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人形姫魔王物語  作者: ムロヤ
一章 魔王誕生?
15/37

侵略(下)

「力ずくで……か。それが君の主義なのか?」


 私の挑発を受けて、クライスは瞑目しながら私に問いかけてきた。


「主義というほどのものでもありません。そうですね……いうなれば、今はそういう気分だったということと、先に述べた力の誇示を行うことが目的です」


「……気分か。君のその気分で、国の兵たちは死んだというのか?」


「そうなります。ですがここまで一方的になるとは思いませんでした。万が一の時は逃げようとなど話していた自分が恥ずかしいです」


 私は悪びれることなく堂々とそう答えた。


「……ふざけるな! 貴様の身勝手で儂の部下たちは!」


 そう叫びながらガルドは手に持っていた大剣の切っ先をべんけいに向けた。


「俺!?」


 この城へ入ってからもっとも周囲を気遣いながら戦っていたはずのべんけいは、騎士団長の怒りの矛先が真っ直ぐに自分へ向けられていることに戸惑いの声を上げていた。


「先ほどまでの戦いはこの目で見ていた! 貴様がもっとも多く部下たちを薙ぎ払っている姿を!」


 どうやらべんけいが加減なしに武器を振っていたことから、彼の攻撃で吹き飛ばされていった兵や騎士たちが死んだと誤解しているようだ。

 べんけいは手加減の腕輪をしているため、彼の攻撃では直接死んだ者はいないのだが、あれだけ派手に吹き飛ばしていれば傍から見るとそうなるのだろう。

 実際は私たちの中で最も敵を死なせてしまったのは、そっぽを向いたままべんけいの影に隠れているミリーゼなのだが、それを訂正する必要もないので黙っていることにした。


「だが……儂も一人の武人だ。貴様の武技には敬意すら抱く。その若さでよくぞ、それだけの実力を身に着けたものだ」

 

 この流れはべんけいとガルドの一騎打ちになる流れだろうか。

 

 それでも問題はないのだが、あくまでべんけいの強さは個人でのものなので、私の魔王としての力の誇示になるのかは怪しい気がした。とはいえこの流れに水を差すのも野暮というもの。


「どうします? そちらの騎士団長さんは戦う気満々のようですけど……勝てませんよ? 私としてはどちらでも構いませんけど」


 ガルドのレベルを調べてみると、確かに今までで最高の132だったが、それでもべんけいの半分以下である上に、ここまでの戦いでNPCの子孫であるこの世界の住人が、プレイヤーよりも弱いことが実証されている。

 これでは絶対に勝てるわけがない。


「仮にガルドが勝ったなら……君はこの場から退いてくれるか?」


「私には何のメリットもありません。……ですが、いいでしょう。負けた時は潔くここは退きましょう」


「あれ? 俺が戦うのか? ここは魔王様自らじゃないのか?」


「今日はそういう日だと、諦めてください。それに私は魔王ですよ? ラスボスですよ? 様式美として、中ボスは絶対に必要です!」


 私がそう力説するとべんけいは諦めたのか、肩をガックリを落してとぼとぼと前へと出た。


「なんかそういうことらしいから、俺が戦うみたいだ」


「あはは~、べんけい頑張れ~」


 ミリーゼはそんなべんけいを暢気に後ろから応援していた。 

 自分に被害が及ばないと判断したのか、かなり気楽そうだった。


「はぁ~。とりあえず誤解解いとくが、おっさんの部下はほとんど生きてるから心配するほど死者はいない」


 べんけいは律儀にヴァンパイアたちの誤解を解きながら、それでも大剣を下ろす気配のないガルドに対面し剣を構えた。


「そうか。儂には加減なしで攻撃しているように見えたが……気を使ってもらったことには感謝しよう。だがそれとこれは話は別だ」


 ガルドがべんけいが剣を構えたのを見て、大剣を握る両の手に力を込め直した。

 

「べんけい」


「なんだ? エリスリーゼ? これ以上何か注文か?」


「ええ。彼はこの国で一番強いようですから……手加減してあげてください」


 私の言葉にべんけいは一瞬、キョトンとした表情をしていたが、この国を攻めるにあたって私が掲げた目標、圧倒的な力での制圧という内容を思い出したのか、苦笑を浮かべながら「了解」と一言だけで応えた。


