番外〜戦争前の一息〜
明けましておめでとうございます。
戦争が始まる少し前、エリスリーゼ達が戦争に向けての準備を進めていた頃にその事件?は起きた。
何やら周囲が慌ただしく動く中、ナハティアへ手紙を届けに行っていたトリトンが余計な物を見つけてきてしまった事が始まりだった。
「皆ー! スッゴイ面白い物見つけました! 買ってきました!」
エリスリーゼにミリーゼ、そしてべんけいが宝物庫から戦争に役立ちそうな武具やアイテムのピックアップに勤しんでいた部屋に、大声とそれを持ってトリトンが突撃してきた。
「面白い物ですか?」
「なになに〜?」
エリスリーゼとミリーゼは興味深そうトリトンの方へ寄っていく。
べんけいは興味はあるがやる事が多いため、頭上の耳だけトリトンの方に傾けている。
「じゃじゃーん!」
全員が興味を持ったと確信したトリトンは満面の笑みを浮かべながら、包みからそれを取り出した。
「「本?」」
それは絵本だが、エリスリーゼ達は少し困惑した表情になっている。
この城にも本はあるが殆どが魔法書で百科事典並みに分厚いため、それと比べてかなり薄い絵本に違和感を覚えていた。
「これは絵本です!」
トリトンの言葉で全員が納得した。絵本ならその厚さにも納得ができる。ただどうして彼が絵本を買ってきたのかという疑問が出てきた。
「それの何が面白いのですか?」
エリスリーゼがそう尋ねると、トリトンは笑みを深めた。その表情は見る者に悪戯小僧を連想させる笑みだ。
「ミリーゼ! エリスリーゼを押さえて!」
「はい〜?」
イントネーションは疑問形のはずが、トリトンの指示通りに動く彼女も大分いい性格をしていると言えるだろう。
何やら嫌な予感がしたエリスリーゼだが、一歩ミリーゼの方が早く動き出したためミリーゼに羽交締めにされてしまった。
「ミ、ミリーゼ! 離してください! 何故かとてつもなく嫌な感じがします。具体的に言うと机の引き出しに隠していた黒歴史を親に見つかった様な感じです!」
「え〜ダメ〜」
エリスリーゼの慌てぶりがツボに入ったのか、ニヨニヨと笑みを浮かべならしっかりと押さえ込む。おまけとばかりに《封印薬》足元にぶち撒けた。
《封印薬》は浴びた対象の魔法やスキルの使用を封印するアイテムだ。本来は相手のレベルが高ければ高い程成功率は低くなり、エリスリーゼクラスならまず成功しない。だが今回は運悪く、又は運良く成功してしまった。
「べんけい助けて下さい!」
最後の砦となるべんけいに助けを求めたエリスリーゼだったが、彼の姿を見て絶望した。
自分は今書類整理で忙しいという様に書棚に向き合っているのに、耳だけはしっかりとこちらを向いていたのだ。その姿を見て助ける気がない事がよくわかる。
エリスリーゼ達をよく助けているべんけいではあるが、元々ゲームでトップクラスのプレイヤーなのだ楽しいや楽しそうが嫌いなわけがない。今回は面白そうなので見て見ぬフリの立ち位置と決めたようだ。
「うら、裏切りましたね! べんけい!」
「あぁ、忙しいな」
エリスリーゼの言葉に耳をぺたんと畳んで答えた。
「それで〜結局その絵本は〜何なの〜?」
「ふっふっふ! では! トリトン朗読会の始まり始まり!」
『昔々、あるところに1人の少女がいました』
『白銀の髪、可愛らしい顔に紫色の綺麗な瞳。その少女はとてもとても可愛らしく美しい少女でした』
『その少女は特別なことをするでもなく、ただただみんなと共に笑って暮らしていました。そんなある日、少女の住む近くで二人の王様が戦争を起こしました』
『いっぱいいっぱい人が戦って、傷付きあっていました』
『みんな痛くて苦しいのに、戦いは終わりません。そんな戦いを見かねた少女が、冥界の女神様におねがいしました』
―――私に戦争を終わらせる力をください。
トリトンがそこまで読み上げると、エリスリーゼが叫び声を上げた。
「ぎにゃーーーーーーーーーー!!!!??」
「お〜これって〜人形姫エリスリーゼ様の〜紹介文が元だよね〜?」
エリスリーゼが叫び声を上げた理由と絵本の内容に察しがついたミリーゼがニヤニヤしながらそう言った。
「確か〜魔王の紹介文って〜自分で考えるか〜、運営のライターさんに依頼するかの〜どっちかだよね〜? エリスリーゼ様は〜どっちかな〜?」
「待って! 待って! 聞いて! 聞いて下さい! 魔王就任だったんです! 三徹だったんですよ! 休みなら普通ですよね!?」
意訳すると魔王就任のイベントでテンションが上がってた上に、三徹目でテンションがおかしかった時に勢いで書いて応募してしまったという事らしい。
「続きです!」
「ちょっと!? やめてーーーーー!!! むぐっ!?」
