エンカウント
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皆さんありがとうございます。
「んん……。朝ですね」
カーテンの隙間から柔らかい陽射しが差し込むのを感じ、私は自分の体を預けているベットの上にムクリと起き上がった。
「はぁ~」
天気は晴れ渡り、雲一つない快晴なのに私の口からこぼれたのは重い溜息だった。
「今日はモンスターの捕獲ですか」
昨日召喚に成功したトリトンは、あっと言う間にこの世界へと順応し、さっそくモンスターを捕まえてくると言い私の元へ外へ出る許可を取りに来た。
嫌な予感がしてはいたが、元々それが理由で召喚したためその申し出を断るわけにもいかず、私は彼がモンスターを捕まえに行くのを条件付きで許可した。
その条件とはお目付け役としてダークエルフの戦士を数人同行させることだった。本来はべんけいかミリーゼをお目付け役に着けたかったのだが、獣人であるべんけいとトリトンを一緒にするとべんけいに負担が掛かりすぎ、ミリーゼはちょうど《花園》の改造で手が離せない作業中であったため消去法でそうなってしまった。
「まさか全員が泣いて帰ってくるとは思いませんでした」
だが、いざ帰って来てみると満足そうな笑みで捕まえたモンスターを引き連れたトリトンと、彼の無茶に付き合わされて、泥だらけの傷だらけで泣きながら帰ってきたダークエルフたちの姿がそこにあった。
だいの大人が泣いているとは何事かと思い、話を聞こうとしたのだが、何があったのか聞いても誰も話したがらず、あまつさえその時の記憶を思い出し絶叫し始める者までいた。
「やはり彼のお目付け役は厳しそうですね」
そして肝心のトリトンの方はというと、眠り羊というモコモコとした愛らしい羊型のモンスターを捕まえることができ、とてもご満悦のようだった。
何度も何度も羊の毛に顔を埋めて、「あぁ! 生き物の匂いだ!」とひたすらくんくんと匂いを嗅いでいた。ただ、彼が捕まえてきた眠り羊はモンスターの中では小型で、動きも遅いため戦車を引くのにはお世辞にも適しているとは言えない。
「その結果が今日ですか」
そんな訳で今度こそ戦車用のモンスターを捕まえるように説得はしてみたが、トリトンを一人で行かせると何を捕まえてくるのか分からない。だが彼に付けるお目付け役の適任がいないため(私が行けばいいと言う意見もあったが、彼と2人というのは私の中に選択肢として存在しない)、仕方がなく私を始めとした主要メンバーであるミリーゼ、べんけい、リジュ、レドルの計5人が同行することになった。
「本当に……憂鬱です」
私はのろのろとベットから降りる。
心の中で何かあった場合はべんけいとミリーゼに押し付けて帰ろうと心に誓った。
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「エリスリーゼさん! おはようございます!」
集合場所へと行くと、そこには出発前からすでに疲れた顔をしたべんけいと、無駄に元気のいいトリトンが昨日捕獲してきた眠り羊と戯れている姿があった。
「ええ、おはようございます。それよりも……べんけい? 大丈夫ですか?」
トリトンに挨拶を返し、ぐったりとしているべんけいの方へと近寄っていく。
所々べんけいの髪や尻尾の毛が乱れているのを見た私は、ここで何が起きたのかを大体だが予測できた。
「もふられました?」
「いや、何とか逃げ切った」
覇気のない声でそう一言だけ答えた。
逃げ切ったとは言ってもかなり無理をして逃げていたようだ。
「お~い、エリスリーゼ~」
そして残りのメンバーも集合場所へとやって来た。
「ミリーゼ。それに皆さんも、おはようございます」
「おはようございます!」
「……おはよう」
やって来た全員に私達が挨拶をすると、あちらも一人ずつ挨拶を返してきてくれた。
「それよりさ~、べんけいなんか疲れてない?」
ミリーゼも私と同じことが気になったのか、先ほどの私と同じ質問をべんけいへと投げかけた。
「ミリーゼ。察してください。私が来たときにはべんけいとトリトンがこの場に居たのです」
その一言でミリーゼは全てを察して、べんけいに対して「ご愁傷様」とだけ言って肩を叩いた。
「エリスリーゼさん! これで全員ですか?」
いつの間にか私の隣に移動してきたトリトンが、全員を見回しながらそう尋ねてきた。
「ええ、そうです」
「それでは改めて自己紹介をさせてください!」
「構いませんよ」
昨日は私も疲れていたせいで、主要メンバーへのトリトンの紹介を行っていなかった。
