宣言
「うふふ、見つけた。」
森を駆け抜けて逃げた少女に追いつくと、そこには小さな村があった。
村はとても簡素であったが、城とは違い人が生活を続けている温かさが感じられた。
私がそうやって周囲を見回していると、村にある家から次々とダークエルフが出てきた。
(へ~、ここはダークエルフの村なのね。)
まさかリアルにダークエルフを見られるとは思ってもいなかったので、かなり感動していた。
だが家から出てきたダークエルフたちは、どういうわけかみんな武器を手にしピリピリと殺気立っていた。
どうやら今の私は招かれざる客らしい。
(う~ん。困ったわね。)
村人たちが私を見る目がかなりヤバい。
これでは話を聞くこともできないのではと、心配していると人垣の中からダークエルフのイケメン青年が前へ出てきた。
「何者だ! ここに何の用だ!」
どうやらこの村のリーダー格らしく、代表して私に質問してきた。
「ん? ん~?」
なんと答えようかと考えていた私は、ダークエルフの青年を見て眉をひそめた。
なんというかどこかで見たことがある気がするのだ。
私が凝視しているのに気がついたのか、青年も怪訝な顔をして身構えた。だが体は先ほどの少女と同じように震えている。おそらく本能的に私とのレベルの差を感じているのだろう。よく見ると、私を囲んでいる全員が体を震えさせていた。
「な、なんだ。俺になにか用でもあるのか!」
そう虚勢を張るために叫びながら青年は武器を構えた。
その武器を見て、私はその青年の顔を思い出した。
「あなた……ひょっとしてロンダルかしら?」
ロンダルはゲーム時代の仲間が、課金アイテムで作成した拠点防衛NPCの一人でそいつの趣味でかなりのイケメンに作られていた。
当時はそのおかげで仲間うちの男たちに、「ロンダル爆発しろ!」なんて言われて作成者と男たちで喧嘩なんかもしていた。
私が懐かしい思い出に浸っていると、青年の口からは私にとって驚きの言葉が出てきた。
「貴様、父上を知っているのか?」
「……は? 父? えっ!? 息子!?」
青年の言葉を聞き、私が混乱していると、人垣を掻いて一人の老人が前へ出てきた。
「レドル。下がりなさい。……皆も武器を下しなさい。」
「父上!? ですが!」
青年はその老人を父と呼んだ。
そして老人の言葉に反論しようとしたが、老人は有無を言わさぬ迫力で反論を封殺した。
「……父ということは、あなたがあのロンダルなの?」
私はその老人の顔を良く見た。
たしかにあのNPCが年を取れたのならば、この老人のような人物になるのではないかと思えるほど当時の面影があった。
考えが顔に出ていたのか、私の質問に老人は深く頷き私の前で膝をついた。
周りのダークエルフたちは、その光景に驚き息を飲んだ。
「はい」
ロンダルはただ一言だけ返事をしたが、その一言にはいろいろな感情が溢れ返っていることが私にもわかった。
そしてロンダルが顔を上げると、その顔は今にも泣きそうな顔をしていた。
「この日をどれだけ待ち望んだことでしょう。……こうしてあなた様のお姿を、再びお目することができる日を―――」
私はそんなロンダルの姿を見て、ダークエルフがここまで老いるということは、ゲームの時代よりかなり未来なのだと確信した。
そしてロンダルの様子から、私はかなりの間いないことになっていたのだと理解した。
なので私は情報を集めることを優先するため、ロンダルから今の状況を聞くことにした。
「それよりもロンダル。私がいない間のことを聞かせてもらえるかしら?」
「御意です。私の家でお話しいたします。」
そう言って先導するロンダルの後ろを、私はゆっくりと追っていった。
ただそんな私たちの会話についていけない村人たちは、なにが起きたか分からず、ただ茫然と見送ることしかできなかった。
・
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ロンダルの家に入ると、私の後ろからはロンダルの息子が慌ててついてきた。
「父上! これはいったいどういうことですか!?」
「落ち着かぬかレドル。姫の御前だぞ」
このまま見ていると親子喧嘩が始まりそうな雰囲気なので、私はさっそく本題に入ることにした。
「ロンダル。とりあえず先に彼を紹介してくれる? このままだと話しが進みそうにないわ」
私がそう提案すると、二人は言い争いをやめロンダルが私の方に向き直った。
「申し訳ありません。こやつはレドルといい、ご覧の通り私の愚息になります。」
「だ、誰が愚息だ!」
ロンダルは反論したレドルの頭押さえつけ、私の方に頭を下げさせた。
「そう。初めまして、レドル。私の名はエリスリーゼよ」
私はそれだけ言うと、ロンダルに今の状況を説明するように促した。