エリスリーゼの叫びも虚しく、ミリーゼが手で口を塞ぎトリトン朗読会の続きが始まった。
『女神様は最初、とてもお怒りになりました。ただの人間が力を求めるなど何事か……』
『それでも少女は戦争を終わらせ、またみんなと笑って暮らすために何度も、何度も女神様にお願いしました』
『そしてあまりに挫けない少女に、女神様のほうが先に挫けてしまいました』
―――ならばお前の両腕を寄越せ。それに見合った力をやろう。
『少女は躊躇いもなく両腕を差し出しました。そしてその力で戦争を終わらせました。ただ、少女の両腕は戻ってきません。戦争を終わらせてくれた少女に感謝した二人の王様が、それぞれ少女に両腕の代わりとなる人形の腕を贈りました』
『戦争が終わってからしばらくすると、今度は別の二人の王様が戦争を始めました』
『またみんなが傷付き、哀しみあっていました』
『少女は再び戦争を止めるために女神からもらった力を振いました』
『でも今回の戦争はそれだけでは止まりませんでした』
―――女神様。私に戦争を終わらせる新たな力をください。
『少女は再び女神様の元を訪れました。少女の挫けない心を知っている女神様は、今度はすんなりと力を与える条件を教えました』
―――ならばお前の両脚を寄越せ。それに見合った力をやろう。
『少女は躊躇いなく両脚を差し出しました。そしてその力で戦争を終わらせました。ただ、少女の両脚は戻ってきません。戦争を終わらせてくれた少女に感謝した二人の王様が、それぞれ少女に両脚の代わりとなる人形の脚を贈りました』
『少女は両腕と両脚を失いましたが、それでも戦争がなくなりみんなが笑って暮らせる光景に満足していました』
『そんなある日、勇者と名乗る人間がやってきました』
『勇者はみんなをバッタバッタと倒していきます。4人の王様たちは手を取り合って勇者に立ち向かいましたが、全く歯が立ちませんでした』
『その光景に大きな悲しみを感じた少女は再び女神様の元を訪れました』
―――私の全てを差し出します。ですから勇者に立ち向かえる力をください。
『少女の願いに女神様は力を授けました。そして最後にこう言いました』
―――お前が勇者を倒した時、お前の全てはなくなるだろう。逃げても誰もお前を責めはしない。
『それでも少女は逃げることなく勇者に立ち向かいました』
『そして少女は勇者を倒すことができました』
『4人の王様も、みんなも少女にとても感謝しました。そして少女が消えてしまう前に、4人の王様とみんなは力を合わせて少女の全てに代わる人形を作りました』
『髪は銀月の光から造り、瞳は紫水晶で造り、顔は少女と見分けがつかないくらいそっくりに造りました』
―――約束の時間だ。お前の全てを貰っていく。
『そしてとうとう約束の時間が訪れました』
『4人の王様とみんなは女神様にお願いしました』
―――私たちの国の宝を差し上げます。どうか少女の魂だけは持っていかないでください。
『4人の王様の願いとみんなの願いに、女神様は少女の魂だけは諦めました』
『そして少女の魂は少女そっくりに造られた人形へと入り、末永くみんなが笑って暮らす大地を見守っていきました』
そうしてトリトン朗読会が終了した。
「…………」
朗読会の終了と共にエリスリーゼの中で何かが終わった音がした気がする。
「良いお話だったね〜」
ミリーゼがそう言いながらエリスリーゼを解放した。そしてエリスリーゼはそのまま床に座り込もうとし……
「何とこれ! この近辺の国では一番有名な絵本らしいです!」
トリトンの追い討ちによって座るを通り越して、そのままうつ伏せに突っ伏した。
「……ぃっそころぉしぃてぇ」
弱々しくそう言ってピクリとも動かなくなってしまった。
その様子を見てミリーゼは心配そうにしながらもニヨニヨと笑みを浮かべ、べんけいは相変わらず書棚に向かい合っているが肩が震えている。そして元凶のトリトンは大爆笑である。
「……ふっふふふ、来なさい《無数の悪》」
エリスリーゼが不気味な嗤い声を上げながら、自身の最強装備である《無数の悪》を取り出しゆらりと立ち上がった。
「ふふフフフ! こ、ころぉす皆殺しィイイ!!!」
「わー!!! 危ないです! それは本当に危ないです!」
「エリスリーゼ〜落ち着いて〜! べんけいも止めって、べんけいいない〜!?」
二人が慌ててエリスリーゼを止めようとし、ミリーゼが助けを求めた先にすでにべんけいは居らず、いつの間にか開いた窓からそよ風が入り込んでいた。
「「ぎゃーーーーーー!!」」
その後、爆発音と共に場内には二人の悲鳴が木霊した。
暫くしてべんけいの部屋からも爆発音と悲鳴が木霊することとなった。
ちょっと復活してきました。今年一年よろしくお願いします。