「どうやらそういうことらしい」


「そうか」


 ガルドは自分を武人と言っていたくらいなので、今の話を聞いたら怒るかと思ったが、彼は一言だけで怒った様子はなかった。


「怒らないのか?」


「貴様が儂より強いのは肌で感じる。それに、貴様が本気を出さざるをえぬ状況を作ればいいだけのこと……参る!」 


 ガルドはそれだけ言うと、床を蹴りべんけいとの距離を一気に詰めてきた。

 その動きはとても全身に鎧を纏っているとは思えないほど速く、彼が踏み抜いた床にはくっきりと足跡まで残っている。

 

「ぬぅん!!」


 そしてその速度のまま全身を使い大剣を振り抜いた。

 大剣は見た目通りの重量と、ガルドの加速によってかなりの破壊力で城の床に大きな亀裂を作った。


「おぉ~」


 だがその攻撃はべんけいに当たることはなかった。

 べんけいはガルドの大剣が振り下ろされた瞬間に体を半歩、横へと移動させ紙一重でガルドの斬撃を避けた。


「はあ!!」

 

 ガルドも今の攻撃が当たるとは思っていなかったのか、すでに体を動かし次の斬撃を放つ準備が整っていた。

 床に亀裂を作った大剣をガルドは体を捻り、べんけいの足を狙って横への斬撃を放つ。


「うぉ! あぶね!」


 それをべんけいはバックステップで躱し、その彼をガルドが追う形で更なる斬撃を繰り出していく。


「ふっ! はぁ! かっ!」


 ガルドはその巨体からは思いもよらない速度で次々と斬撃を繰り出す。

 その動きは素人の私が見ても、長い年月を修行に当てたのだということがわかるほど精練された動きだった。

 ただ悲しいことにその攻撃はべんけいに当たることはなかった。

 ガルドの動きに比べるとかなり雑なべんけいの動きではあったが、そこは基礎性能の差なのだろう。べんけいは完全にガルドの動きを見切っていた。


「ん?」


 だがそんなべんけいの動きが止まった。振り返るとべんけいの後ろにはいつの間にか壁があった。

 闇雲にガルドの攻撃を避けていたべんけいは、ガルドの攻撃が彼に避けられることを前提に放たれているとは気が付かなかったのだろう。

 私も今のガルドの攻撃がそういう目的だとは気が付かず、今の結果とガルドの笑みを見たことでそう考えただけだが、この状況ではそう考えるのが正しいと思った。


「【大地斬】!」

 

 この瞬間を待っていたガルドは、ここでスキルを使ってきた。

 大剣はガルドの頭上から一直線にべんけいへと振り下ろされた。


 ズドオォォォン


 爆音と共に城の壁と床が吹き飛び、辺りには城が壊れた際に発生した粉塵が立ち込め、私たちの視界を塞ぎべんえいとガルドの姿を見えなくした。

 その光景を見ていた兵士たちは拳を握り、ガッツポーズを作っている者や、声を上げて喜んでいる者もいた。

 

「さすがはガルドだ」


 あのクライスさえも今の攻撃で勝敗が決したかのように声を上げていた。

 

「残念ですが……」


 私が何かを言おうとした瞬間、クライスの横を巨大な影が粉塵の中を突き抜け物凄いスピードで横切った。


「あ~ビビった。まさか気づいたら壁だとは」


 その声はクライスたちが期待したものではなかった。

 粉塵が晴れていき、その中から一人の獣人が無傷で現れるのを見た兵士たちの表情は、先ほどまでとは打って変わって化け物でも見るかのような表情で怯えていた。


「べんけいの勝ちですね」


 私は先ほど言いかけた言葉の続きを継げた。


「ぐぅ……まさか、【大地斬あれ】をあっさり避けられるとは」


「驚いた。今ので気絶してないのか? 他の兵たちは一瞬で気を失ったのに」


 べんけいに吹き飛ばされ、壁に激突したガルドは満身創痍ではあったが気を失うことなく、大剣を杖代わりに自力で立ち上がった。


「何故避けられた?」


「ん? 俺は戦闘系のスキルになら誰よりも詳しい自信がある。大概の武器で覚えられるスキル、そのスキルの威力や効果、軌道や発動モーションなんかもな。そんな俺においそれとスキルが当たるわけないだろ?」