自己紹介が終わった辺りで、レドルは警戒はしているが口を挟んでくることはなくなった。
ロンダルの雰囲気が険しくなったことを悟り、口を閉じたのだろう。
「はい。……姫様を含め、ある日を境に城の方々が突然いなくなりました。そして城も門を閉ざし、我々も城に入れなくなりました。それが今から1000年ほど前です。」
「……は? 1000年前!?」
私はあまりの時間の流れに驚きの声を上げてしまった。
時間が過ぎているのは覚悟していたが、まさかゲームの時代から1000年も経っているのは完全に予想外だった。
「はい。1000年です。……当時の街の者たちもほとんどが散り散りになってしまい、ここにいるのはダークエルフ族の一部だけです。」
ロンダルが申し訳なさそうに報告してきたが、私にはなぜ街まで捨てたのかわからなかった。
「どうして街を出たの? 城に入れなくても街は問題ないはずよね?」
私の質問にロンダルは申し訳なさそうな顔に、さらに悲壮感まで加えて答え始めた。
「申し訳ありません! 私たちが不甲斐ないばかりに……。」
ロンダルは床に額を擦りつけるように頭を下げ、謝罪を口にした。
「とりあえず理由を聞かせて?」
「……最初は街に居りましたが、あの街は光の軍勢に場所を知られています。そして光の軍勢の中にいる英雄の子孫に、私たちでは太刀打できる力がありませんでした。そのため、私たちは生き残るために街を捨ててしまったのです」
私はロンダルの話しからいくつか気になることが出てきた。
(英雄もプレイヤーだからこの世界にはいないようね。……でも子孫か)
ゲームの設定で英雄のステータス補正は、魔王のステータス補正より補正率が低く設定されている。
だがそのかわり英雄は継承という特殊スキルがあり、ゲーム上での親類関係NPCに力の継承を行えるようになっていたはずだ。
どうやらその継承をしたNPCが1000年の間、途絶えることなく残っていたようだ。
「なんていうか、……すごいわね」
私は1000年も途絶えることなく続いている英雄の子孫たちに感心してしまった。
「姫! 私はいかなる罰でも受ける覚悟があります。ですからこの村の者にはどうか御慈悲を!」
そういってロンダルは額を床に押し付けていた。
どうやら私が子孫について考えているのを、処罰を考えていると勘違いしたようだ。
「父上! なぜそのような! それにその姫とは何のことですか!?」
レドルがロンダルの態度にとうとうし痺れを切らし、口を挟み始めた。
「お前はなんと無礼な! この方は……」
「とりあえず喧嘩はやめてくれるかしら? それと私は誰も罰するつもりはないわよ」
私がそう言うと、ロンダルは頭を上げこちらを見てきた。
「ですが! それでは示しがつきません!」
「え~」
NPCの時は小さいAIしか積んでなかったので、決まった会話しかなかったがこちらの世界ではかなりの忠臣のようだ。
ただ正直な話し、こちらに来たばかりの私にしてみればここでロンダルを罰するのは寝覚めが悪いだけでメリットがまるでない。
むしろ1000年前を知っている情報源がいなくなるだけで、デメリットの方が大きすぎる。
「それならロンダル。あなたはこれからこの村にいる人を引き連れ街に住むこと。そして私の国を取り戻す手伝いをしなさい」
私はここに来てから考えていたことを話し始めた。
「1000年も経って、私の国は無くなったわ。でも私が戻ってきたんだから、私はもう一度国を建てなおすつもりよ」
せっかくこの世界に来たのに、ゲームで膨大な時間を掛けて築いた国がなくなっていたのは、私としてはかなりショックだった。
そしてこの世界では、私は魔王なのだ。
なら私は今度は遊びではなく、本当に国を作ってやろうとあの城を出たときに、密かに決意していた。
だが、そのためには圧倒的に人手が足りない。
「だからもう一度、私に仕えなさい。それがあなたに与える罰よ」
私がそう宣言すると、ロンダルは決意を固めた表情で私の前にやってきた。
そして再び膝をつき、その決意を口にした。
「その罰、しかと承りました。このロンダル、この命尽きるまでついていきます!」
私とロンダルがそんなやり取りをしていると、今まで蚊帳の外だったレドルが驚愕の表情で尋ねてきた。
「ち、父上! 先ほどから話しを聞いて入れば、まるでその少女は……」
「そうだ。この方はかつて私たちの祖国を治めていた魔王のお一人。その名は《人形姫エリスリーゼ》様だ」
ロンダルの言葉を聞いたレドルは絶望の表情で私の方を見てきた。
「まさかあの『呪われた大地』を作った。……い、今までの、ご、ご無礼をお許しください!どうか命だけは!」
そう言って先ほどのロンダルと同様に、額を床に押し付けて謝罪をしてきた。
「……呪われた大地って、まさか!」
かつて光側との戦争のときに、運営から魔王側に専用装備が渡された。
