動揺
年内に何とかもう一話投稿できました。
《蔓延る恐怖》の発動によって敵軍の中に恐慌の状態異常になった者たちが増えていく。ここまでは私の予想通りだ。
ただ、ここから先は私の予想を斜め上へ超えて行ってしまった。いや、私の考えが甘かったといったほうがいいかもしれない。
ゲームでは《蔓延る恐怖》は対象を恐慌状態にし、対象が組したパーティーに感染する呪い。それだけの効果しかないく、プレイヤーやNPCの場合は指示を聞かなくなるだけ。
私としてはそれで指揮系統が混乱すればいいという軽い気持ちだった。だが現実に恐慌状態が起こると、そこには地獄絵図が広がっていた。
恐慌状態になった者の多くが錯乱したままに周囲を切りつける者。
危険を感じて恐慌状態の者を取り押さえたり、逆に切り伏せる者。
その光景を見て疑心暗鬼になり恐怖の表情を浮かべているだけの者を排除しようとする者。
混乱に乗じて散り散りに逃げる者
破れかぶれでまさに必死形相でこちらの軍に突撃してくる者。
etc……
「……これは少々まずいですね」
思わず私はそう呟いてしまった。
敵軍が混乱する分にはまだいいのだが、どうにも混乱の規模が大きすぎこちらの軍にまで影響が出ている。特に士気が低いヴァンパイアたちの部隊が及び腰になり、所々で足を止めている部隊が表れ始めているのが見て取れる。
こちらの足が止まっても地獄絵図と化した敵軍の動きは止まらないどころか加速度的に動きが大きくなっている。
今はこちらの軍に突撃してくる敵も少数ではあるため対処は問題ないが、何かの拍子に止まっているヴァンパイア部隊が標的になってしまえば、そこに敵が雪崩れ込んで被害が大きくなってしまいそうだ。
「エリスリーゼ~、これはちょっとまずいよ~。このままだと敵軍どころか~こっちの軍も地獄絵図になっちゃうよ~」
どうやらミリーゼも私と同じ考えに至ったようで、その表情は先ほど花火を打ったときとは違い陰がさしている。
「ええ、そうですね。体制を整えたいところですが、今撤退してしまうと敵がこちらに雪崩れ込んでくる可能性が高そうなので撤退はできません。まあ、べんけいとトリトンが突撃していますから負けることはありえないでしょうが、そうするとヴァンパイア側に被害が大きくなってしまいそうですし……」
私は頭をフル回転させてこの後の作戦を考え始めるが良い案が浮かばない。
そもそも大人数の混乱がここまで無秩序な動きになると想像すらできなかった私が、その先をうまく想像し対処できるとは思えない。
(うーん……とりあえずロンダルとクライスの意見を聴いてみましょう)
二人とも規模は違っていても里や国をまとめていた者だ。現実では一学生でしかなかった私などよりも良い考えが浮かぶはず。
「誰か、ロンダルとクライスに伝令を。私が呼んでいると伝えてください。それとミリーゼ、こちらの軍が被害を受けた場合はどの程度まで治療が可能ですか」
私の指示で伝令役が走っていたことを確認しミリーゼに視線を向ける。
「どの程度っていうと~、人数? それとも怪我の度合い~?」
「両方ですね。下手をすると当初の予想より重傷者の数が増えそうなので、あらかじめ治療可能な人数を把握しておきたいと思います。ああ、蘇生は考えなくていいですよ。どう考えても全員の蘇生は無理なので、後々の面倒ごとになりそうですから」
その質問にミリーゼが少し考えながら答えた。
「ん~、今の回復薬やアイテムだと~欠損込みでの完全回復は5000人くらいかな~。欠損無視での回復なら~その3~5倍くらいね~。それで~死ななければいいだけなら~全員可能かな~」
「回復系のアイテムの在庫が城にそれほどあったでしょうか?」
思っていたよりも回復系のアイテムが充実していることに首を傾げた。
基本的に私はデバフ主体の魔法職の上に、種族がアンデットのため回復系アイテムはダメージにしかならないため城に回復系のアイテムを置いていた記憶がない。
そしてミリーゼも基本的に戦闘よりも生産メインにプレイしていたため、それほど回復系のアイテムを必要としていなかったはずだ。トリトンやべんけいについてはわからないが、回復系アイテムを収集しているようには思えない。
「あはは~これはね~、薬系はダークエルフのみんなが~一生懸命材料を集めてくれたんだよ~。それを私が~頑張って調合したんだ~。それでアイテム系は~ヴァンパイアの国に行ったとき~第一王女様にいろいろ融通してもらったんだ~」
私の疑問にミリーゼがそう答えた。
「私が知らないところで皆さんいろいろと動いてくれていたのですね。こういった場合は、帰ったら褒賞を与えた方が良さそうですね」
