捕獲
「まさか……」
黒い羽毛、そして何よりも特徴的な3本の鳥の足。
その姿はまさに日本神話に登場する。
「そうです! こいつは名前は……ブラックコカトリスです!」
トリトンの叫びに元日本人は全員がこけた。
「ヤタガラスじゃないのかよ!」
べんけいが全員の気持ちを代弁してツッコミを入れた。
「え? 先輩何言ってるんですか? だってヒヨコですよ? 成長したら鶏ですよ?」
そんなべんけいにトリトンは何を当然なことをと言いたげな表情で、不思議そうに首を傾げていた。
「ぴよ~」
そしてあたかもトリトンの意見に同意するかのように、タイミングよくブラックコカトリスの雛が鳴き声を上げる。
その鳴き声とトリトンの表情を見たべんけいは、もはやお決まりのように溜息を付いている。
このままではべんけいがストレスで禿げるのではないかと、最近本当に心配になってきた。
「このモンスターを考えた開発者は、きっと人をおちょくることが好きに違いないですね」
私はそんなヒヨコの癖にやけにふてぶてしい姿を見ながら、思ったことを口にした。
「それよりも! 姫! このヒヨコ飼いましょう!」
「却下です。親が来たらどうするのですか?」
私は当然のようにトリトンの提案を却下した。
普通の成体のモンスターであればそんな心配はないが、この世界が現実で目の前のモンスターは雛だ。それらを加味した結果、私の中ではこのヒヨコの親が私たちに対して襲い掛かってくることを懸念していた。
昔、カラスの雛が地面に落ちているのを見かけたことがあり、その雛をいじめようとしていた子供が親ガラスに執拗なまでに攻撃されかなりの怪我を負ったのを見たことがあった。
その時の経験から動物の雛には極力近づかない方がいいと決めているのだ。
「倒します!」
「外道ですか」
迎えに来た親を倒してまでヒヨコを飼うなど、外道もいいところだ。
「ぴよぴよ」
そんな私たちのやり取りを他所に、ヒヨコは暢気に鳴き声を上げながらなぜか私の足元にすり寄ってきた。
「な、なんですか?」
「ぴぴよ。ぴよ」
何かを訴えかけるように私にそのふてぶてしい姿とは対照的なつぶらな瞳を向けてくる。
「ぴよ!」
私はその瞳から逃れるようにヒヨコから距離を置こうとするが、ヒヨコは私が離れるとその分だけ距離を詰めて再び私の足元にやってくる。
「懐かれてますよ! 羨ましい!」
トリトンは本当に羨ましそうにこちらに羨望の眼差しを送ってくる。
「あはは~、エリスリーゼは色が一緒だから仲間と勘違いされてるんじゃない?」
ミリーゼは私の服とヒヨコの色を見比べながらそんなことを言い出した。
「か、かわいいです」
リジュはそのヒヨコの動きに魅了されたのか、おずおずとヒヨコに手を伸ばそうとしている。
「お、おいリジュ。危ないぞ」
そんなリジュをレドルは何とか止めさせようとしている。
「ああ、もう! べ、べんけい。何とかしてください」
もはや頼みの綱というよりも、話が通じるのがべんけいしかいないと判断した私は彼の姿を探した。だが、そんな肝心な時に限って先ほどまで居た場所には、彼の姿が見当たらなかった。
「べんけい? どこですか? この能天気な集団を止めてください」
姿は見えずとも、べんけいの聴覚なら私の声は届いているはず。
そのことを信じて私は足元のヒヨコから距離を取ると悪戦苦闘しながら、そう呼びかけた。
「全員こっちに来てくれ」
そんな私の声が聞こえたのか、ヒヨコが出てきた藪の向こうからべんけいの声が聞こえてきた。
「なんですか?」
私は逃げるようにその声の方へと急いで向かっていく。
そのあとをミリーゼ達と、相変わらずヒヨコも一緒に追いかけてくる。
「どうしたのべんけい~?」
藪の向こうではべんけいが木の根元にしゃがみ、何かを見ている。
そんな彼の行動にミリーゼは好奇心を刺激されたのか、私を追い抜いて彼の隣に走っていく。
「これ」
べんけいは手に持っている何かをミリーゼに見せた。
「卵の殻?」
「ああ、まだ温かい。ひょっとしてヒヨコはついさっき生まれたんじゃないのか?」
べんけいは手に持った卵の殻を指で弾きながら、ヒヨコと卵を見比べてそう言った。
私の頭の中では嫌な考えが浮かんできた。
ヒヨコ、卵、生まれたてとくれば、その結果は自ずと一つの答えに帰結する。
「まさか……」
「あ~、お姉さんも何となくわかった。」