運営側は演出のつもりらしく、その戦争をPVにするといっていた。
そしてその専用装備にあった広域地形効果魔法『邪悪で陰気な葬儀』を使ったとき、その事件は起きた。
『邪悪で陰気な葬儀』は私の担当していた戦争エリア全体にまで影響を及ぼした。
それはエフェクトも運営の悪意が詰まったとしか言いようのない物だったが、効果の方はさらに悪質であった。
その効果はエリア内にいる光側のプレイヤーに対し、エリア内にいる間は常に呪いの状態異常を受けるというものだった。
呪いの状態異常は職業が聖職者系のスキルか、教会で解呪してもらうしかない上に、呪いになるとHPダメージや一部魔法・スキル封印状態、ステータスダウンといった状態になるため、ゲーム中もっとも掛かりたくない状態異常とされている。
だがこれだけならまだ許すことができたが、戦争終了後もバグにより地形効果が消えずに残ってしまった。
そのせいで私は一部では『呪い姫』なんて呼ばれていた。
そして私がこの世界に来る直前のログインでは、まだ修正されていなかった。
(まさか未だに残ってるの!? 運営仕事しなさいよ!)
私は愕然としたまま、空を仰ぎ見た。
「きゃあ!!」
私が呆けていると、家の外から女の子の悲鳴が聞こえてきて私は正気に戻った。
そのときにはもうロンダルとレドルは家の外に向かっていた。
二人の手に武器が握られているのを見た私は、ただ事ではないと思い外へと向かっていった。
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悲鳴を聞いて慌てて出ていったロンダル親子の後を、私は慌てることな追っていった。
家の外に出てみるとそこには何ともお約束な事態になっていた。
「貴様ら! 光の軍勢の者だな! リジュを放せ!」
レドルが叫んだ先には、私がここまで追ってきた少女を人質にした人間の男が10人ほどいた。
「ふん。薄汚い闇の者が、お前らの言うことに従う謂れはない!」
私は家から出て扉の前に座り込んで周りを見渡した。
【分析】発動。
スキルを使用して私は視界にいる人間とダークエルフ両方の陣営のレベルを観察することにした。
(う~ん。ダークエルフたちは10~25で、人間は30~50か)
このレベル差では勝負にならない上に、ダークエルフと人間の持っている装備が違いすぎた。人間側はちゃんとした剣や鎧を着ているが、ダークエルフ側の装備は剣は刃こぼれしたものがほとんどな上に、一部なんかは農具を構えているだけだった。
(今の世界だと光側の勢力が大きいようね。……でもこの差は酷すぎるわ。これじゃあ国を建てなおすにも、ちょっと厳しいかしら。)
私が一人でそんなことを考えている間に、人間とダークエルフの雰囲気がさらに険悪なものになっていく。そんな中一人の人間が私に気がついたようで、こちらを見てきた。
「あ? 隊長! あそこにすげぇ上玉がいますぜ!」
そいつの一言でこの場にいた全員の視線が私の方に集中した。
そして人間側の隊長と呼ばれた男以外の男たちは、私の体にねっとりとした視線を送っていて、私は顔をしかめた。
「貴様! この方への無礼は……」
その男たちの視線を遮るようにロンダルが私と男たちの間に割り込んできた。
「ケケッ、どうせこの村の女は俺たちの物になんだよ~。じじぃ! 無礼もクソもねぇよ!」
男の一人が下卑た笑い声を上げながら前に出ようとしたが、先頭にいた隊長がそれを片手で制した。
「……逃げるぞ」
突然の隊長の言葉に人間側もダークエルフ側も怪訝な顔をしながら隊長の方を見た。
「へぇ~」
おそらくあの隊長はスキル【危険察知】か、それに近しいものを持っているのかもしれない。そのため家から出てきた私を見て、私とのレベル差を感じ取ったから今の言葉が出てきたのだろう。
彼は私の姿を見てから、私のことを視界から外さないようにずっと警戒している。
だけど他の男たちはその隊長の言葉に納得ができないようだ。
「隊長、何言ってんすか? ここには雑魚しかいないっすよ?」
先ほど最初に私のほうに下卑た笑いを向けてきた男が、隊長に抗議し始めた。
私はそのやり取りを眺めていたが、最初はなんだかこういったやり取りを現実に見ることに少なからず楽しさを感じていたが、だんだんと飽きてきてしまった。
【蛙の呪い】発動。
飽きてきた私は先ほどから隊長に抗議を繰り返している男に指先を向けると、魔法を発動させた。
【蛙の呪い】は名前の通り、対象を蛙になるという呪いを掛ける状態異常魔法だ。【蛙の呪い】は状態異常の中でもかなり意地の悪いものだが、低レベルの敵にしか効かない状態異常でもある。
(まあ、これだけレベル差があれば関係ないけどね)
「うっ!? お、ごぉあ!? 」
「お、おい! どうし……ぐぅ!?」
ポン!