「そうだね~みんな頑張ってくれたからね~」
ミリーゼの話を聞いて少し和んでいると足音が近づいてきた。そちらを振り向くと先ほど走っていった伝令たちに案内され、ロンダルとクライス。そしてクライス後ろに付き従う大柄で全身鎧を着こんだ男がやってきた。
「ミリーゼ、あの大柄な男性に見覚えがありますか?」
「ん~? なんだか見たような~見てないような~?」
見覚えがないのに見覚えがあるという男性に二人で首を傾げている間に彼らが私の下にたどり着いた。どういうわけかその男性を目にしてから周囲の兵士たちが警戒の色を強くしている。
「エリスリーゼ様、お呼びとのことですが」
ロンダルは私の前まで来るとそう言って跪く。クライス達も一緒に跪く。
「ええ、少し二人に聞きたいことがありまして。それより、そちらの男性はどなたですか?」
そう尋ねるとクライスが顔を上げて答えた。
「本来戦場で面識のないものをエリスリーゼ様の御前に連れてくるべきではないのですが、おそらくはこの戦場の混乱についての問いだと思い、独断となりますが私が最も信頼する騎士を一人連れてまいりました。独断での罰は後程私がお受けいたします」
そこまで言われてようやく周囲の兵士たちが警戒していた理由が私にも理解できた。
(ああ、戦場で知らない人が来たら暗殺とかの可能性があるのね)
とはいえ私自身が何の警戒もしていないし、仮にこの男性が敵となってもおそらく私に傷一つ付けられないだろう。見たところ装備もレベルも前にヴァンパイアの国で見た騎士団長より低そうだ。
「ん? ひょっとして彼は……」
ヴァンパイアの国でのことを思い出した時、私の記憶にある騎士団長と目の前の男性が重なって見えた。
「はい。エリスリーゼ様のご想像の通り、この者は騎士団長ガルドの孫で名はディアス・リージュ。私の幼馴染でもあり、もっとも信頼する騎士です。ディアス」
「はい、自分はナハティア騎士団の末席に名を連ねるディアス・リージュと申します。このような形とはいえ、人形姫様であらせられるエリスリーゼ様の御尊顔を拝したこと大変光栄に思います。この度はクライス様に要請されこの軍議に参加するために参上いたしました」
私とミリーゼは顔を見合わせた。お互い何を言いたいのかその表情だけでよくわかる。
((固い!))
ディアスと名乗った男性の印象はその一言に尽きる。
確かに他の騎士などにも挨拶されたこともあるし、話し方なども似たような話し方だったがここまで固い印象は受けなかった。
「まあ、私は気にしていないので罰などは与えません。自己紹介も終わったことですし、軍議とまでは言いませんが、この混乱状態いついて相談があります。混乱の規模が予想よりも大きくなっています。これ以上広がると収拾が付かなくなりそうなのですが、何かいい案はありませんか?」
丸投げと言っていい問いかけに、ロンダルがとても困った表情を浮かべている。対してクライスは表情こそ変えてはいないが、口を噤んだまま何も答えようとはしなかった。
(流石に無茶振りが過ぎたかしら?)
「僭越ながら発言よろしいでしょうか」
そう考えているとディアスが声を上げた。
「構いませんよ」
彼の問いにそう答えると、姿勢もそのままにいくつか質問を口にしてきた。
「まず人形姫様の下には参謀などは居られないのでしょうか?」
「参謀ですか? 居ませんね。強いて言うならべんけいが参謀でしょうか」
その答えにディアスが首を傾げる。
「べんけい殿は地位としては将軍とお聞きしておりますが……」
「ええ、そうですよ。べんけいには軍に関して殆ど全て任せてます」
「全て、とは?」
全ては全てだ。
部隊の編成に兵士の訓練。
物資の確保や補給について。
後は作戦立案に実際の指示。他にも細かい事を色々だ。
物資の確保や補給についてはある程度の読み書き計算が出来る者に任せていると聞いたが、現物の確認や他の作業は自分でやっていると言っていた。
改めて考えるとべんけいの仕事がブラック過ぎた。
「……帰ったらべんけいに休みを与えましょう」
「そうだね〜」
あまりのブラックにミリーゼまで引き気味だ。とはいえ私の国はあいも変わらず人材不足だ。
「恐れながら申し上げます。なぜクライス様に事前にご相談されなかったのでしょうか? クライス様経由であれば、いくらでも軍務の者をお貸しできました。そうすれば失敗した場合や今回の様な不測の事態を予期することも……」
そうは言われてもヴァンパイアから人を借りても、ナハティアでの一件を考えるとべんけい的には信用するのにはまだ時間が必要なのだろう。
