番外 ~ロンダルの願い~
もっとロンダルの出番を。
という声があったので、2話「見つけた」のロンダルさんの番外を書いてみました。
早朝。
まだ誰も目を覚ましていないような時間帯。そんな時間であるにもかかわらず、一人のダークエルフの老人が仕事を始めていた。
その老人の名はロンダル。
「今日は卵が多く取れたの。朝食は卵を……いや、それよりも果物を中心に……」
彼の朝最初の仕事、それは息子であるレドルを含めた若い衆に朝食を用意することだ。本来なら村長が行うような仕事ではないのだが、誰が何を言おうとロンダルがこの仕事を止めることはなかった。
一度、息子であるレドルがなぜ村長がそんな下っ端みたいなことをするのかと問い詰めたことがある。
「これが儂にとって、唯一昔と変わらないことなのさ」
と、酷く悲しそうで、それでいて懐かしむような表情でそう答えた。
レドルにとってはその言葉の意味はまったく理解不能であったが、その表情をしているときのロンダルの目には決意というよりも覚悟の色が浮かんでいて、幼いながらもレドルは止めることが不可能なのだと悟った。
そんなロンダルのいつもの日常風景。だがその日、ロンダルにとっては忘れられない日となった。
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ロンダルは朝の仕事を終えると、まだ幼い子供たちを集めて計算や文字などを教えていた。
そしてちょうど文字の勉強をしているとき、一人のダークエルフの少女が古く草臥れた絵本をロンダルに差し出した。
「そんちょ。よんで~」
「なんのごほん?」
「うっわ~、ぼろぼろだ~」
少女が見たことのない絵本をもっていたことで、家の中にいた子供たちは全員が興味津々といった表情で少女の周りに集まってきた。
「ほっほっほ、どれを読めばいいのかな?」
そんな子供たちを慈しむ視線で眺めながら、ロンダルは少女から一冊の絵本を受け取った。
「……」
いつもなら絵本を受け取るとすぐに読み始めてくれるロンダルが、その絵本を受け取った瞬間に硬直してしまった。
その態度を不思議に思った子供たちは首を傾げながらロンダルの服を摘まみ、クイクイと引っ張る。早く読んでくれという催促だ。
「あ、ああ。すまないね。今読むよ。……『人形姫』」
ロンダルはその絵本のタイトルを口にした瞬間、どうしようもなく懐かしさがこみ上げてきた。
『昔々、あるところに1人の少女がいました』
『白銀の髪、可愛らしい顔に紫色の綺麗な瞳。そのは少女はとてもとても可愛らしく美しい少女でした』
絵本に描かれている古ぼけた、それでいて可愛らしい人形の絵。それを見てロンダルは、今は主がいない寂しく寂れた城のある方角を見た。
『その少女は特別なことをするでもなく、ただただみんなと共に笑って暮らしていました。そんなある日、少女の住む近くで二人の王様が戦争を起こしました』
『いっぱいいっぱい人が戦って、傷付きあっていました』
『みんな痛くて苦しいのに、戦いは終わりません。そんな戦いを見かねた少女が、冥界の女神様におねがいしました』
―――私に戦争を終わらせる力をください。
『女神様は最初、とてもお怒りになりました。ただの人間が力を求めるなど何事か……』
『それでも少女は戦争を終わらせ、またみんなと笑って暮らすために何度も、何度も女神様にお願いしました』
『そしてあまりに挫けない少女に、女神様のほうが先に挫けてしまいました』
―――ならばお前の両腕を寄越せ。それに見合った力をやろう。
『少女は躊躇いもなく両腕を差し出しました。そしてその力で戦争を終わらせました。ただ、少女の両腕は戻ってきません。戦争を終わらせてくれた少女に感謝した二人の王様が、それぞれ少女に両腕の代わりとなる人形の腕を贈りました』
ここまで読み進めたロンダルが一息入れて子供たちを見る。
子供たちは女の子が可哀そうだ。
王様が悪いんだ。
と、声を上げている。
中にはあんまりな内容に涙を貯めている女の子までいる。だが続きが気になるのか、また子供たちがロンダルの服を引っ張り始める。
それに応えるようにロンダルは絵本の続きを読み始めた。
『戦争が終わってからしばらくすると、今度は別の二人の王様が戦争を始めました』
『またみんなが傷付き、哀しみあっていました』
『少女は再び戦争を止めるために女神からもらった力を振いました』
『でも今回の戦争はそれだけでは止まりませんでした』
―――女神様。私に戦争を終わらせる新たな力をください。
『少女は再び女神様の元を訪れました。少女の挫けない心を知っている女神様は、今度はすんなりと力を与える条件を教えました』
―――ならばお前の両脚を寄越せ。それに見合った力をやろう。
『少女は躊躇いなく両脚を差し出しました。そしてその力で戦争を終わらせました。ただ、少女の両脚は戻ってきません。戦争を終わらせてくれた少女に感謝した二人の王様が、それぞれ少女に両脚の代わりとなる人形の脚を贈りました』
『少女は両腕と両脚を失いましたが、それでも戦争がなくなりみんなが笑って暮らせる光景に満足していました』