「「ゲロゲロ」」
呪いを受けた男は次の瞬間、徐々に体が縮んでいき仲間たちの見ている前で蛙へと変化していった。その光景をこの場にいた全員が呆気にとられた表情で、今起きたことを呆然と眺めている。
敵味方関係なくこの場にいる全員が、何が起きたのか理解できずただただ呆けた表情で蛙へと姿を変えた男達に視線を注いでいた。
だがそんな中でもロンダルと隊長だけはこれを起こした人物である私に視線を向けていた。
「うふふ。あなたのお仲間、蛙さんになってしまったわね」
二人の視線には気がついていた私は、にこやかに笑みを浮かべながらそう言って二人に手を振った。
(う~ん? 人を蛙に変えても特になんとも思わないっていうのは、少し驚きね)
人に呪いを掛けても、なぜか私の心の中には罪悪感が微塵も浮かんでこなかった。
ひょっとしたら体が魔物になったことで、心もそちらに引きずられているのかもしれない。
(まぁ、いっか。国をもう一度作るなら、遅かれ早かれ人と戦うことになることだし)
「おい! どうなってんだよ! な、なんで蛙になってんだよ!? おい!」
私が考え事をしている間も、人間たちは蛙となった仲間の体を手に持って喚き散らしていた。
【蛙の呪い】発動。
「がっ!? がぁ!?」
ポン
「ゲロゲロ」
私は本当に罪悪感がないのか、それともさっきのは意図しないため混乱してそう感じたのか検証するため、騒いでいた人間に向けてもう一度魔法を使用した。
「うん、やっぱり何にも感じないわ」
どうやら本当に何も感じないようだ。
だけど国を作るとしたら、どうしたって光の軍勢と戦うのだから都合がいいかもしれない。
「……あら? どうしたの?」
私が周囲を見ると、この場にいる全員の視線が私に注がれていた。
二回目の魔法で、今の状況を引き起こしたのが誰なのか、全員が確信したようだ。
「てめぇ! なにしやがった――――!」
男の一人が持っていた剣を突出し、私の方に文字通り突撃してきた。
おそらくはスキル【突撃】だと思うが、私は基本的に魔法職で物理系のスキルには詳しくないので確信が持てなかった。
男が蹴り抜いた地面には足跡がくっきりと残り、後には砂が舞っている。そして周りのダークエルフたちが全く反応できていないところを見ると、おそらくはかなりの速度が出ているのだろう。
「そこそこ速いわね。でも……私にとっては遅すぎるわね」
私の目には男の突進がひどくゆっくりに見えた。
それはある意味で当然の結果だ。
いくら私が魔法職でも、私と男とではレベル差がありすぎる。そしてレベルの差はそのままステータスに反映される。
ピタッ
「へ?」
私は男の剣を避けることはせず、剣先に指先を合わせて男の突撃を受け止めた。その瞬間、男の口から何とも間抜けな声が出たが、私は気にすることなく男に別れを告げた。
「バイバイ」
【蛙の呪い】発動。
ポン
「ゲロゲロ」
【蛙の呪い】の直撃を受けた男は、一瞬の間も耐えることなく蛙へと姿を変えてしまった。
それを見ていた人間もダークエルフも私を見る目には、深い恐怖の色を浮かべていた。
それを確認した私は立ち上がり、高らかに名乗りを上げた。
「初めまして皆様。私の名はエリスリーゼ。1000年もの昔に、この一帯を治めていた魔王《人形姫エリスリーゼ》。―――私は再びこの地に国を作ります!」
この瞬間、私の中で前の世界に対する未練もなく、本当の魔王になった瞬間だった。