「……信用が足りないまでも、せめてこの様な大魔法をお使いになられるなら一言事前にお教えくだされば」
「夜になるのですから不都合はないのでは?」
私はディアスの言っている意味が分からず首を傾げて尋ねる。
ディアスが悔しそうな表情を一瞬浮かべ、何かを言おうとしたがクライスに制された。そして続きをクライスが引き継ぐ。
「エリスリーゼ様。確かに我らは夜に属する者です。ですが同時に《人》なのです。昼が夜になるなど誰も考えもしません。それは天地がひっくり返る事と同義です。その様な天変地異を目の前にしては、昼か夜かなど関係なく動揺するのは当然ではありませんか」
そこまで言われてようやく私も理解できた。要は昼だろうが夜だろうが大地震が来れば混乱するのと同じ状況なのだ。
「そうですね。天変地異が起きたら昼も夜も関係ないですね。すいません、今回はこちらの考えが足りていませんでした」
素直に謝罪するとクライス達が幾分か驚いていた。とはいえ今の私が謝罪したところで状況は変わらない。そしてクライス達の心情を聞いて自分が思っている以上にヴァンパイアが動揺している事を確信できた。なおのこと良案が必要となってくる。
「それで最初の問いの戻りますが、何か良案はありますか? 私の想像よりもヴァンパイア側の動揺が大きいなら打開策が必要なはずです」
クライスは決意の表情を浮かべて私の眼を見ている。
その表情は案がある事を物語っている。
「あります。エリスリーゼ様の軍が動揺していないのは何故ですか? いくら事前に聞かされたとしても、天変地異を前にすれば動揺するのが普通です。ですがそちらには動揺が見られません。……エリスリーゼ様は何故だとお思いですか?」
言われてみればその通りだけど、思い当たる節がない。
ヴァンパイアよりも付き合いが長いからかと思ったが、そこまで大きくズレてもいないはず。なら理由はなんだろう。
「人は不安な時ほど他者を見ます。そこに同じような動揺を感じれば、さらに不安になってしまいます。特に周囲に敵が居る戦場では尚更です。ですが逆に不安など感じない強さを持った人の背を見れば、自然とついて行こうと考えるのです」
武力、カリスマ、魅力何でもいいとクライスは言いながら立ち上がった。
「要するに旗印が必要なのですね。それもヴァンパイアにとっての旗が」
私の言葉にクライスは頷いて肯定の意を示した。
「はい。そしてこの戦場でヴァンパイアの旗に最も相応しいのは私をおいて居りません」
その答えは当然だが、大砲まで持ち出された戦場に王族が出ていくのはどうなのだろうか。
私達クラスのプレーヤーなら何の問題も無いが、クライス程度は死ぬ可能性もある。だからこその決意を固めた表情をしていたのだろう。
(まあ、死なれたら困るので何か防具かアイテムでも渡しますか。何か丁度いいものは……)
少し考えながらアイテムを探していると丁度いい物があった。
「クライス。貴方にこれを渡して置きます。それが有れば万が一はあり得ないはずです。3回、この回数を覚えておいてください」
そう言って私はクライスに木彫りの人形を渡した。見た目は木彫りの人形だが、これはアンデット種のみが作れるかなりレアなアイテムだ。
その名も《身代わり人形》だ。
名前から分かる様に装備者の死亡判定を代わりに受けてくれるアイテム。ただし作るには瀕死のモンスターやNPCから『魂食い』や『魂強奪』で魂というアイテム?を奪う必要がある上に、1つ作るのに100個の魂が必要になる。
(おまけに効果範囲は単体ですし、成功率も低くて地味な作業で疲れるんですよね)
これを作ってストックを貯めていた時のことを思い出すと自然とため息が出そうになってします。
「これは?」
クライスは眉を潜めながら人形を受け取る。
普通なら強力な武器や防具を渡す場面なのだろうが、残念な事に私の所持する武具だとLVが足りずクライスが装備できない。
「これには私の力が込められています。何かあったら必ず貴方を守ってくれるお守りです」
戸惑っている所を見るにクライス達はこの《身代わり人形》の効果や外見について知らないのだろう。
今から説明してもクライスが信じる事ができるか分からない。それならいっそ私のネームバリューで押し切ることにした。
「ありがとうございます。エリスリーゼ様の御力があれば、きっと勝利を掴んで参ります」
私の力が込められていると聞いて、驚愕の表情を浮かべながらも礼を述べる。そして《身代わり人形》を握り締めながら戦場へと向かっていった。
今回は携帯から慣れないため、いつも以上に誤字脱字が多いと思います。申し訳ありません。




