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小学校の六年間を終え、中学校という新しい環境に期待と不安を感じ入学した初々しいあの頃から一年という月日が流れた。小学校と比べて体感的に違う事といえば授業内容の難しさと、生徒数の多さだ。一クラスの人数は小学校の頃の倍以上だ。
授業はつまらないが、人間関係はおおむね順調だ。違う地域の小学校の軍勢に今までの平和が脅かされるのではないかという不安もあったが、蓋を開けば自分を取り巻く環境はいい形で収まっている。
運動部なんてバリバリ身体を動かす気もなければ、文芸部のように地味に何かに興じる気にもなれないながら、この学校では入部が必須の条件の為、放送部員なんて誰も注目しない何の張合いもなさそうな所に所属したが、結果この選択も正解だった。たいしてする事もないし、開放的な空間を自由に使う事が出来る権利は大きい。
それなりの毎日。それなりの日常。
大きな文句や不平はない。
はずだった。
「ハロー、まさまさー」
髪をなびかせ、軽快なスキップで志乃が僕の横を通り過ぎていく。はじける笑顔とはこういう顔の事を言うのだろうなと志乃の笑顔を見ているとそう思う。
――ああやって笑えるのって、幸せだよな。
僕はスキップする彼女の背中を小さくなるまで見つめる。
保之のにやついた顔が脳裏にちらついた。
自分は答えを知っていると言ったあの自信に満ちた卑しい笑顔。
――そうだよ。
いつか言ってやってもいいかもしれない。その時はこんなふうに言ってやれば満足するだろう。
“今の僕には、藤崎志乃しか見えていない”