう受かった気でいるの? 気が早くない? お母さんまでついてくる気なの? お父さんの顔引きつってるよ。セドリックさん、どうしてお父さんの仕事内容聞いてるの? 引き抜くの? お父さんを? なにいい笑顔見せてるのよお父さん。金持ちの道楽会社だよ。みんなググってるだけなんだよ。いいの? そんなんでいいの? ……いいんだ。


 妹の卒業を待って、みんなで引っ越してくるそうだ。




 実家のある県の、おそらく一番お高いホテルの、おそらく一番お高い部屋のドアが閉まった瞬間、ラウルにむちゅっとキスされた。ラウルのキスはすごく気持ちいい。ほわほわとした気持ちよさに浸っていると、最後にちゅっと音を立ててラウルの唇が離れていった。

 で、まあ。いつものようにぺろりと食べられた。ラウルがどうしてライオンの姿だったのかがよくわかる。


 いつだって朝目を覚ますとラウルが嬉しそうに笑ってくれるから、ラウルが嬉しそうなら色んなことがまあいいやと思えてしまう。


「起きたか?」

 ほらね、嬉しそうに笑っている。


 美形がなんの含みもなくただ嬉しそうに笑うだけで、人を堕落させる最大の武器になる。堕落させられた私が言うんだから間違いない。

 別の世界の人だし、芸術品のような美形だし、優雅で穏やかな大人だし、お金持ちにもなっちゃったし、おまけに社長さんだし。

 どう考えても私とは釣り合わない人で、実際に私はおんぶにだっこだけど、こうやって嬉しそうに笑ってくれるから、そばにいてもいいのかなって思える。


 寝室から出るとセドリックさんがルームサービスの朝食とともに待っていた。

 いつも通り給餌され、抱えられたままホテルのロビーを通過するという辱めを受け、車に乗り込み、そういえばいつの間に免許を取ったのか、またエルちゃんがちょちょいとやったのか、セドリックさんの運転でまた六時間かけてクロードビルに戻ると、にたぁっと笑うエルちゃんが受付にいた。受付嬢のしていい笑い方じゃない。


「お帰りなさいませ、社長」

 なんとも態とらしいエルちゃんのセリフに、思わず笑ってしまった。


「エルちゃん、ただいま」

「おかえり、さーちゃん」

「お土産買ってきたよ」

「本当? なになに?」

「色々。後でみんなで食べようね」

「ねぇねえ、なんでさーちゃんの旦那様は拗ねてるの?」

「でっかいダイヤの婚約指輪を買おうとしたから。いらないって言ったら拗ねたの」

「くれるって言うならもらえばいいのに!」

「えー、いらないよ。邪魔だし。それにもう指輪はもらってるもん」


 紋章入りの指輪を見せると、エルちゃんがきょとんとしてた。この紋章はヴァリエ家の紋章なんだって。


「それでいいの?」

「これがいいの」

「こんな地味なのに?」

「地味だからいいんだよ。ちょっとごついけど邪魔じゃないし」


 解せぬ! って顔してるエルちゃんは、元キツネの衛兵さんにでっかいダイヤを買ってもらえばいいよ。ラウルからはまたしても頭ぐりぐりされた。だから、禿げるってば。

 目に力を入れて、きっ! とラウルを見上げると、嬉しそうにぐりぐりしてた。


「あっ、それと」

 エルちゃんが、にたぁっと、いつも以上に悪い顔で笑った。ヤな予感。


「婚姻届出しといたから」

 ……くぅっ、やられた!


 してやったりのエルちゃんにげんこつをお見舞いしておいた。






──ヴァリエ一族(お城のみんな)──

 ライオンの城主 ラウル・クロード・ヴァリエ

 ヒツジの執事 セドリック

 タヌキの侍従 ポール

 ヤギの侍従 ロイク

 ウサギのメイド長 アンナ

 ネコのメイド クロエ

 オコジョのメイド ジョゼ

 リスのメイド レア

 ビーバーのメイド ネリー

 ネズミの料理長 クレマン

 イヌの料理助手 アルノー

 キツネの衛兵 マルク

 オオカミの衛兵 ジュスト

 料理長の飼い犬 シオン


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