どうしようかと考えていたところで、彼の方から言い出してくれたので、私はそう言って許可をする。
「はい! 初めまして皆さん! 僕はトリトン、種族はミリーゼさんと同じ小人族! 職業はテイマーです! 趣味はもふることです! よろしくお願いします!」
トリトンは姿勢を正して元気な声で自己紹介を行った。
この光景だけ見ると小柄で可愛らしい彼は、とても変人には見えない。
「今日は皆さんも一緒にもふりましょう! にひひっ」
ただ、どうしようもなく動物への愛情が強すぎる。
その手の話になった時の顔は、元の可愛らしい顔のまま、半開きになった口から涎を垂らすというその姿は正直かなり引いてしまう。
そして今もそんな表情で変な笑い声を上げながら、まだ見ぬ動物に思いを馳せていた。
「「「うわぁ……」」」
その姿を初めて見たべんけい、リジュ、レドルは同時に声を上げ、若干引いていた。
「出発しましょうか」
「そうだね~」
ゲーム時代に見慣れていた私とミリーゼは、そう言って出発の準備を始めた。
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「トリトン。戦車を引くのにはどういったモンスターが適していますか?」
《人形の庭》を出た後は、トリトンを先頭にしてモンスターの生息している場所までの案内をしてもらっていた。
「そうですね。僕としてはモフモフは外せません!」
「却下です。今回はモフモフは無しです」
トリトンは隣に連れ歩いている眠り羊(名前はポチらしい)、を撫でながらそう言ってきたので、私は即答でその回答を却下した。
モフモフした愛らしいモンスターが戦車を引っ張って戦場を駆け巡るなど、どう考えてもシュールな光景しか浮かんでこない。個人的には嫌いではないが、それでは威厳もなにもあったものではない。
「そ、そんな……」
ただトリトンの方は却下されるとは一切考えていなかったらしく、歩みを止めて愕然とした表情でこちらを振り返った。
「今回は強そうな見た目のモンスターでお願いします。それが終われば好きにモフモフを捕まえていいですよ」
お目付け役として同行したのはやはり正しかったようだ。
もしも彼だけを行かせていたら、きっとモフモフしたモンスターしか捕まえてこなかっただろう。
ただあまりにも絶望した表情をしていたので、私は彼に妥協案も提示した。
「うぅ……わかりました。今はモフモフはポチだけで我慢します。それと、モフモフがダメならボア系か、地竜系のモンスターがいいです」
「何も泣かなくともいいでしょう」
涙を流しながらトリトンはそう言って、戦車を引くのに適したモンスターについて教えてくれた。
「ボア系は直線が速く、突進力もあるので戦車に向いてます。ただ、最高速までに時間がかかり、小回りもあまり効きません。反対に地竜系はボア系ほど早くはありませんが、その分小回りも効きますし、何より扱いやすいという利点があります」
「なるほど……どちらも一長一短と言った所ですか。ミリーゼはどちらがいいと思いますか?」
「う~ん……お姉さんは基本的に乗らないからな~。どっちとも言えないな~。べんけいは?」
「俺も基本的に乗らないな。馬車とか戦車の操縦ってどうにも苦手なんだよな」
意外なべんけいの弱点が判明した。
だが今欲しい答えを得ることはできなかった。
「リジュやレドルはどうですか? 私は自分で操縦したことがないので、どちらがいいと決められないのですが……」
「俺はそもそもモンスターに乗れるなんて初耳です」
「わ、私もです。馬には乗ったことありますけど……」
二人に聞いてみたが、テイマーの存在が忘れ去られてしまっている今の世界ではモンスターに乗れるということ自体が半信半疑といった様子だ。そのため二人は私たち以上にどちらがいいのか判断が付かないようだ。
「仕方ありません。とりあえず両方捕まえてください。それで兵たちに乗せて、どちらが合うのか試しましょう」
まだモンスターを飼育するということに慣れていない者がほとんどなので、本当は捕まえるモンスターの種類は1つに絞っておきたかった。
そして徐々に慣れていってもらい、それからか少しずつモンスターの数と種類を増やしていく予定だったが、こうなっては仕方がないと私は2種類を数十匹ずつ捕まえることにした。
「エリスリーゼ~。モンスター舎はまだ整備してないから、あんまり多くは入らないし、エサもあんまりないよ。精々10匹が限界だよ」
だがここでミリーゼが、モンスター舎についての現状を報告してきた。
