第七話
市場を巡った結果、重要な事が判明した。カレー粉が見当たらない。料理屋の奥からカレーみたいな匂いがしていたからあると思ってたんだけどなぁ。スパイスは結構な種類があったけれど、残念ながら僕はインド人ではない。スパイスからカレーを作るだなんてやったことが無い。つまり、カレー粉を使った料理ができないじゃないか。これでまず、僕のレシピが半減してしまった。何でも、カレー味にすればそれで1パターン増えるから便利なのに。
「おばあちゃん。カレー粉作って。この前のが美味しかったからあれでお願い。」
周りに大量のスパイスを並べているおばあさんにシアが声を掛けた。なんだ自分で必要なのを買って混ぜるんじゃないのか。
「はて?この声はどなたでしたかいな?メガネ、メガネ。あぁ、シアちゃんかい。ちょっと待ってておくれよ。わたしゃもう、おばあちゃんなんだから。」
そういうと、周りのスパイスの山から何種類も選んで少しずつすり鉢に入れていく。
「で、そっちのお若いのはシアちゃんの彼氏さんかね?……………この子の相手は大変だろう?後でいい物をあげよう。」
シアが彼氏じゃないとか、言っているがおばあさんは無視するように続ける。
「あの子を見捨てないでやっておくれ。口はちょっと悪いけど、面倒見のいい子だから。」
そういって、出来上がったカレー粉の袋と一緒に、奥の小箱から出した小さな包みを僕に手渡した。
「晩御飯の後に飲むんだよ。よく効くから、次の日がゆっくりできる時にしなさいね。」
小声で言いながら僕の帯に包みを挟んだ。
「いつもありがとうね。お若いのも頑張るんだよ。」
シアが代金を払い、おばあさんには尻を叩かれた。
「毛布も買った。枕も買った。晩御飯の材料も買った。シア、他に生活するのにとりあえず必要な物は?」
日本で生活するのに必要な物ならわかるが、こちらで必要な物なんてわからない。日本で必要から、服を引けばいいのか?でも、全裸で生活するには日本では必要ない物も、必要になるかもしれない。
「んー。歯ブラシや風呂桶とかかな?それと、腰袋の中身も揃えなきゃね。言っておくけど、領主様からお金をもらったら、返してね。」
「買ってくれるんじゃなかったの?」
「利子つけないだけ感謝しなさい。」
銭湯に行く際持っていく、風呂桶や石鹸、腰袋に入れる手拭いやちり紙といった小物を小間物屋で買い。最後に鍛冶屋にやってきた。
「鍛冶屋に何の用があるの?」
僕に特に必要な物は無いはずだ。必要なフォークやスプーンは小間物屋にあったし、買った。
「コレよ、コレ。」
そういいながらシアは腰の鉈を軽くたたいた。
「今晩から料理するのはトシなんだから包丁かなにかいるでしょ?」
包丁位は普通家にあるものだと思うのだが?
「私はこれ使ってるから。………絶対に貸さないからね。」
それは世間一般では『鉈』と呼ばれるものではないだろうか?間違っても包丁の代わりにするような代物ではない。しかも、シアのそれは刃渡りが30センチを越えるような代物だ。
「…………借りても使えないって。大き過ぎるよ。」
「サイズはどうする?何に使うんだ?手ぇ見してみろ。」
鍛冶屋の主人は、がっちりとした巨漢の爺さんだった。そして、シアと門番以外に服を着た人だった。
「刃渡りが4掴み分の長さまでなら、誰でも持てるがどうする?大は小を兼ねるってことで、目一杯の長さで作っておくか?そっちの嬢ちゃんは確かそうだったな?」
「あれ?2年に一回くらいしか来ないのによく覚えてるわね。」
「当然だ。」
きっと自分の作品と、それを売った相手は全部覚えているのだろう。実にすばらしい。
「昔っから美人の顔は忘れたことがねぇ。しかも、その美人が毎回4掴み目一杯の長さの剣鉈を買っていくんだ。覚えるさ。」
ただの女好きの爺さんだった。