 事もなげにべんけいはそう言ったが、それを聞いた他の兵たちは更なる恐怖を感じてしまったようだった。


「くく、スキルの全てを知る者か……戦えたことを…………嬉しく……思う…ぞ」


 それだけ言ってガルドは床に倒れた。


「別にすべてじゃないけどな」


 気絶したガルドに聞こえるはずもないのに、べんけいは律儀にそう訂正した。


「私たちの勝ちでよろしいですね?」


「……残念だが、それは了承できない。約束を違える形にはなるが、仮にも私は国を背負う者だ。国の脅威を見過ごすことはできない。先ほど伝令を出した。都合のいいことに、残りの騎士団が今日帰ってくる予定だ。その者たちが先ほど到着し、この城を包囲している。君たちに逃げ場はない」


 クライスはそう言った。


「騎士団長が敗れたのに……ですか? あまり賢い選択だとは思えませんね。勝てるとお思いですか?」


「……と思っていた(・・)。だが……どうやら私は認識が甘かったようだ」

 

「それはよかったです。……あなたは《呪いの大地》を知っていますか?」


 脈絡もなく放たれた私の質問に、クライスは戸惑いながらも「知っている」と答えた。


「そうですか。あれを作ったのは私です。もしもあなたが集めた兵で向かってきたら、この地は第二の《呪いの大地》になっていましたよ?」


 微笑みながら言った私の言葉に、クライスは顔を引き攣らせながら真っ青になっていた。


「それでは最後の仕上げに行きましょうか。ミリーゼは怪我人の手当を。それと反魂結晶があるなら使ってください」


「りょうか~い。お姉さんにまっかせなさ~い!」


「反魂結晶だと!? まさか! 実在するのか?」


 反魂結晶と聞いて、クライスは驚愕に目を見開いた。反魂結晶はゲーム中にあった復活アイテムで、死亡してからアバターの体が分解されるまでに使用するとペナルティを受けることなく復活できるアイテムだ。

 ひょっとしたらNPCが祖先である今の住人にも使えるかもしれないので、この戦いで死人が出たときは実験も兼ねて使用してみようと思っていたため私はそう指示を出したのだが、クライスの反応を見ると伝承しか残っていない類のアイテムだったようだ。


「あるよ~。これ」


 そんなクライスの様子を気にした風もなく、ミリーゼはアイテムボックスから反魂結晶を取り出して見せた。


「それではそちらはお任せしました。べんけいとローレは付いて来てください」


「了解」


「ん……わかった」


「どこへ行く気だ? それに仲間を一人置いて、私たちが彼女を襲うとは考えないのか?」


 私たちが歩き出そうとすると、クライスはローレの方に視線を向けながらそう聞いてきた。


「どこへ……と言う問いでしたら、ローレの依頼を完遂するためです。それとミリーゼですが、彼女はべんけいほど優しくありませんので、襲うなら死者が大量に出ることを覚悟して下さい」


 それだけ言った私たちはその場を後にした。



「ローレ。あなたの言う穏健派の筆頭はどちらですか?」


 私は目的の男がいるという場所を聞いた。


「あっち。このまま行った所に公爵の泊まってる客間がある」


「分かりました」


 ローレの指差した方向へと私たちは歩みを進めていく。

 途中で何らかの妨害があるかとも思っていたが、不思議なことに人の気配すら感じられなかった。


「ん~?」


 べんけいがキョロキョロと辺りを気にしながら耳を忙しなく動かし、何かを嗅ぎ取るような仕草を繰り返していた。


「どうしました?」


「この先から結構な血の臭いがする」


「……血?」


 私とローレも臭いに注意を払ってみたが、何も感じられない。だが獣人であるべんけいが言うのなら、この先にはかなりの血をまき散らせた原因が存在するということだろう。


「ああ。臭いの濃さからして、かなりの数の死体なんじゃないのか? それと後ろから、さっきのイケメン王子が追っかけてきた」


 べんけいに言われて後ろを振り向く。すると向こうからクライスが走ってきた。


「そんなに慌ててどうしました?」


「ここまでで誰かに合わなかったか?」


 クライスは何やらかなり慌てているようで、顔には焦りの色が見て取れた。


「……誰?」


 そんなクライスを見たローレは短くそう聞いた。

 その表情にはどういう訳か、先ほどまでにはなかったクライスと同種の焦りが見えた。


「ローレか。……ルナリアの姿が見えない。戦いが始まる前に隠れていた場所にもいない」


「……っ!」


 それを聞いたローレの顔色がどんどん悪くなる。


「そのルナリアとは?」


「妾の……姉様」


 それを聞いた私は納得した。

 

