仲間
私はリジュからチケットを受け取ると、さっそくフレンドリストの中から誰を呼び出すかを考え始めた。とにかく今一番必要な人は生産系に特化した人と、戦闘系に特化した人を最優先に選ぶ必要がある。
今私の手元にあるチケットは2枚だけで、ここで人選を失敗すれば今後に問題が出てきそうな気がする。
私が頭を悩ませながらフレンドリストと睨めっこしていると、ロンダルたち三人が不思議そうな顔で聞いてきた。
「姫。先ほどからどこを眺めているのですか?」
「え? ……ああ。見えないのね」
ロンダルの質問でなぜ三人が不思議そうな顔をしているのか、ようやく理解できた。
フレンドリストやアイテム欄などのウインドウは、開いた本人にしか見ることができないため、概念すら知らない三人には私が宙に視線を固定しているようにしか見えないのだろう。
(そう言えばなんでステータスは見れないのに他のウインドウは開けるのかしら?)
不思議ではあったが、考えたところで答えが見つかるわけでもないので、私は考えることをやめ、ロンダルたちになんと言うかを考え始めた。
「うふふ。今から友人を呼ぶから、誰にしようか考えていたのよ」
とりあえず誤魔化すのも変だと考えた私は正直に答え、再びフレンドリストに視線を戻した。
ロンダルたちはどうも納得いっていないようだったが、それ以上聞いてくることはしなかった。
(う~ん。やっぱり表示はログアウトになっているわね。……呼べるかしら?)
フレンドリストの名前は当然ながら色が薄くなり、全員がログアウトになっている。
チケットの効果はすでにログインしているフレンドを近くに召喚するか、ログアウト中のフレンドに招待メールを送るという二つの効果がある。だがこの状況ではメールが届くのかは、正直かなり怪しい。
「ん~。でも悩んでてもしょうがないわね」
とにかく使ってみて、ダメならダメで他の方法で人員を増やす方法を考えればいいか、という結論になった。
「あ! ミリーゼ! 彼女にしよう!」
フレンドリストを流し読みしていると、私の視線に一つの名前が目に留まった。
ミリーゼ。彼女の種族は小人で、戦闘系のスキルはほとんどないが代わりに、数ある種族の中で最も生産系のスキルを習得できる。さらに小人生産系のスキルを使用した際にボーナス補正がある。
そしてなによりミリーゼの名前の横に表示されているレベル250とある。ゲーム中での最高レベルは300なので、このレベルはかなりの高レベルとなる。
「じゃあさっそく、チケット使用。召喚『ミリーゼ』!」
チケットをかざし宣言するとチケットから光の粒子が立ち昇り、その輪郭が徐々に薄れそして私の手にあったチケットは消えてしまった。その状況を、ロンダルたちも息を飲んで成り行きを見守っていた。
「……なにも起きないわね。」
チケットが消失して数分が経ったが、部屋の中には何の変化も見受けられなかった。
「やっぱり無理なのかしら……」
そう呟きを漏らした時、変化が現れた。
部屋の中心に幾何学的な紋様をした魔法陣が出現し、その中央に光の粒子が集まり始めた。
「……綺麗。」
リジュがその光景に目を奪われていると、光の粒子は密度を増していき徐々に形を帯び始めてきた。
そして形を帯び始めた光は、さらに密度を増し目に見えてはっきりとした輪郭を浮かび上がらせ、最後に部屋中に眩い光が氾濫した。
「「「「っ!」」」」
あまりの光に私たちは目を一斉に閉じた。
そして光の氾濫が治まり目を開けると、先ほどまであった魔法陣は跡形もなく消え去り、代わりに魔法陣のあった場所にはメイド服に身を包んだ背の低いの女性が立っていた。
「ん……。ここは? 確かメールを……」
「ミリーゼ」
私が名前を呼ぶとミリーゼも私に気がついたようで、こちらに視線を向けた。
「エリスリーゼ? え? ……これはどうなっているのかしら?」
目があったミリーゼはかなり混乱しているようで、口元に手を当て考え込んでしまった。
「ロンダル。彼女とは二人っきりで話しがしたいわ。みんなを連れて外で待っていてくれる?」
ロンダルにそう命令すると、ロンダルは心得ましたとだけ答えレドルとリジュを引き連れ、部屋の外へと出ていった。
三人が出ていった後もミリーゼは考えに没頭しているためか、変化に気がついた様子もなく先ほどから同じ格好のまま固まっている。
「ミリーゼ」
「……ん。なに?……というより、どうしてエリスリーゼがここに?」
私はミリーゼの考え事を中断させると、今の状況について説明を始めた。
この世界が《魔英伝》そっくりな世界だと思われること、そして私たちの世界での時代より1000年以上未来であること。
他にはこの世界での私たちの体は、その時のアバターでレベルもそのままで強さやスキルも同じだとか。
ミリーゼはそんな私の話しを真剣な目で、ずっと静かに聞いていてくれた。
「これが全部かな。私もこっちに来てまだ一日しかたってないから。」
「そう……」
私が話しを終えるとミリーゼはそう一言だけ言って、私の方に近づいてきた。
ガシッ!