モンスター舎はその名の通りテイムしたモンスターを住まわせておくための建物で、これが無いとテイムしたモンスターを休ませることができない。
そして休まないモンスターは野生値が上がり、徐々に言うことを聞かなくなり最終的には野生に帰ってしまう。
「……仕方がありません。とりあえずは今回は最低限の数だけにしましょう。ボア系を4匹、地竜系を4匹でお願いします」
「わかりました!」
私がそう言うと、トリトンは敬礼をしながら元気に返事をした。
「ボアか。この辺なら最初に狩りをした一角猪か?」
「はい! その通りです。べんけい先輩!」
「先輩?」
トリトンがべんけいのことを何故か先輩と呼び、私は首をかしげて尋ねた。
「はい! なんか先輩みたいなので! ちなみにミリーゼさんはミリーゼさんです! エリスリーゼさんは姫です! それとリジュはリジュっち! レドルはレドっちです! 今度から皆さんをそう呼ぶことにしました!」
トリトンはそれぞれの方を見ながらそう言った。
「なんでお姉さんはそのまま?」
「もう好きに呼んでくれ……」
「リ、リジュっちですか?」
「俺はレドルだ! 変な呼び方するな!」
「まあ、確かに私は姫ですけど……」
それぞれがそんな感想を漏らしながら、ニコニコと笑っているトリトンに視線を向ける。
やはり彼はどこかズレている。
「……止まれ」
そんなどこか緩んだ空気に、べんけいが終わりを告げた。
先ほどまでの雰囲気とは一変し、その表情は警戒と困惑を混ぜ合わせたようなよくわからないものだ。
「どうしました?」
「何かいるぞ」
べんけいは耳を忙しなく動かしながらそう言って、私たちに注意を呼びかける。
「危険ですか?」
「分からない。ただ……変な足音が聞こえる」
「変な足音?」
全員が首を傾げた。
「ああ。たぶん数は一体なんだと思うが、足音のリズムが奇数なんだよ。聞こえ方からすると3本?」
「それは単純に怪我をして一本足が使えない4足歩行のモンスターということでは?」
「そうですよ! 僕の記憶ではこの地方に3本足のモンスター何て……あ」
トリトンも私の言葉に賛成しようとしたが、何かを思い出したかのように固まってしまった。
「トリトン?」
「いました。3本足。出現場所はランダムで、どこにいつ現れるか分からない激レアモンスター。その1匹に3本足がいます」
「激レアモンスター……確か別名は幻のモンスターでしたか?」
その話は私も聞いたことがある。
たしか生息地が決まっておらず、この世界中を自由に移動しているモンスターが数種類いると。
その出会える確率の低さと、上位のクエストボスを超える強さ、さらに激レアなアイテムを落すことが有名で、別名幻のモンスターとも呼ばれている。
「そうです。そして、テイマーの間ではもう一つの噂があります」
「噂?」
「はい。なんでもそのモンスターは分類ではボスでなく、あくまで野生のモンスターなのでテイムできると。ただ、誰も捕まえたことが無いのでただの噂止まりです」
たしかにトリトンの言う通り分類では野生だが、クエストボスを超える強さのモンスターをテイム出来てしまうものなのだろうか。
「こ、これは運命です! 神は僕にそのモンスターをもふれと!」
そんな私の疑問を他所に、トリトンのテンションは際限なく上がっていく。
「待ちなさいトリトン。もしも幻のモンスターだった場合、私達はともかくリジュ達が危険です。ここは一旦退きます」
もし幻のモンスターが噂通りの強さなら、リジュ達にとっては危険極まりない。
「お姉さんもそう思うな~。お姉さんは一回戦ったことあるけど、レベル200超えでも厳しかったよ」
ミリーゼもそう言って警戒を強める。
いくら戦闘に不向きな小人族でも、レベルが200を超えたのなら相当な強さだ。それでも厳しいというのなら、リジュやレドルがいる今はますます戦うのは避ける必要がある。
「僕ならできます!」
「その根拠のない自信はどこから来るのですか?」
「僕のもふり魂からです!」
私はトリトンを召喚したことをかなり後悔した。
「あ~、揉めてるとこ悪いが……来てるぞ?」
べんけいの一言に私達は一斉に戦闘態勢に入り、彼の指差した方向を見た。
「ぴよ?」
「「「「「……」」」」」
そこには確かに見たことが無いモンスターがいた。
「すまん。大きくはないのはわかってたんだが、言うタイミングが無くてな」
ただしそこにいたモンスターは真っ黒い羽毛に覆われた、3本足の50cmほどのヒヨコだった。
「ぴよ~」
ヒヨコの鳴き声が辺りに木霊した。
コカトリス=鶏
そしてその子供=ヒヨコ
作者の中ではそんな図式が成り立ちました。




