不眠症の妖精
僕が眠れなくなってから、とても長い年月が過ぎていた。
それは、祖母が亡くなった日からだった。
どこもかしこも清潔な病室の中で、眠るように冷たくなった祖母を僕は眺めていた。握った手が生き物だったとは思えない程、冷たく、硬い物となってしまったのだ。眠る、とは僕の中でその時から、きっと意識のその下、無意識の中で死ぬことだと思ってしまったのだろう。
どんなに枕や布団の種類を変えたとしても、穏やかな音楽を聞いても、良い香りで部屋を満たしたとしても、何をやっても眠れないのだ。そんな僕を心配して、母は有名な心理学者や医者達を呼び、治療を試みてくれた。だけど、それすらもまるで効果が無かった。
父はそんな僕に、「深夜、起きているのならば内職でもしてくれないか」なんて言うので、僕はその言葉に従った。不思議と、眠れなくなったその日から、僕は疲れることも無くなっていた。だから迷わず、頷いたのだ。
深夜、辺りに氷が張るほど冷たくなる頃、僕は一人起きて人形を作っていた。父はこの町のお土産としては有名な、人形を作る仕事をしていた。任せられた仕事の内容は簡単だった。ただ、木を瓢箪のような形に削るだけなのだ。そして、その木にやすりを掛けて滑らかにする。そこまでが僕の仕事だった。
あとは朝が来て、両親と、三歳下の弟と一緒に朝ごはんを囲む。そのとき、僕は眠れなくなってからは余り感じる事の無くなった幸せを感じる事が出来るのだ。
今日も、深夜に僕は仕事場へと降りていった。
仕事場は、家の中でも半分地下になっているような場所にある。
古びた扉を開けると、長年使いこまれてきた長机が一つある。そこは、父と母の仕事机だ。そこで父は僕の仕上げた木を確認して、デザインに従い色を塗る。母が、それにニスなどを塗る。そして二人して、商品の流通を行う。
日中の間、僕は弟の送迎や家事、仕事の見学者の対応なんかをしたりする。
父と母の作業机のすぐ隣、そこに小さなまだ新しい机がある。そこが僕の作業場だ。
僕は椅子を引き、座る。そっと冷気が足元を過ぎていくのを感じた。半日以上たってしまった筈なのに、なぜかクッションだけはぬくもりを残していた。
深呼吸をする。
絵具や、ニス、木の削った香り、冬の冷気など、様々なものが混じった空気が僕の気持ちをしゃっきりとさせる。この空気が一番好きだ。
僕は、また今日も木を削り始めた。この前片してた絵本の中に、夜中の寝静まる頃作業をする小人や妖精の話があった事を、ふいに思い出した。
シャッシャッシャと一定の音と共に、木片が机の上に溜まる。辺りにはその音だけが響いていた。
僕はまだ、眠ることが出来ないままでいた。
なぜだか、全てが、さめるような気がしない、そう今日は思えてしまった。