「え?」
あと一歩の距離まで来たミリーゼは小人特有の小さな体を弾丸のように私に突撃してきた。
そして私の体をその小さな体からは想像できないほどの力で抱き締めてくると、小刻みに体を震わせていた。
「あ……」
「あ?」
「愛してる―――――!!! 愛してるわエリスリーゼ!!! お姉さんを呼んでくれて! 本っ当にありがとう!! もう大好き! キスしていい!! ていうかする!!!」
「キャーーー!!? ちょっと! まっ! や、やめてーーー!!!!」
それからしばらくの間ミリーゼと私の攻防が続く。
ようやく攻防が終わりを告げ、冷静さを取り戻した。
「……ごめんなさい」
ミリーゼは私の前で土下座をしながら謝罪をしてきた。
私はさっきの攻防で乱れた息と乱れた服と整えながら、若干引き気味にミリーゼに視線を向けた。
「……お姉さんね向こうの世界では、すっごいオタクでゲームもアニメも漫画も大好きで、いい年してフリーター生活で親ともあんまり関係がよくないの。そんな毎日だからオタクなら誰でも夢見る異世界転生とかトリップとかにすごい憧れてて、でも絶対そんなこと起きないだろうなって思ってたの。だから本当に嬉しくてつい」
ミリーゼはそう言うと、先ほどまでの雰囲気が一変し、今度はそんなことを言ってきた。
「えっと、お、怒らないの? いきなりこんなわけのわからないことに呼ばれて?」
「まさか! 感謝こそすれ怒るなんてとんでもないわ! それにこう見えてお姉さんは順応性が高いのよ。折角呼んでもらったんだから、これからの人生? いえ魔物生かしら?をしっかり楽しく生きていこうと思うの! もしも人間がお姉さんの魔物生を邪魔するなら……潰すわ!」
ミリーゼの決意は固いのか握り拳を作り、天に向かってそう叫んだ。
私はミリーゼの迫力に押され、その言葉にうなずくことしかできなかった。
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・
・
「さて! 次はだれを呼ぶつもりなの?」
「……えっと」
ミリーゼは先ほどまでのしおらしい態度はどこへ行ったのか、楽しそうに目を輝かせながら今度は誰を召喚するのかと聞いて来た。
「ほらほらお姉さんにも教えて!」
私は呆気にとられミリーゼの方を凝視したが、当の本人は私にウインクをしてくるだけだった。
「……とりあえず生産系はミリーゼがいるから、今度は戦闘系のスキルが多い人を呼ぼうと思っているわ。」
なんだかいつまでの呆けている自分が馬鹿らしくなってきた私は、今後の予定についてミリーゼに話して、意見を交換することにした。
「候補はワルタかトマのどっちかにしようと思ってるけど……。」
私はフレンドリストを見ながら二人の名前を上げた。
「う~ん。」
名前を上げた二人はどちらもレベル250台で、戦闘系のスキルも豊富に持っているプレイヤーでよく戦争が始まると自分たちを切り込み隊長だと言っていた。
だが二人の名前を聞いたミリーゼは眉間に指を当て、唸り声を上げながら悩み始めた。
どうやらミリーゼとしては、今名前を上げた二人では納得がいかないようだ。
「ダメかな?」
「ダメじゃないけど……。二人とも戦闘が専門みたいな人よね? お姉さんとしてはそれよりも、攻略wikiに参加しているような情報に詳しくて戦える人がいいと思うわ」
ミリーゼが言ったことに、私は目から鱗とはこのことかと納得した。たしかに今の状況では、ただ戦える人よりもアイテムのドロップなどに詳しい人の方が、私にとっては都合がいい。
「そっか。たしかにここでは攻略wikiなんてもう見れないものね。……でも私、攻略wiki作成に参加している人なんて知らないわよ?」
基本的に攻略wikiを作成している人たちは、ゲームとは違うハンドルネームで作成しているから相当仲がいい人でないと知らないはずだ。
「なら私の知り合いを呼ぶ? 一人だけ今の条件に合う知り合いがいるけど……。」
ミリーゼの言葉に私は考え込んだ。
たしかに私の知り合いには今の条件に合う知り合いはいないが、長く付き合ってきた分信頼がある。