「え? え?」
「な、何の話だ?」
「かの有名なあれですね!」
リジュとレドルは何のことか分からないようだが、それ以外の私たちには同じ答えが頭に浮かんでいた。
「ああ。刷り込みだろうな」
予想通りの答えがべんけいの口から出てきた。
「でもさ~、モンスターに刷り込みッてあるのかな~?」
ミリーゼは疑問を口にする。
「さあな。その辺はトリトンに聞いてくれ」
全員がトリトンの方へと視線を向ける。
「はい! 分かりません!」
トリトンは笑顔ではっきりとそう言った。
「本当に分かりませんか?」
私は念のために、もう一度確認してみた。
「はい! そもそもゲーム中ではモンスターの雛はいましたが、基本的に飼い主に懐くもので刷り込みみたいなものは有りませんでした! 仮に卵から雛を孵したとしても、その場合は所有者が飼い主に登録されて、その飼い主に懐きます」
トリトンはそう言ってゲーム時代のシステムを軽く説明してくれた。
確かに刷り込み何てものがあったなら、卵を孵す瞬間に別のプレイヤーが割り込んで来たら問題になってしまう。
「というと、これも違いの一種ということでしょうか?」
「アイテムや魔法に違いがあるんだから、モンスターにも違いがあっても不思議ではないな」
「あはは~、アイテムも結構違いがあったけど、こういった所も結構違いがあるのかな~?」
ミリーゼもべんけいも私と同じようなことを口にする。
「ぴよ~! ぴよ~!」
そんなことを考えていると、ヒヨコが突然私のスカートの裾を短い嘴で銜え、引っ張ってきた。
「ど、どうしたのですか?」
「きっとお腹が減っているんです!」
そんな私の疑問にヒヨコではなく、トリトンが答えてくれた。
「ぴよ」
ヒヨコも彼の言う通りと言うように、嘴から私のスカートの裾を放しそう一鳴きした。
この一人と一匹は、実は意思の相通ができているのではないだろうか。そう思えるほどの阿吽の呼吸だ。いっそのこと私ではなくトリトンに懐いてくれたら良かったものをと思わずにはいられない。
「エサなど持っていません」
「お姉さん、クッキーなら持ってるよ~」
「いえ、ここは僕が! え~と……ありました! じゃーん! モンスター用のエサです」
ミリーゼがクッキーを取り出したが、トリトンがそれを制し自分のアイテムボックスからモンスター専用|(最高級)と書かれた袋を取り出した。
どうやらあの袋の中にモンスター用のエサが入ってるようだ。
「待ってください」
その場の雰囲気で、危うくエサを与える直前で私はトリトンに待ったを掛けた。
「え? どうしてですか?」
トリトンはなぜ止められたのか理解していなかった。
「餌付けなどしたら余計に懐かれてしまいます。先ほども言ったように、そんな状態で親が来たらどうするつもりですか?」
「倒します!」
「ですから、どんな外道ですか」
トリトンは意地でもこの黒いヒヨコを飼いたくて仕方がないようだ。
「あ~、揉めてるところ悪いが、親の心配はなさそうだ」
そんな所へべんけいが何かを持ってやって来た。
「それは?」
「なになに~?」
べんけいは「ほい」と私たちの方へと白い何かを投げてきた。
私は彼の投げた物を受け取る。
「……骨?」
「鳥の頭だね~」
「ひょっとして……この子の親でしょうか? それじゃあこの子は、一人っきりなんですね」
「……リジュ」
「おぉ! ヒヨコくん! 僕らがいるからもう寂しくないよ!」
リジュとトリトンは涙を浮かべながらヒヨコを見やり、そんなリジュをどう慰めたらいいのかレドルはオロオロし、ミリーゼは「この骨って素材にできるかな~」と呟いていた。
そして私はこの渡された骨をどうしたらいいのか、骨の眼孔と向き合いながら戸惑っていた。
「ぴよ!」
当のヒヨコ本人はエサを食べているところにトリトンが抱き着いてきた邪魔なのか、彼の顔に短い足で蹴りを入れている。
「たぶんそのヒヨコの親だろうな。まあ、なんで死んだのかは分からないけどな」
そのあともべんけいが辺りを捜索すると、親鳥の物と思われる羽根や骨などをいくつも持ってきた。
「姫!」
「あの……エリスリーゼ様」
トリトンとリジュが何かを期待するような眼差しを私に向けてくる。
「……は~。分かりました。連れて帰りましょう」
私は溜息交じりにそう言った。
「ぴよ~!」
