ガラクタ
「姫様。……よろしかったのですか?」
外に持ってきた椅子に座りながら、村のダークエルフたちが荷物をまとめるのを眺めているとロンダルに声を掛けられ、私は気のない返事をした。
「あら、なんのことかしら?」
私が今後について考えていると、ロンダルが先ほどの出来事について聞いてきた。
「先ほどの人間たちのことです。……なぜ見逃したのでしょうか。下手に知られてしまえば、近くの砦から増援が送られてくるかもしれません。」
どうやら私が残りの人間を逃がしたことに納得いかないようだった。とはいえ逃がしたことに関しては、別段考えがあったわけでなく、単に面倒になっただけなのだけど。
「ああ、そのことね。どうせ下っ端の言うことなんて、上の人間は信じないから大丈夫よ」
とりあえず私は適当なことを言って誤魔化した。
「……そんなものでしょうか?」
ロンダルが不安そうに問い返してくるが、私は意外と間違いではないのではないかと思う。この世界の人間がどうなのか、正確なところは分からないが、いきなり魔王が現れたと言われて信じる人間はいないのではないだろうか。
「きっとそうよ。それよりまずはどうやって、城や街を補修するかを考えなきゃいけないわね」
「父上。村の荷物は最低限積み終わりました」
私とロンダルが話し終わるのを見計らっていたのか、タイミングよくレドルから荷積みの終わりの報告が届いた。
「あら、思ったより早かったのね。なら出発しましょうか。ロンダル。」
報告を聞いた私は座っていた椅子を下り、ロンダルに呼びかけた。
「御意です。皆!準備ができたのなら急いで出発するぞ!」
ロンダルの号令により、荷物を積んだ村人は馬を引きながら村を後にした。
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日が傾き始めた頃に、私たちの前方に城が見えてきた。
リジュという少女を追っている時はもっと距離があるような気がしたのだけどと、私が首を傾げているとロンダルが心配そうに私にだけ聞こえるように聞いて来た。
「なにか心配事ですか?」
「違うわ。リジュって子を追ってるときはもっと距離があった気がしただけ。」
私がそう言うとロンダルは一人で納得したようにうなずいた。
「村の者には追われている時は、普段とは違う道を通るように言ってあるのです。おそらくはそのためでしょう」
ロンダルの言葉で私も納得した。たしかに逃げるのに村まで一直線では、村が丸ごと襲われてしまう。
「父上! そろそろ到着します。」
私とロンダルはレドルの声で正面に視線を向けた。
どうやら話している間に到着したようで、門は目の前にあった。
私はロンダルに村人を空いている家に適当に割り振るように伝え、城を目指して一人で進んでいった。
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一人で城に戻った私は、真っ先に宝物庫に向かった。
宝物庫はゲーム時代に共同倉庫として仲間と一緒に使っていたものなので、ひょっとしたら何か役に立つものがないかと考えていた。
「とはいえゲームとは違って、リアルだとごちゃごちゃしてるわね」
私は宝物庫の中に収められていた道具の山を見ながら、どうしようかと悩んでいた。
ゲームならデータの一覧になっているが、リアルだとただの山にしか見えない。
「はぁ~。とりあえず後でロンダルにでも目録でも作って貰おうかしら」
道具の山に近づき適当なところから引っこ抜いてみた。
「……なんでピコピコハンマーがあるのよ。」
確かこれは課金ガチャ限定の武器で、どれだけ叩いても敵のHPに1しかダメージを与えられず、叩くとピコピコ音がするだけのネタ武器の一つ。
ピコッピコッ
私は面倒になってきたので床にしゃがみ込み、手に持ったピコピコハンマーで床を叩きながら、一人愚痴っていた。
「姫様。村人は全員住む家を決めました。……何をなさっているのですか?」
「おぉ、これは」
「すごい」
だらだらとピコピコハンマーで遊んでいると、ロンダルがやってきた。その後ろにはレドルと、何故かリジュがいた。
レドルとリジュは宝物庫の中を見て、感嘆の声を上げていた。
「ん~。なにか使えそうな物があるかな~って思ったんだけどね。探すの面倒になっちゃった」
そう言って私が道具の山を見ると、その視線に釣られてロンダルも道具の山に視線を向けた。
「なるほど。たしかにこれは骨が折れそうですね。」
「あ、あの! わ、わたしはリジュと言います! 先ほどは助けていただいてありがとうございます! わたしにできることなら何でもお手伝いします!」
私とロンダルが道具の山を眺めていると、リジュが突然頭を下げてきた。
「気にしなくていいわよ。……いえ、待って。ならこの道具の山で何か使えそうな物を探すの、手伝ってくれるかしら?」
この山を掘り返すならどうしても人手が欲しい。
「それならば私とレドルもお手伝いしましょう。」
「はい! わかりました! ……あの、ところでどういったものを探せばいいのでしょうか?」
「え? 道具の効果とか見てわからないの?」
道具は視界に入れば、一度入手したことがある物なら効果や名前が見える。
これはさっきピコピコハンマーを手に持った時に、ゲームの時のままであることを確認したから間違いない。それともこれはプレイヤーだけで、NPCにはないのだろうか。
「姫様。それは私にもわかりませんが」
ロンダルがそう言うのだから、おそらくはNPCにはない機能なのだろう。
「……それじゃあ、三人が勘でいいから使えると思ったものを、私に見せてくれる?効果は私が判断するから」
「「「はい」」」
三人は私の言葉を合図に、道具の山を掘り返し始めた。
ガラガラ、ガシャン!