けどミリーゼの知り合いに関しては面識がなく、人柄も分からないことに若干の不安がある。
「その人大丈夫なの?」
「レベルが? それとも性格が?」
「……両方かな?」
「ん~、大丈夫だと思うわよ。割とお節介で初心者を助けてたりもしていたから」
話しを聞く限りでは、かなりのいい人のようだ。
「それじゃあ……お願いできるかしら?」
私はミリーゼに向けてチケットを差し出した。
ミリーゼも頷くと私の手からチケットを受け取り、チケットを前にかざした。
「いくわね。チケット使用。召喚『べんけい』!」
ミリーゼがチケットを使用すると、先ほどと同じように魔法陣が部屋の中央に出現した。
そして光の粒子が中央に集まり、収束していった。
「「っ!」」
部屋に光が充満し、またも私の視界を塗りつぶした。そして光が治まり始めた頃、部屋の中央に新たな人影が浮かび上がってきた。
「お? へ? は?」
部屋に現れたのは180cmくらいの長身の男だった。
男はいきなりの出来事に混乱しているのか、先ほどから意味不明な呟きをしながら辺りをキョロキョロと見回している。だがそんな男の奇行よりも私の視線が集中する場所があった。
「獣人系アバターね」
私の視線が集中しているのは、男の頭上の獣耳と腰のあたりから生えている尻尾だった。
「久しぶりね。べんけい? 元気だったかしら?」
「ミリーゼ? え? なんでミリーゼ? あれ? たしか部屋でコンビニ弁当買っていて……それで」
べんけいと言う名の男はミリーゼの姿を見たことで余計に混乱したのか、首と尻尾を左右に忙しなく動かしている。
「今から説明するから落ち着いて」
ミリーゼはそう言って未だに混乱しているべんけいに落ち着くように言った。
「お、おう」
べんけいも何とか平静を取り戻したのか、耳や尻尾も先ほどよりも動きが落ち着き始めてきた。
そしてミリーゼは私から受けた説明を、べんけいに説明し始めた。その説明を聞いていう間、べんけいは真剣な表情で頷きながら聞いていた。
「マジか?」
「大マジよ」
説明を聞き終えたべんけいはミリーゼに対してそう確認を取ってきた。
その顔には困惑の表情が浮かんでおり、信じられないといった様子のようだ。
「初めまして。俺の名前は……ここが《魔英伝》の世界で、この姿なら……べんけいって呼んでくれ。レベルは290だ」
「よろしくね。べんけい。私はエリスリーゼよ。《魔英伝》時代には一応魔王の一人だったわ。一応レベルは最高の300よ」
何とか状況を飲み込んだべんけいは、私の座っている玉座の近くまで来ると自己紹介をしてきた。私もそれに応じて、自分の名前とゲーム時代魔王だったことを告げる。
「お姉さんも自己紹介する! 私はミリーゼ!よ。見ての通りの小人族。レベルは250で生産なら何でもお姉さんにお任せよ」
一人だけ仲間外れにされているのが嫌だったのか、私たちに対してミリーゼが自己紹介をしてくる。
「「知ってる(わ)」」
「ひどい!? なんだか扱いが雑じゃないかしら!?」
ただミリーゼのことは私もべんけいも知っているため、その自己紹介は一言で済まされた。
「それよりもべんけいのアバターは初めて見るたわね。ライオンの獣人かしら?」
私たちに一蹴されて崩れ落ちたミリーゼを尻目に、私はべんけいの獣耳と尻尾を観察する。《魔英伝》では獣人系アバターはいろいろな種類があったと記憶しているが、ライオンの獣人は初めて見た。
「ああ。獅子の獣人は課金ガチャのシークレットで出た奴だから、あんまり見たことあるやつはいないと思うぞ」
「あら、そうなの?」
なるほど。
課金ガチャでのみ手に入るアバターなら、見たことがないことにも納得できる。しかもシークレットならなおさらだ。
「俺よりもエリスリーゼのアバターの方がレアだろ? それってβ版からやってる奴が正規版に移行するときに、抽選で貰えた激レアアバターだろ? たしかゲーム内でも5種類しかない人形タイプ」
「ええそうよ」
「……いいな~。二人してレアアバターで。所詮お姉さんはただの小人ですよ~だ」
私とべんけいがお互いのアバターについて話し合っていると、先ほどから床に崩れ落ちていたミリーゼがさらに拗ねてしまっていた。