「急いだ方がよさそうですね。嫌な予感がします」


 私がそう言って進もうとすると、べんけいは持っていた剣を横に突出し行動を制してきた。


「その必要はないみたいだ。向こうから来てくれたみたいだ」


 べんけいに言われ廊下の先に視線を移す。

 

 ズル……ズル……ズル……


 廊下の先から何かを引きずるような音が一定の間隔で聞こえてきた。

 それと同時に先ほどまで感じられなかった、咽返るほどに濃い血の臭いが辺りに漂ってくる。


「これは……城に仕えていた者たちの血の匂い!?」


「血の匂いで個人がわかるんですか?」


「ん……ヴァンパイアの常識」


 さすがはヴァンパイアだ。

 

「あ゛あ゛ぁ゛――――――。ぼぐが……おう゛……」


 そんなことを放していると、廊下の闇の中からそれが姿を現した。

 

 一言でいうのなら、その姿は醜悪だった。

 

「ホラーだな」


「そうですね。それもC級以下です」


 まるで出来の悪いホラー映画に登場するような醜い怪物は、肥大しすぎたかのようにブクブクに膨れ上がった手が地面に付いたまま移動している。先ほどから聞こえていたズルズルという音はこれが原因だったようだ。

 そしてその醜い怪物は体中に赤い液体が付着し、その液体が最も付着している部分は人でいう所の口の部分だった。


「状況から考えて、こいつがここら辺にいた奴を喰ったのか?」


「おそらくは」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 怪物が叫び声を上げながら、意味もなくその腕を振るい壁を破壊した。

 

「バカな! ヘルマンなのか!?」


「……うそ」


 丁度その時、壊された壁から月明かりが差し込み怪物の全容が明らかとなった。そしてその怪物の顔を見たクライスとローレは驚愕の声を上げた。

 

「あら? この方が穏健派の筆頭ですか? 随分と醜い方ですね」


「これはモテないな」


 二人の驚愕をよそに、私とべんけいはそんな暢気な感想を口にする。


「違う! 確かにヘルマンは太ってはいたが、これは明らかに異常だ!」

 

 私たちのふざけた感想に、クライスが訂正を入れてきた。


「それよりもあの怪物の手に握られてるのが探してた奴か?」


 べんけいはそう言って怪物の手を指差した。

 確かに怪物が壁を壊した方とは反対の手には、一人の女性が握られていた。


「ルナリア!」


「ルナリア姉様!」


 どうやらべんけいの予想通りだったようだ。


「べんけい」


「了解」


 私はべんけいの名を呼びながら視線をその女性の方へと向けた。

 彼は私の意図をしっかりと汲み取ったようで、剣を持ったまま私たちの前へと出た。

 そんな彼の行動をどう受け取ったのか、ヘルマンと呼ばれた怪物は意味不明な叫び声を上げながら巨大な手をべんけいへと振るった。


「おっさん以下だな」


 べんけいはその手を危なげなく躱した。

 そしてそのままヘルマンの懐まで一息に距離を詰めると、持っていた剣で女性を握っているヘルマンの手に斬りかかった。


「【炎神剣】」


 べんけいの剣から凄まじい熱量を伴った炎が巻き付き、ヘルマンの腕を一瞬の停滞もなく両断した。

 

「ごあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!?」


 ヘルマンは絶叫を上げながら後ろに仰け反り、先がなくなった自らの腕に視線を送っていた。

 斬られた腕は、べんけいの剣が当たった部分が真っ黒に炭化し、血が流れることはなかったが代わりに当たりには肉の焼ける匂いが充満していた。


「随分派手に斬りましたね」


「いや~。ああいうのってホラーだと、斬った所から再生するからさ」


 いつの間にか先ほどまでヘルマンの至近距離にいたべんけいは、左腕に一人の女性を抱えたまま私のすぐ近くにまで戻ってきていた。


「ルナリア姉様!」


「気を失ってるだけだ」

 