『そんなある日、勇者と名乗る人間がやってきました』
『勇者はみんなをバッタバッタと倒していきます。4人の王様たちは手を取り合って勇者に立ち向かいましたが、全く歯が立ちませんでした』
『その光景に大きな悲しみを感じた少女は再び女神様の元を訪れました』
―――私の全てを差し出します。ですから勇者に立ち向かえる力をください。
『少女の願いに女神様は力を授けました。そして最後にこう言いました』
―――お前が勇者を倒した時、お前の全てはなくなるだろう。逃げても誰もお前を責めはしない。
『それでも少女は逃げることなく勇者に立ち向かいました』
『そして少女は勇者を倒すことができました』
『4人の王様も、みんなも少女にとても感謝しました。そして少女が消えてしまう前に、4人の王様とみんなは力を合わせて少女の全てに代わる人形を作りました』
『髪は銀月の光から造り、瞳は紫水晶で造り、顔は少女と見分けがつかないくらいそっくりに造りました』
―――約束の時間だ。お前の全てを貰っていく。
『そしてとうとう約束の時間が訪れました』
『4人の王様とみんなは女神様にお願いしました』
―――私たちの国の宝を差し上げます。どうか少女の魂だけは持っていかないでください。
『4人の王様の願いとみんなの願いに、女神様は少女の魂だけは諦めました』
『そして少女の魂は少女そっくりに造られた人形へと入り、末永くみんなが笑って暮らす大地を見守っていきました』
ロンダルはその絵本を読みを得ると、静かに息を吐いた。
(エリスリーゼ様)
この絵本はかつてのロンダルと同じく、城に勤めていた者が書いた絵本だ。作者とは友人であったが、彼の者は寿命が短い種族であったため、ロンダルよりも先にこの世を去ったが、この絵本を読む限りもう一度かの魔王に会いたいと願ったに違いない、とロンダルには友の気持ちが痛いほど良くわかった。
「にんぎょうのおひめさま、よかったね~」
子供たちは無邪気に笑い合って、先ほどの絵本の内容を話している。子供にとっては最後にみんなと居られた人形姫は幸せだったのだろう。
だがこの絵本は人形姫がみんなと居られて幸せなのではない。その逆なのだとロンダルは思っている。
(みんなが人形姫と一緒に居られるから幸せなんだ)
ロンダルは再び誰もいなくなった城の方角へと視線を向ける。
「ん?」
ちょうどそのとき薬師の孫であるリジュが血相を変えて家に駆け込んでいった。遠目ではあったが、その表情が普通ではないことが分かった。
「今日はここまでだね。みんなおかえり」
ロンダルが促すと、子供たちは一塊になってそれぞれの家に帰っていった。それを見送ったロンダルはリジュの家へと向かう。
リジュの家に入ると、彼女が祖母に抱き着いていた。
「おや? 婆さんに甘えるとは……リジュもまだまだ子供だのう。どうしたんじゃ? まさか魔物でもでたんか? かっかっかっ」
リジュの緊張をほぐすためにロンダルはそんな冗談を口にする。
ロンダルの声に反応してリジュが振り返る。その顔には驚きや恐怖といった表情が見て取れた。
「そ、村長! あの! 大変なんです!」
「これこれ、落ち着かんか」
「そうそう、いったいどうしたの?」
ロンダルとリジュの祖母が落ち着くように宥めるが、あまり効果がない。そしてロンダルにとって聞き逃せない言葉がリジュの口から出てきた。
「こ、古都のお城から女の子が出てきたの。すっごく綺麗で女神様みたいなのに、でも見ているとなんだかとっても怖くなって……私、急いで逃げて……」
古都の城から出てくる女の子。
先ほど読んだばかりの絵本の内容も相まって、ロンダルの頭には一人の少女の姿が思い浮かんだ。
「リジュよ。その少女はどういう容姿じゃった!」
気が付けばロンダルは自制が効かなくなり、リジュの肩を力いっぱい握っていた。
「そ、村長、あの痛いです」
「お、おお。す、すまぬ」
リジュに痛みを訴えられてようやく正気に戻ったロンダルだが、心の中はかつてないほど動揺している。
「それで、そ、その女の子は……」
少女の容姿についてリジュが語ろうとしたとき、ロンダルの耳には全く別の声が飛び込んできた。
「うふふ、見つけた」
たった一言。
本当にそれだけの言葉だ。それなのにロンダルは目からは涙が溢れてきた。
忘れたことなど一度もない。
今でも目を閉じれば、あの懐かしき日々とそれを統べる王の姿がはっきりと思い出せる。そんなロンダルだからこそ、この声を忘れるわけがない。
振り返ったその先にはロンダルの記憶と寸分たがわぬ姿があった。
(ああ、友よ。見ているか?)
あの絵本が今日、この日に自分の目の前に現れたのは、きっと友がこの再会を自分に教えるためだったのだ。ロンダルはそんな気がしてならなかった。
余談だが、後日この絵本の存在を知ったエリスリーゼは変な呻き声をあげながら悶絶し、ミリーゼ、トリトン、べんけいの3人は大爆笑したという。
絵本風に書こうと思いましたが、難しすぎて雑になってしまいました。
あくまでこの絵本の内容はロンダル達のようなNPCから見たエリスリーゼ像です。
絵本の登場人物は特にストーリーとは関係ありません。




