プロローグ
(ここが《人形の庭》か……)
バルディオは門を抜けた先に現れた街に目を奪われた。
そこはバルディオが知っている《グライスドア》の王都とは比べ物にならないほど綺麗に整っていた。
石畳で綺麗に整理された道に、その道に沿うように並ぶ金属製の柱。
(あれはたしか魔道具の街灯だったか?)
彼にはその金属の柱には見覚えがあった。
あれは極偶に昔の街の近くや遺跡から出土する街灯と言われる魔道具で、日の光が落ちると同時に自然に光を灯す物で、今では城の重要な場所などにのみ設置されている。
(それがこの数……おまけに家の一軒一軒にも)
そんな貴重な魔道具が道に沿って一定の間隔で設置され、あまつさえ家の一軒ごとの玄関口にまで設置されている光景に、バルディオは愕然とした。
「よう! あんたもここへの移住の抽選に通ったのか?」
その時バルディオの後に門での受付を終えた男が彼の肩を叩いてきた。
「……ああ。あんたもか?」
バルディオは怪しまれないように、いつもの乱暴な口調が出ないように意識しながら受け答えを行った。
「おうよ! 俺は鍛冶屋の師匠のとこで修行してたんだけどよ、師匠に一人前だって認めてもらったのに店を持てなかったんだ。そんな時にこの話があって、半信半疑だったんだけど……こいつはすげぇよな!」
男は自分の身の上話をしながら、街に目をやって叫び声を上げた。
「この中の家を一軒貰えるんだぜ!? それもタダでだぞ? おまけに店を出したいなら、職種を希望すれば設備のある店までもらえる! こんな夢のような話し他にあるか!? いやないな!」
「ああ、そうだな」
男は「こうしちゃいられねぇ!」と叫びながら、門で貰った家の位置が書いた紙を頼りに勢いよく走っていった。
よくよく観察してみれば、バルディオのように街に目を奪われている者と、先ほどの男のように興奮しながら走っていく者の二種類が存在していることがわかる。
(俺もいつまでもここにいる訳にもいかないな。それにしても……気味が悪い街だな)
これだけ綺麗に整えられた美しい街など見たことがないとバルディオは思う反面、とてもヒトが造ったとは思えないその綺麗さに、彼はえも言えぬ気味の悪さを感じていた。
彼にはこの街が、まるで玩具を並べて造られたように感じた。
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「ようやく最後の組が街に入りましたね」
「そうだね~」
「みたいだな」
私は城の一番高い位置にあるテラスから門の方に視線を送っていた。
本来ならかなりの距離があるため、見ることなど不可能なのだが、この体は門の周りに整列しながら、受付のダークエルフから住む場所の地図を受け取っているヒト達が見えていた。
「てか、なんでわざわざ城の一番高いところから見てるんだ? 普通に近くまで視察に出ればいいだろ?」
「え~! それじゃあ、折角作った望遠鏡が意味ないよ~」
「いや、俺たちは無くても見えるからどのみち無意味だろ」
ミリーゼはアイテムボックスから望遠鏡を取り出しながら、べんけいにそう言っていたが、彼に冷静なツッコミを受けていた。
確かに私たちには望遠鏡は不要だった。
「確かに必要ないですね」
「エリスリーゼまで~」
私もべんけいに同意すると、ミリーゼが恨めしそうにこちらを見てきた。
「本当のことです」
「それよりも俺の質問にも答えてくれよ」
べんけいも「う~」と唸っているミリーゼを無視することにしたようだ。
「ここにいる理由ですか? 分かりませんか?」
「分からん」
べんけいは考える素振りすら見せずに即答してきた。ただその表情は、「どうせ碌なことじゃない」と言いたげで、心なしか耳も尻尾も垂れている気がする。
「なんだか釈然としませんけど……いいでしょう。理由は簡単です。魔王としては一番高いところから、下々を見下してみたかったからです」
「人がゴミのようだ~って言ってみる?」
「ただのネタだな」
ミリーゼまで少し呆れた表情になってしまっていた。
「なぜです!?」
「え? 何が?」
「何だよ?」
私の剣幕に押されて、ミリーゼとべんけいは少し後ずさりながらそう聞いてくる。
「普通は一度はやってみたいことですよ!?」
「「ない」」
二人は同時に断言してきた。
「それよりも受け入れも終わったようだが、次はどうするつもりだ?」
「あ! お姉さんも聞きた~い」
二人は私の発言をなかったことにしたように話題を切り替え、今後の行動方針について聞いてきた。
私も先ほどのやり取りは忘れることにした。
「そうですね。今考えているのは、人材集めでしょうか? 私たちはこの世界では最強の部類ですが、それ以外のこと。特に政治や軍隊のことなど素人もいいところです。なので、まずはいろいろと国を潰すついでに、そこの優秀な人を貰ってこようと思います」
「人材って言っても、国潰して集めても裏切られないか?」
「祖国の仇~とか?」
私の作戦に対して、二人はそれは楽観的すぎないかと言いたげだった。
「そのために圧倒的な力で国を潰す予定です。それに、私は人を見る目はそこそこ自信がありますよ?」
人を見る目には自信があるというのも嘘ではないが、それだけではなくこの体になってからは人の悪感情にかなり敏感になっている。
死霊系のモンスターとなったのが理由なのか悪感情であるならば、それが嫉妬なのか憎悪なのか悲しみなのか恐怖なのかが、手に取るようにわかる。さらにはその大きさも。
「へぇ~すごいね~」
「俺の五感が鋭敏になったのと同じ理屈か?」
「そうではないでしょうか? ですがどうにもこの能力はこの世界の住人にしか効果がないのか、それともレベル差のせいかは分かりませんが、二人には効果がないですよ。そこは安心してください」
私の補足説明に、二人はそうかとだけ答えた。
「それに、折角の能力なので、今回はこの能力を使って国を落そうと思ってます」
「べんけい~。エリスリーゼがなんか邪悪な嗤いを浮かべてる!」
「この間のヴァンパイアの国でも似たような顔してたぞ」
私は今回の国を落すために、一人で入念に考え出した作戦を思い浮かべて嗤いを浮かべた。