 そう言ってローレに女性を預けると、べんけいはもう一度ヘルマンの元へと向かおうとしていた。


「もういいですよ。後は私が処理します」


「いいのか?」


「はい。最後のおいしいところは、私が頂きます」


 そう言って笑顔をべんけいに向けると、彼は呆れた顔をしながら「良い性格してるよ」と言って後へと下がった。

 そして私は目の前のヘルマンと呼ばれた怪物を屠るため、一歩前へと進みアイテムボックスから魔王専用の武器を取り出した。


「うふふ。こちらに来てからは、これを使うのは初めてですね」


 アイテムボックスから取り出した武器は、前に使ったネタ武器である日傘と見た目は近かったが、よく見るとそのディテールはネタ武器(あれ)の比ではなく、デザインから性能まで魔王専用装備に相応しい物だ。


「《無数の悪カウントレス・ヴァイス》と言います」


 私は自慢するように《無数の悪カウントレス・ヴァイス》を開き、クルクルと回して見せた。

 

「それでは……お休みなさい。【暴食の禁忌(グラットン・タブー)】」


 次の瞬間、怪物の残っていた腕が突然現れた口に食い千切られた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 それだけでは終わらず、次は右足を新たに現れた口に食い千切られ、さらには左足、体と次々と現れては消える口に食べられていく。

 その様子を見ていたクライスとローレは恐怖に引き攣り、べんけいは私が起こしている現象が不思議なようで首を捻りながらカラクリを考えている。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――!!」


「あら? そんな怪物になっても怖いのかしら?」


 残った頭だけになったヘルマンに近づく。

 そして私はヘルマンの目を覗き込む。人形のガラス玉の目に覗き込まれたヘルマンの表情には、今ではしっかりと恐怖の色が見て取れる。


「私、ホラーって大好きなんですよ? だから……あなたみたいな出来そこないのホラーみたいなのは、とっても許せないんです」


 私がそう言い終えるのを待っていたかのように、新たな口が出現し私の目の前でヘルマンの頭を呑み込んでいった。


「終わりました」


 私は笑顔でべんけいたちの方を振り返った。


「それより……今のは? なんで一回魔法唱えただけであんなに出てくるんだ?」


「簡単ですよ? この《無数の悪カウントレス・ヴァイス》には、多重詠唱のエンチャントが複数付いているんです。それでさっきみたいなことが起こるんです」


 そう言って《無数の悪カウントレス・ヴァイス》を畳む。

 多重詠唱のエンチャントは、装備している者が魔法を使うとそれをノーリスクで繰り返し魔法が発動するという、かなり強力で激レアなエンチャントだ。

 その性能のため重複することは本来無いのだが、それはあくまで普通の武器の話であって、私が魔王になる時に作ってもらったこの《無数の悪カウントレス・ヴァイス》には5つのスロットの内の4つが多重詠唱という反則チート武器だ。


「なるほど。それでか」


 そしてさっきの魔法は本来はランダムで相手に咬みつき、一定時間相手の一部を消滅(バニッシュ)の状態異常にする魔法だ。

 消滅バニッシュは一時的にでも、一方的に相手の一部を使えなくする状態異常で、その効果を与えるこの魔法は当然クールタイムが長い。

 本来は相手の一部が戻ってくるよりもクールタイムが長いため、全身消滅など起きないのだが、そこに私の《無数の悪カウントレス・ヴァイス》が加わることで、相手の全身消滅による強制的な戦闘終了が起こる。

 

「そしてこれは後で知ったのですが、全身消滅で戦闘終了すると相手は戻って来れません」


「なるほど。俺も普通の消滅なら喰らったことあるけど……全身だとそうなるのか」


 べんけいは先ほどまでヘルマンがいた場所を見つめた。

 そこには先ほどまであった巨大な姿は欠片も見当たらない。


「少しは魔王らしかったですか? うふふ」


「バッチリ魔王だよ」


 私の問いに、べんけいはそう言って答えてくれた。


 



 

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