ヒヨコはそんな私たちには目もくれずに、トリトンの用意したエサの袋に頭を突っ込んで一心不乱にエサを貪っていた。
・
・
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「気を取り直して、戦車用のモンスターを捕まえに行きましょう」
ヘンテコな同行者を新たに得た私たちは、当初の目的であるモンスターの捕獲へと再び出発した。
「名前は何がいいですかね? 僕としてはスタンダードにピーちゃんがいいかと……」
「えっと……さすがにそのまますぎると思います」
「かっこいい名前の方がいいんじゃないか? 雄だろ?」
そんな私の言葉も、トリトン、リジュ、レドルには聞こえていないようだ。
3人は先ほど得た新たな同行者の名前を考えるので頭がいっぱいのようだ。
「ぴよ~」
その話題のヒヨコはトリトンの頭の上で寛いでいた。
最初は私の傍から離れようとしなかったが、足元をうろうろとされていては踏み潰しかねないので、トリトンに頼んで引き離してもらった結果、なぜかトリトンの頭で落ち着くということが判明した。
「ぴよ~」
「おー!」
「めぇ~」
その結果、眠り羊のポチの上にトリトンが乗り、その頭にヒヨコがいるというどこのブレーメンだと言いたくなるような状態で移動している。
「お~い、3人とも~」
「ほっとけ。あのくらいの方が静かでちょうどいい」
ミリーゼが3人を注意しようとするが、べんけいは静かでいいと放って置くように言った。
「もうこのまま行きましょう。あのブレーメンも一応は、ちゃんと付いてはきていますし」
私もべんけい同様、あのくらいの方が静かでいいと考え、このまま移動することにした。
「でもさ~、どこに行けばいいのかトリトンしか知らないよ~?」
「安心しろ。大体なら俺もモンスターの分布は覚えてる。それに匂いも追えるから、案内は俺がするよ」
べんけいはそう言って私たちの前を歩き出した。
「お~、べんけい頼りになる」
「本当に……」
べんけいが居なかったら、正直私の心が先に折れていたかもしれない。
「はいはい、ありがとな。すんすん……こっちらか微かに動物の匂いがするな」
そう言いながらべんけいは周囲の匂いを嗅ぎ取り、先へと進んで行く。
「ならタマなんてどうですか?」
「えっと、もっと可愛らしい方が……コカトリスですから、トリスなんてどうでしょうか?」
「幻のモンスターなんだろ? もっと強そうな名前で……」
後ろでは未だに名前を考えたいた。
「本当に……べんけいとミリーゼだけが頼りですよ」
愚痴をこぼしながら、私はべんけいの後に続いていった。
・
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「いた」
しばらく進んで行くと、べんけいが物陰に隠れるように指示を出し、私とミリーゼは言われた通りに木の陰に隠れた。
さすがにトリトンたちも空気を読み木や草の影に身を隠す。
「何がいました?」
私の身長だと草木が邪魔で、べんけいの視線の先が上手く見えないため、何が見えるのかをべんけいへと質問した。
「亜竜だな。色が緑だから……」
「木竜ですね。木属性で、地竜以上に気性は大人しく手懐けるのが簡単です。そして特徴としては野生のモンスターには珍しく回復魔法が使えます。ただ遅いうえに臆病ですから戦車には向きません」
いつの間にかべんけいの隣まで移動してきたトリトンが補足説明を入れた。
「でもさ~なんか変じゃない?」
そしてミリーゼも移動して藪の隙間から覗いていた。
「私にも見せてください」
そう言って私も隠れながら移動し、そのモンスターの方を覗いてみる。
確かにミリーゼの言う通り、何かおかしい。
「モンスターが怯えてますね。気づかれましたか?」
可能性として、高レベルである私達に気が付き怯えているのかと考えた。
「違うみたいだ。見ろ」
べんけいに言われて全員が視線を向ける。
するとそこには、木竜の他にもう1種類のモンスターの群れがいた。
「あれはストーンティノです! 地竜系の一種で、普通の地竜よりも防御が硬く、力も強いです。ただ少し乱暴者で、足も普通より少し遅いです。おそらくあのストーンティノが、木竜の縄張りを狙ってきたのです」
「縄張り争い……そんなこともあるのですか?」
「あんまり知られていませんが、縄張り争いはゲーム時代から有りますよ。そこまで大規模ではなかったですけど、そのせいでモンスターの分布が正確には把握できなかったのです」