「姫様。こちらを」
最初にロンダルが私に持ってきたのは、剣だった。
「無理ね。あなたたちのレベルだと装備できないわ。」
目の付け所はいいが、装備品には装備レベルがあるためこの宝物庫にある物は、村にいた者たちでは装備できない物が多い。
ロンダルはその言葉を聞くと、すぐに剣を引っ込めて次の道具を探しにいった。
「これはどうですか!」
次はレドルが液体の入った小瓶を持ってきた。
「……あなた好きな色は?」
「は? 色ですか? ……赤でしょうか。」
レドルは私の質問の意図が分からず首を傾げながら、質問に答えた。
「そう」
私は手渡された小瓶の蓋を開けると、レドルの服に向けて中身を掛けた。
「な!? 何をなさるのですか! ……は?」
レドルが突然のことに抗議の声を上げようとしたが、次の瞬間に起こったことに間抜けな声を上げただけだった。
小瓶の中身を掛けられたレドルの服は、ものと黒っぽい服が真っ赤に変わっていた。
「これは服の色を変える薬よ。特に役には立たないわ」
私がそう言って空になった瓶を放り投げるとレドルはとぼとぼと色の変わった服を見ながら、道具の山に戻っていった。
「お姫様! これはどうですか?」
次はリジュがやってきた。
リジュの手の中には豪華な箱があった。
「開けてみなさい。」
「え? あの、いいんですか?」
私の言葉にリジュは戸惑いながらも、箱の蓋を開けた。
ボフン
「きゃあ!?な、なんですか!?」
箱を開けた瞬間、リジュは煙に包まれ慌てていた。
煙が晴れると、そこには先ほどまでの少女のリジュではなく、成長したリジュの姿があった。
「それは玉手箱。開けると30分間大人になるだけよ」
ハズレを引いたが、リジュは大人になった自分の姿を嬉しそうに見ながら戻っていった。
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そんなやり取りがしばらく続いたが、役に立ちそうなものはあまり出てこなかった。
元々がレベル200越えの仲間内で使っていた倉庫なので、装備に関してはほぼ装備不可。
仮に装備できても、ほとんどが課金ガチャのネタ装備でピコピコハンマーのように実用性が無い物ばかりだった。
「はぁ~。次は?」
そろそろ飽きてきた私は、次で最後にしようと考えていた。
「あの、これなんですけど……」
とっくに30分が過ぎ、元の姿に戻ったリジュがおずおずと差し出してきた。
私はリジュが持ってきた紙切れを見た瞬間、身を乗り出した。
「リジュ。それは紙切れではないか」
隣にいたレドルが呆れながらそう言った。
「……やっぱりそうですよね」
どうやらリジュも破れかぶれになってこれを持ってきたようだが、私はリジュの手からそれを受け取ると笑みを浮かべた。
リジュが見つけてきたものは、フレンド登録が一定数を超えると貰えるフレンド召喚チケットだった。
「リジュ。よくやったわ」
これを使えばひょっとしたら、ゲーム時代の仲間をこっちに連れてこれるかもしれない。
私は誰を巻き込んでやろうかと、悪い笑みを浮かべながらログアウト表示のフレンドリストを目で追っていった。