第八話
普通の一般人は、手紙を開けたり、鉛筆を削ったりに使うような、それほど長くない刃物しか持ち歩かないそうだ。大きな刃物を普段から持ち歩いているのは猟師のように山に入る人くらい。しかも、柄まで鉄製の1キロを超えるようなのを注文するのはシアだけだそうだ。しかもそれが、美少女である。
「これで覚えない奴は、どこかおかしい。」
だそうだ。もっとも、それをしているご本人は半信半疑である。
「これくらいみんな持ってるよ。」
そんなに太くて長いのなんて持ってません。
結局注文したのはただの包丁とその鞘だった。シアがやっているように帯に挟むには、少々幅が広かったので吊るせるようにしてもらうことになった。本当は別に持ち歩く気はなかったから鞘は必要なかったのだけれど、シアと爺さんがどうしてもというので作ってもらうことになったのだ。
「トシ。あなた、そんなに短くて小さいのでいいの?」
料理用の包丁がそんなに大きくても使いづらいだけだ。大は小を兼ねるが、何事も限度がある。刃渡りが18センチくらいにしてもらう。握りも色々と試していいのがあった。そもそもそんなに料理はできるけれど、得意ではない。セミオーダーの包丁というだけで手に余る。
「これくらいがちょうどいいんだよ。」
注文した包丁とは別に、爺さんがおまけで5センチくらいの折り畳みナイフをくれた。とりあえずこれでも使っとけとの事だ。
「じゃあトシ。ご飯はよろしく。」
シアは、家に帰るなりそういうと腰の帯と鉈を外し、2DKのDK部分………食堂か?の本棚から本を取り出し、寝転んで読み始めた。引き締まった肩から背中、腰のラインがとても美しい。………大変綺麗ですが、大変目の毒です。肉付きはいいけれど、きゅっと引き締まって可愛らしいお尻ですね。なお、テーブルではなく、なぜかちゃぶ台だった。
「いきなり作れと言われたって…………。」
最初に入ったときは見ていなかったが、コンロはプロパン式のガスコンロそのものだった。一応試してみるが、やはりただのコンロだ。つまみをいっぱいまで回すと火が付き、回し加減で火力を調節できる。
「何とかなりそう。」
異世界で、魔法があるのだから、もう少し魔法的な物かと思っていたので正直期待外れだ。
「ちゃんと火には気を付けなさいよ。」
ご飯を炊き、カレーを作った。ナイフが5センチくらいと少し短かったので、野菜を切りづらかったが何とかなった。隠し味も何もなしのただのカレーだ。ルーの作り方を覚えていてよかった。覚えてなかったら、カレーライスからカレースープに変更するだけだけどね!
「出来たよー。」
寝転がっているシアに声を掛けると、ごろりと起き上り、ゆったりとした胡坐のような恰好で座った。
「ハイハイ。今日の夕飯はシアも知ってるとおりカレーだよ。隠し味も何もないただのカレーだよ。残念ながらラッキョウは無いけどね。」
「ラッキョウ?なにそれ。カレーには福神漬けでしょ。」
そういうと戸棚の奥から出してきたツボを差しだしてきた。だが、僕はラッキョウ派である。福神漬けなんかに浮気するわけにはいかない。真っ白で、ぱりぱりとしたラッキョウこそがカレーには合うのだ。
たっぷりと作ったカレーを半分は食べた。残りはまた明日、チーズを買ってきてカレードリアにしよう。
「ふう。ごちそうさま。私が作るより美味しかったわね。」
隠し味も何も入っていないただのカレーだ。なんの工夫もない。
「隠し味とかいろいろ入れてみてるんだけどなぁ。なんでだろ?」
それは隠し味が、隠れてないからだろう。隠れていない隠し味とは間違っている。