私はトリトンの言葉に驚いた。
まさかそんなシステムがゲーム時代から有ったなどとは、一切知らなかったのだ。
見てみると、べんけいもミリーゼも驚いている。
「確かにモンスターを討伐しに行くときに、いつもと違うモンスターがそこにいるっていう事態があったが、まさかそんなカラクリだったとはな」
「は~、本当に《魔英伝》の制作社はシステムに懲りすぎてるな~」
べんけいは感心しながらもどこか納得がいった表情で、ミリーゼはゲーム時代のことを思いだし感心と呆れが入り混じったような表情だった。
「それよりも、あれを捕まえますか?」
トリトンはストーンティノを指差しながらそう言った。
「そうですね。ストーンティノを4匹ほど捕まえましょう。私たちはテイムの仕方を知りませんので、トリトンにお任せします」
「分かりました! それじゃあ捕まえ方の説明をします! これです!」
アイテムボックスの中から首輪を取り出して、私達の前に差し出した。
「それは?」
「〈服従の首輪〉です! これはテイマーだけが作れて、使用できる専用アイテムです! これをモンスターに使うと、最初は抵抗をされます。でもモンスターが弱ってたり、〈服従の首輪〉のランクが高さと、あとは運などで捕まえられるかどうかが決まります! ようはモンスター〇ールです!」
最後の一言で私達は〈服従の首輪〉がどういったものか理解した。
「ここにあるのは最高ランクの物なので、あのクラスのモンスターなら簡単に捕まえられます」
「ならストーンティノが木竜を襲っている今がチャンスだな」
べんけいがモンスターのいる方を指差しているので、私達もそちらを覗くとそこでは木竜相手に襲い掛かっているストーンティノが見えた。
そしてべんけいの言う通り、ストーンティノは木竜に夢中になっており、〈服従の首輪〉を使うなら絶好の機会だ。
「それなら僕がまずは1匹に〈服従の首輪〉を使いますので、残りの3匹を押さえて貰えますか? たぶん僕達が近づくと逃げようとするので」
「その必要はありません。いきます【呪縛】」
私がそう唱えると、目の前で争いを続けていたモンスターたちは一瞬で動けなくなった。
モンスター達は自分たちがなぜ動けなくなったのか理解できず、その瞳には戸惑いの色が色濃く浮かんでいる気がする。
「さあ行きましょう」
私は茂みから堂々と出て行った。
「姫! 僕も行きます!」
そのあとをトリトンがヒヨコと羊を引き連れて追っていく。
「……なあミリーゼ」
「なに~?」
「俺達って必要ないんじゃないのか?」
「あはは~、エリスリーゼはトリトンが苦手だからね~」
後ろからそんな話声が聞こえてきたが、私は気にすることなく動けないモンスターの近くにまで近寄っていった。
「とう!」
ガチャリ
私を追い抜いたトリトンが動けない木竜に首輪を嵌めた。
「トリトン。それは違いますよ」
「あれ? 間違えました! でも〈服従の首輪〉は一回使うとダメなので、こいつもストーンティノの前の練習用と言うことで連れて行きましょう!」
絶対に確信犯だ。
「……それだけですよ」
もはや何も言う気にはなれなかった。
「はーい! えい! やあ! とう! あちょー!」
そのあともトリトンは変な掛け声を上げながら、今度はしっかりとストーンティノに〈服従の首輪〉を手際よく嵌めていく。
「終わりましたー!」
「そうですか。それでは残りはリジュとレドルに倒してもらいましょう」
私はリジュとレドルのレベル上げも兼ねて、残りのモンスターを二人に倒してもらうことにした。
「あ! 1匹だけヒヨコくんとポチようにください! 彼らのレベルも上げたいのです!」
「どうぞ」
トリトンは喜びながらちゃっかりと一番レベルの高い個体を選んでいた。
そしてトリトン達が戦っている間、リジュとレドルは万が一にそなえべんけいのそばで待機し、べんけいは周囲の警戒を、ミリーゼはその辺に生えている植物の採取をしていた。
「この後はボア系を捕まえて終わりですね。はぁー、今日は本当に疲れる1日でした」
私は空を見上げながらそう愚痴をこぼした。
その後のボア系モンスターも何の問題もなく捕まえることができたが、帰り道にトリトンがふらふらと移動しようとするのを抑える方が苦労する羽目になった。




